第145話 とある皇女の実況
(Side ???)
「ぎゃあああああああああーーーーーーーーっ!」
また、悲鳴があがりました。
これで、三度目。
ルリちゃんたちは、つらそうに、耳を
まだ、幼い女の子です。
男性の悲鳴は、さぞかし、恐ろしいに違いありません。
「ほんとに、うるさいひとなのです」
「いいかげんにしてほしいの」
__あらっ
ただ、うるさかっただけのようですわ。
「ひでえ……」
ドワーフの少年も、引き気味です。
「もう、見てらんないよねー」
エルフの少女は、そういって、じっと見ています。
*
決闘は、
いつの間にか、彼の頭上で、スライムのマフユちゃんが、寝ていたからです。
いったい。いつ、現れたのか。誰にもわかりませんでした。
彼は、いちおう、テイマーということになっていますから。
かなりの広さのある庭でした。
なのに、
両者の距離を、可能な限り空けさせたのです。
変態講師は、自分に有利と、にやにやしています。
__もしかして
彼のことを、まったく知らないのでしょうか。
バカなのか、慢心なのか。その両方でしょうか。
彼のことをロクに知りもせず、『引導を渡す』と挑発したのですから。
変態講師は、予想通り、卑劣な男でした。
決闘を始める前から、口元を動かしています。
開始直後に、魔法を撃つためでしょう。
その状態で、ぎりぎりまで、両者の距離を広げたのです。
変態講師が、有利と思いこむのも当然でした。
なにしろ、マフユちゃんは、すやすや寝たままですし。
「始め!」
次の瞬間。
不思議な音と、くぐもった声がしました。
きゅーっ、すぱっ、ぺたり。
「もがっがががー」
誰もが、目を見張りました。
いえ。アネットさんたちは、あきれ顔?
なぜなら。
彼は、いつの間にか、変態講師の目の前に立っていました。
そして、変態講師の顔に、ハンカチくらいの布を貼り付けていたのです。
べったりと、すきまなく貼り付いています。
とてつもなく、粘着力のある布なのでしょう。
「な、なんなのだ。その武器は?」
おもわず、女王さまが彼にたずねました。
「武器ではない。『ガムテープ』だ。
これは、かなり幅が広いが、荷造りには便利だぞ」
なんと。荷造りの道具だったようです。
「……速い」
額には、汗が
自分が戦うと想定して、見ていたのでしょう。
剣士なら、誰でもやることです。たぶん。
変態講師は、『いっしゅん』で魔法を発動できたはずでした。
その『いっしゅん』よりも速く。
『ガムテープ』を取り出し、顔に貼り付けていたのです。
あれほどの距離を、いっきに詰めながら。
ベリベリベリーーーーッ!
息ができないからでしょう。
変態講師が、あわてて、『ガムテープ』を
そして
「ぎゃあああああああああーーーーーーーーっ!」
悲鳴をあげました。
顔は、真っ赤になっていて、眉がほとんど抜けおちていました。
「ぷっ」
女王陛下が、必死で、笑いをこらえていました。
女王陛下だけではありません。
皆さん。笑いをこらえているせいで、妙な顔になっています。
「き、きさまぁーーーーっ! 許さ……もがががっ!」
変態講師の怒鳴り声が、たちまち、くぐもりました。
また、『ガムテープ』を、貼り付けられたからです。
「くくっ」
女王陛下が、さらに必死で、笑いをこらえていました。
女王陛下だけではありません。
皆さん。笑いをこらえているせいで、いっそう妙な顔になっています。
ベリベリベリーーーーッ!
息ができないからでしょう。
変態講師が、また、あわてて、『ガムテープ』を剥がしました。
そして
「ぎゃあああああああああーーーーーーーーっ!」
二度目の悲鳴をあげました。
眉はすでになく、まぶたとくちびるが、
皮膚も、ところどころ、はがれていました。
もう、すでに、別人です。
「殺す、殺す、殺す、ぜった…………もがががっ!」
変態講師の怒鳴り声が、たちまち、くぐもりました。
また、『ガムテープ』を、貼り付けられたのです。三度目の。
「「「「「「…………」」」」」」
もう、誰も、笑いをこらえているひとはいませんでした。
むしろ、皆さん、
もちろん、わたくしもですわ。
「けっこう、
ぽつりと、女王陛下が言いました。
しかし
息ができない以上、剥がすしかありません。
「ぎゃあああああああああーーーーーーーーっ!」
三度目の悲鳴が、広い庭に響きわたりました。
きゅーーーーっ!
彼は、何もない空間から、『ガムテープ』を引っ張り出しました。
__なるほど
ああやって、空間収納から、取り出していたのですね。
納得です。
「シュウくん。けっこう、楽しんでるよ」
アネットさんが、ぽつりと言いました。
わかるのでしょうか?
