第2話
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海翔との約束の数日前。
バイトを複数掛け持ちしているあたしは、今日は図書館でのバイトの日だった。
17時にマンションに到着すると、ロビーにはまたあの清掃員の男が居た。
男はモップを手にロビーの床を清掃していたようで、あたしの存在に気が付くと、またニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「こんちは。毎日大変っすねぇ、お仕事」
その言葉に、あたしはその男と目も合わせずに「…いえ」とだけ呟く。
出来るだけこの男には関りたくない。早くこの場を去りたい。
そう思っていたら、男は次の瞬間あたしにとって身の毛もよだつ言葉を口にした。
「でも、図書館のバイトってラクそうでいいですよねぇ」
「っ、!?」
「俺も図書館でバイトしてみたいなぁ」
男はそう言いながら、マスク越しにでもわかる不気味な笑みをあたしに向ける。
…どうして、この人が。
ただの清掃員のこの男が、あたしのバイト先を知っているんだろう。
あたしが図書館でバイトをしていることは、海翔と実家の両親くらいしか知らないはずなのに。
「っ、ど、どうして貴方があたしのバイト先を知ってるんですか」
「…」
「も…もしかして、あなたですか?いつもあたしに黒い薔薇の花束をよこしてくる犯人は」
「…」
「あなたみたいな清掃員なら、あたしが宅配ボックスを開ける直前に中に花束をいれることくらい簡単ですよね?本当に不気味だし迷惑してるんですから、もう金輪際あたしに関わるのはやめて下さい!」
あたしはその清掃員の男にそう言うと、すぐさまロビーを後にしようとする。
エレベーターではなく階段を使おうとしたら、そんなあたしを引き留めるようにまたその男が口を開いた。
「俺、知ってますよ。あなたに黒い薔薇を送っている犯人」
「!…え、」
「あなたも知りたければ、いつでも俺に聞きに来ると良い。良いものを見せてあげますから」
「…?」
…良いもの…?って何よそれ。
あたしはそんな男の言葉に首を傾げながら、やがて階段を使ってその場を後にした。
…………
その後、部屋に到着すると、あたしはため息混じりにリビングに進んだ。
もう、何なのあの清掃員は。これ以上あたしに関わるんならマジで警察に突き出してやろうか。
…なんて、それでもあたしに実害があるわけじゃないから、突き出したところでどーせ警察は近所トラブルとしか処理してくれないんだろうけど。
…しかし。
「…?」
そう思いながら、いつものリビングに入って、電気を点けたその瞬間。
あたしは不意に、その場の違和感に気が付いた。
…何か、いつものリビングと違う…?
そう思って、部屋の中をキョロキョロと見回しても、どこが変なのか自分でもイマイチよくわからない。
…気のせいかな。
しかし、そう思ってリビングのソファーに腰掛けたその時だった。
「…!!」
あたしが座っているソファーは、腰掛けると目の前にテーブルがあって、そのテーブルの奥は、1mほどのスペースを挟んだ先にベランダがある構造になっている。
ソファーに腰掛けて、リビングに直結しているベランダに干してある洗濯物に目を遣った瞬間、何故かあたしの洗濯物だけ無くなっていることに気が付いた。
「……えっ!?」
それに気が付くと、あたしは慌ててソファーから立ち上がり、ベランダに出る。
気のせいであってほしかったが、そこに出ていくら見てみてもその場にあるのは海翔の洗濯物だけで、あたしが今朝干した服や下着がどこにもない。
…まさか、今日の昼間に誰かが侵入した…?
