コネ社会
起き上がる
第1話二十三歳の春
就職氷河期?そんなもん、俺には無関係。だって俺の親父は、雑誌、テレビで活躍する某大手自動車会社の役員。親父が白と言ったら黒も白になる。そんな親父の息子が就職出来ないはずはなく、某大手化粧品会社に就職内定。面接だけだった。それも一度だけ、社長面接して合格。この世はコネ。コネなんだよ!親ガチャに大当りした俺はラッキー。
【和ちゃん、今日から会社でしょう?】
某大手食品会社に勤めている彼女の由依から朝のメール。大森由依は、高専卒で、俺より一つ歳下だが社会人歴は六年目になる。少し気が強くて寂しがり屋だ。
【そうだよ!頑張る。由依も仕事頑張ってね。】
と俺は、勢い良くメールを返信する。
一人暮らしの部屋から最寄り駅まで歩いて五分。俺はスーツにネクタイ姿で電車に乗る。不安など微塵もない。しかし、現実は甘くは無かった。職場までは電車を乗り継いで一時間半かかる。体力に自信のある俺でも精神的には一時間半はキツい。仕事前からこれじゃあ、疲れちまうよ。職場の近くに引っ越して通勤するかな?でも、由依と離れてしまうな。俺は、そんな事を考えながら職場のある駅で降りた。化粧品会社の工場は、のどかな畑の中にある。
「おはようございます。」
と俺は上司にあたる荒川信久に挨拶した。
「ああ、おはよう、宮本君。」
荒川に、案内されるままロッカー室で作業着に着替えて工場内を案内される。俺の最初の部所は説明されたが意味不明だった。何でも試作品の小さな化粧品の袋に機械でフィルターを付けるといった地味だが機械は複雑な構造をしていた。
荒川に武石港君と紹介されたのがこの部所の責任者らしい。武石は優しく俺に機械の構造や製造品を説明してくれた。荒川は、後はよろしくと言って何処かに行ってしまった。俺は内心不安になっていた。説明を聞いても頭をスルーするだけだった。もう一人最近、他の部所から移動して来た山内大介が俺を見て親しそうな顔で挨拶して来た。
「何歳?」
「二十三歳です。」
特に大介はリアクションも無く仕事に戻った。
俺は、ずっと武石と山内の仕事を立って見ているだけだった。武石は、手早く慣れた様子で仕事をこなしてる様子だったが山内は悪戦苦闘していた。
昼ご飯は、食堂でカレーライスを食べた。椅子に座れる事が生まれ初めて幸せだと感じた。
午後も俺は、何もしないでただ二人の作業を見ていた。何かしたい!させて下さいと!心で叫んだが届かなかった。一日終えて武石にどう?と聞かれた。聞かれた瞬間、足から力が抜けて地面にしゃがんでしまった。武石は、少し動揺して立たせてくれた。
俺は、作業着からスーツに着替えると泣きながら電車に乗った。こんなはずでは無い!不安で精神的に参ってしまっていた。立ち作業が地獄に感じた。帰り道で本屋に寄って自己啓発本を一冊買った。由依に
【今日、部屋に来てくれないか?】
とブルブル震える手でメールした。
【今日は、無理、明日行くよ。】
と無情なメールが返って来た。
俺は、朝まで眠れなかった。
俺は、昨日とは全く違う精神状態だった。ボロボロだった。しかし、仕事に行かねばと自分自身を奮い立たせて泣きながら電車に乗った。昨日の夜に自己啓発本を読みながら母の早紀江に辛いとメールした。朝、返信メールが来ていた。どこかの犬の画像付きメールで一言、ガンバ!と書いてあった。朝日の光が涙腺を一層、刺激した。
今日も荒川に言われて武石と山内の仕事を見ているだけだった。山内に昼ご飯を誘われて物置小屋で俺は買って来たアンパンを口の中に押し込んだ。そうすると山内の同僚も物置小屋に入って来た。みんな煙草を吸っていた。山内は、最近、結婚したらしいがオナニーをしたいらしい。俺は、苦笑いを顔に浮かべた。同僚の一人が車の中ですれば良いんじゃね〜と提案したら職質されたら終わりだろうとみんなで大笑いした。しかし、俺はその時には親父にメールで帰る!と送っていた。
俺は、その通り午後の仕事が始まって十五分してロッカーで着替えて逃げるように職場を後にした。死にたいと考えながら電車に揺られていた。俺は、自分のアパートに帰ると風邪薬を大量に飲んだ。手と足の感覚が無くなり涙が流れ落ちて来た。自力では動けなくなり、意識を失った。気が付くと病院のベッドの上ではなくて部屋のベッドの上で起きた。
「和寿、大丈夫か?」
と親父の声。心配そうで迷惑そうな顔をした親父の竹久が部屋の中に入って来た。俺は死ね無かったと落胆した。竹久と会社が話してくれた。俺は所詮コネを活かす事が出来ないクズ人間だった。これから俺は就職活動を誰の力も借りれずにする事になるのだった。
由依が、竹久の後に来た。心配というよりやはり迷惑そうな顔で部屋に入って来た。
「薬、水たくさん飲んで出しちゃいな!」
と言ってきた。
「うん。」
俺は、廃人になりたかった。しかし、それより仕事を失った焦燥感が大きかった。一日と半日と十五分の記録は誰も破れないだろうと自己啓発本をごみ箱に乱暴に捨てた。
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