彼は、相変わらず無表情なのに。
__そういえば
アネットさんの薬指にも、白金の指輪が輝いています。
ルリちゃんと、ヒスイちゃんにも、ですが……。
変態講師は、がばっと、地面に顔を伏せました。
そして、体を丸めて、地面にうずくまっています。
「た、頼む。も、もう、やめてくれえーーっ!
降参だ。こ、降参するっ!
わ、わたしが悪かった。ゆ、許してくれーーっ!」
虫のように丸まったまま、泣き叫びました。
『ガムテープ』を貼られれば、息ができません。
剥がすしかないのです。
しかし、剥がせば、顔面に激痛が走ります。
皮膚が破れ、はがれても、ポーションをかける余裕もありません。
さらに、『ガムテープ』を、貼られてしまいます。
息ができない以上、痛みにおびえながら、再び、剥がすしかないのです。
なんという地獄。
これが、荷造り用の道具だと言うのでしょうか?
なんと恐ろしいのでしょう。
『ガムテープ』は。
あんなもので、荷造りして、荷物は大丈夫なのでしょうか?
『わたしが、引導を渡すのも
変態講師は、自信満々に、彼を挑発していました。
まあ、挑発に乗ったのは、
その変態講師が、文字通り、地面に
この男は、屈したのです。完膚なきまでに。
魔法でも。
剣や弓でも。
体術でもなく。
四枚目の『ガムテープ』の前に。
かちゃり
彼は、はじめて『銃』を取り出しました。
これは、決闘です。
ですから、ここで、変態講師を殺しても、文句は言えません。
降参すれば許されるのでは、決闘にならないからです。
それでは、模擬戦と変わりません。
そもそも。
『引導を渡す』
つまり、殺すと挑発したのは、変態講師なのです。
でも、彼は、変態講師には興味がないように。
傍らに放り出されていた杖を、とんっと踏みました。
ひゅん、ひゅん、ひゅん……
杖は、縦に回転しながら、高く宙を舞いました。
彼は、『銃』を、杖に向けました。
バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ……
撃つたびに、杖がちぎれて、また、宙を舞います。
彼は、最後の
天下の魔導学院の講師です。
砕け散った杖は、それなりに高い性能をもった、希少な杖だったはずです。
良かれ悪しかれ。魔道士は、杖に『依存』しています。
その杖を失うことは、『チカラ』を失うことに等しいのです。
たとえ、それが、杖によって底上げされた『チカラ』だとしても。
もし、変態魔道士が、アレに匹敵する杖を、手に入れられなければ。
もう、これまでの『チカラ』を取り戻すことは、できないでしょう。
__はっ!
そう……だったのですね。
彼は、変態講師の命を奪う替わりに、その『チカラ』を奪ったのです。
その時。
ルリちゃんたちが、つぶやきました。
「兄さまは、最近、アレにハマってるのです」
「長い棒を見つけると、すぐ、バラバラにしちゃうの。いい迷惑なの」
__違ったようですわ
「酔狂なやつだな。
さっさと、あれで眉間を撃ち抜いておれば。
一歩も動かずに、仕留められていたものを」
女王陛下が、つまらなそうに言いました。
きっと、以前にも、アレを見たことがあるのだと思います。
なぜなら、
宙で、砕け散ってゆく杖から、目を離すことができなかったのですから。
ふたりの
杖が、砕け散ってしまうと。
彼は、期待を込めた眼差しを、一本の太い木に向けました。
もちろん、何も起きません。
彼は、がっかりしたように戻ってきました。
変態講師を含めた、五人の講師たちは。
悲鳴を上げながら、転がるように、逃げて行きました。
『銃』で撃たれたわけでもないのに……。
「怖い顔になった変態さんを抱えて、逃げて行ったのです」
「ほんと!もう、ニンゲンの顔じゃなかったの!」
ルリちゃんとヒスイちゃんが、彼に、しがみついていました。
よほど、顔が、怖かったのでしょう。
__見なくてよかった
わたくしは、自分の幸運に、心から感謝しました。
こうして、ソフィアさんに
ちなみにですが。
この変態講師は、まごうことなき、変態でした。
じつは、あの日。
教室から飛び出したソフィアさんの前に、あの男は、立ちはだかったのです。
それも、両腕を広げて、にやつきながら。
きっと、引き止めるふりをして、抱きつこうしたに違いありません。
もちろん。
その直後、『反射結界』で弾かれ、高く宙を舞っていましたが…。
それでも、これは。決して、許されない
ソフィアさんは、未婚であり、まして婚約者がいるのですから。
わたくしは思います。
彼ひとりを、図書館に追いやったのは、あの変態講師だろうと。
そして、おそらくは。
この変態講師こそが、『きな臭い貴族』のひとりではないのかと。
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