第2話 とある冒険者の憂鬱

 まるで、全身が光に包まれているような満天の星空。


 涼やかな空気の中、一切の不純物の無い黒いキャンバスに宝石のような輝きが敷き詰められたその絶景。しかし、腕を組み空を見上げる男の表情は無であった。


 感傷に浸っているわけでは無い。何一つ心が動かないが故の『無』であった。


「……」


 見方が悪かったのだろうか。厚手のコートに巨躯を隠したロンゼルは、手に提げていた諸刃の太刀を鞘に仕舞うと溜息交じりに砂丘に腰を下ろした。


 ヒトか魔物か分からない骨が足元で転がる中、再度天を仰ぐ。賑やかな眩さが、堅く傷だらけの肌を、レンガのようなくすんだ赤褐色の短髪を照らした。


 彼の名はロンゼル。世界中の秘境を求め旅する冒険家である。


 物騒な見てくれに反し気だるそうな細い目から覗く黒い瞳に、喧騒が飛び込む。


 眩しい。それだけが、彼が得た感想であった。


 そんな感想を得る為だけに、四時間もかけて魔物が蔓延る山と洞窟を抜けて来たのかと思うと、余計な倦怠感が襲った。よく見ると彼の頬には何者かの返り血がこびり付いている。


「……帰るか」


 携帯食料で空腹を満たした後、目的地に到着して五分も立たぬ間に、その場を去った。



 ―――――



「で、どうだった?今度の冒険は」


「特に」


 茶色の髭を蓄えた陽気なマスターの問いに無味を返すロンゼル。


 ここは、小さな町の小さな酒場。ロンゼルに気さくな挨拶を交わしてくる顔見知りの冒険者も居たが、彼は疲労感の籠った短い言葉を返すだけであった。


 樽のジョッキになみなみと注がれた酒を一気に飲み干し、二杯目を要求する。


「今回の魔境も、お前さんを満足させられなかったようだな。あそこの星空は三日三晩は飲まず食わずで眺めていられるって噂なんだけどな」


「着いて早々に飲み食いしたぞ」


 マスターは苦笑を漏らしながら、差し出された空のジョッキに酒を注いだ。


「道中の魔物はどうだった?相当手強かっただろ?」


「『グレップス』に『トートヤ』ぐらいだな。後は雑魚だ」


「ナニ!?トートヤだと!?毛皮がとんでもない額で取引されてるっていう、あの魔物か!?何で捕まえて来てくれなかったんだ!」


 トートヤ。全身を覆う緑色の毛皮と六本脚が特徴的な狼に似た魔物である。その毛皮はどんな刃物も通さぬ強靭さと優れた保温性を有しており、市場では高額で取引されている。ロンゼルが纏っている黒いコートにもその毛皮が編み込まれていた。


「知るかよ。そんなに欲しければ自分で獲って来い」


「無茶言うなよ。一瞬で魔物の餌だ。にしても、あの魔境を一人で踏破しちまうとはな。それも日帰りときたもんだ。流石は『狂気のロンゼル』だな」


「誉めてんのか、貶してんのか」


「もちろん前者だ。お前は大陸中の冒険者の憧れの的だよ」


「大袈裟な……」


 冒険者。未開の地を切り開いたり、魔物蔓延る危険地帯、通称『魔境』を探索する者をそう呼んだ。


 一獲千金の為、名声を得る為に冒険者になる者が多いが、ロマンを追い求めるが故にその身を投じる者も少なくない。ロンゼルはそのロマンを求める代表者である。


 感動したい。それが、ロンゼルが冒険者を続けている理由。


 だが、ここ数年、彼の心を満たす感動には出会えていなかった。


「そう言えば聞いたかい?エルドラ帝国の件」


「何の事だ?」


「処刑だよ、処刑。今度はメイランド国の女王らしいんだけどよ、何とまだ十六のガキらしいぜ。惨い話だよなぁ……」


「……」


 興味の無い話だった。彼にとっては帝国もその他の国々の騒動もどうでも良い事だった。


 その後もマスターは帝国に対する愚痴を延々と語っていたが、ロンゼルの頭の中は退屈で埋め尽くされていた。



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