あたしはそう思うと、もう一度リビングを慎重に見渡す。
…幸いにも、あからさまに部屋を荒らされた形跡はない。
リビングに置いてある金目のものはそのままになっているし、金銭目当ての泥棒が入ったわけでもないらしい。
じゃあ、やっぱりあの黒い薔薇の花束を毎月プレゼントしてくる人と同一犯の犯行なんじゃ…。
あたしはそう思うと、帰って来たばかりだけれど、「警察に相談しに行こう」とすぐさま玄関に向かった。
…さすがに服や下着が盗まれたとなれば、警察は動いてくれるかもしれない。
しかし、そう思いながら靴を履いて、玄関の扉を開けた時だった。
「!?わっ、」
「!!」
その時ちょうど、仕事から帰って来たらしい海翔と玄関で鉢合わせになった。
まさか玄関の前に海翔がいたなんて思わなくて、お互いに驚いてしまう。
「あ…なんだ。か、海翔か…おかえり」
「ただいま。…っつか、びっくりしたー。どこ行くの?買い物?」
海翔は少し慌てた様子のあたしに気が付いたのか、不思議そうにそう問いかける。
だけど警察に相談しに行こうと思っていたあたしは、「ちょうど良かった」とベランダにあるはずのあたしの服や下着がなくなっていることを告げた。
「は、それってつまりドロボー?」
「絶対そうでしょ。あたし今から警察行って相談してくる!」
「え、でも鍵は?玄関の鍵はかかってたんだろ?俺たちは4階に住んでるし、ベランダから侵入なんて考えにくいじゃん。だったら犯人はどうやって侵入するんだよ」
「…それは」
海翔はそう言うと、「一旦落ち着け」ととりあえずあたしをリビングに戻す。
そして靴を脱いで玄関を通り過ぎ、リビングを見回すと、言った。
「…一見変わりはないけどなぁ」
「でも、あたしの服が…」
「…クローゼットの中の服も無いの?」
「あっ…ちょっと見てくる!」
海翔の言葉にあたしは急いで寝室のクローゼットを確認するけれど、この中は特に変りはなく、一見して全て揃っているように見える。
「…うん、平気」
「そっか…他に金目のものが盗まれているわけじゃないし、泥棒なのかどうかすら怪しいよな」
「っ、でも…ベランダに干してあったあたしの服が実際に無くなってるし…一応警察に相談しておいた方が、」
あたしが不安いっぱいでそう言うと、海翔がそんなあたしに言った。
「じゃあ、美緒はここで待ってて。俺が警察に行くよ」
そう言うと、海翔が再び玄関に向かう。
しかしその時不意に例の清掃員のことが頭を過ったあたしは、思い切って海翔に言ってみることにした。
「あ、あのね、海翔」
「…うん?」
「あたし、思うんだけど…黒い薔薇を送ってくる人も、今回の泥棒も同じ人なんじゃないかと思うのね」
「…それは、俺も思うけど」
「でね、あたし…その犯人は、いつもこのマンションのロビーにいるあの清掃員なんじゃないかと思うの」
「!」
あたしはそう言うと、今まで海翔には話していなかった清掃員とのやり取りや、清掃員が宅配ボックスの黒い薔薇の花束の存在を知っていること、そしてついさっきのロビーでのやりとりを海翔に話した。
そしてだいたい話し終えた直後、あたしの言葉に驚いたらしい海翔が言った。
「え、美緒が図書館でバイトしてることを知ってる!?あの清掃員が!?何で!」
「わかんない。でも今日、図書館のバイトってラクそうってその清掃員に言われたの。実際に今日は図書館でバイトの日だったから怖くて、あたし…」
「っ、わかった。その話も含めて、警察に相談してみるよ。たぶんそれだけ情報があれば、さすがに警察も動いてくれると思う」
「うん…ありがとう」
海翔はそう言うと、早速またリビングを出て玄関を後にした。
本当はあたしも行った方がいいのかもしれないけど、海翔が行ってくれるのならラクだし、あたしはリビングで大人しく待っていよう。
でも…あたしは1つだけ、あの清掃員のことで海翔に話さなかったことがある。
それは、あの清掃員が「俺は犯人を知っている」等と口にしたことだ。
…あの言葉は果たして本当なのだろうか。
あの清掃員はいったい、何を企んでいるんだろう…。
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