第118話 薬師が来た
「けっこう、暇だよね」
アップルジュースを飲みながら、アネットがつぶやいた。
「完全な裏方だからな」
ぼくたちは、本部テントで待機している。
そして、誰かが、必要な物資を取りに来たら、その都度、取り出して渡す。
そういう、お仕事だ。
「でも、今回は、解体作業があるそうです。
だから、ここでよかったと思いますよ」
ソフィアの言うとおりだった。
『現場』は、けっこう、血なまぐさい光景が繰り広げられているはず。
「シュウくんたちには、食料や薬品類を収納して貰ってるのよ。
だから、回収班とは、場所も違うわよ」
オネエ商会長の言うとおりだと思う。
誰だって、血まみれの魔物の素材と、食べ物や薬を一緒にされたくない。
空間収納だから関係ないと、言い切れるひとは少ないだろう。
こうして、のんびりと話している時だった。
「ここに、シュウとかいう小僧はいるか?」
神経質そうな男が、護衛を引き連れてやってきた。
「シュウくんならいるわよ。
でも、お前ごときに、小僧呼ばわりされる覚えはないわね。
出直して来なさい」
商会長の声が、怒気を含んでいた。
「なんだとっ!」
声を荒らげたあと、商会長に気づいたらしい。
「こ、これは、商会長さま。こちらにいらしたのですね」
きゅうに、揉み手をはじめた。
「ヒューマンには、こういう特技を持つ人が多いですね」
ハイエルフの姫が、冷ややかに言った。
__なるほど
ほかの種族には、これが『ヒューマンの特技』に見えるんだ。
前の大陸で、エルフやドワーフが、ヒューマンと縁を切ったのもわかる気がする。
コロコロと態度を変える相手なんて、信用できないもの。
「こ、これは、王宮の薬師長さま直々のご命令なのですよ。
シュウという少年を、ご紹介いただけませんでしょうか?」
「ええ。聞いてるわよ。あのクズの話は。
『目の前で、霊薬を、もうひとつ作ってみせろ』とか言い出したんですって。
それまでは、代金を払わないなんて、ほんとうに、クズらしいやり口ね」
商会長にも、話は伝わっていたらしい。
それなら、公爵も知ってるのかな。
__それにしても
「やっぱり、クズだったんだね」
アネットが、代弁してくれた。
「そ、そこまでおっしゃらなくても……。
で、でも、薬師長さまも、思い直されたのですよ。
『霊薬』さえ作って寄越せば、代金は払うとのお話になったのです」
__そうなんだ
目の前で作らせるのは、諦めたわけだ。
まあ、全自動錬金釜だから、見ても無意味だったけど。
「じゃあ、お前に、たずねるけれど。
『霊薬』の素材って、そんなにポンポン用意出来るものなの?
だとしたら、どうして、王宮の薬師は、未だに作れないのかしらね」
「そ、それは、たしかにそのとおりだと、私も思うのですが……。
なにしろ、宮廷薬師長さまのご命令ですので」
「ほう。命令ひとつで、『霊薬』って手にはいるものなのね。
それも、薬師でもない平民の少年から?
さすが貴族主義の薬師長さまは、考えることが違うわね」
「…………」
薬師は、黙り込んだ。
返答しようがないんだろうね。
__そろそろ頃合いかな
商会長に、ことわりを入れてから、話し始めた。
「オレは、女子学生が、気の毒だったから薬を渡しただけだ。
かわいいのに、なかなか、気丈な子でな。
足が変な角度に曲がってたのに、歯を食いしばって我慢していたんだ。
幸い、痛みも止まったし、足も元も戻った。それだけで、オレは十分だ。
代金を貰うつもりなど、最初からないし、今もない。
そもそも、オレ自身、『霊薬』とは思っていない。
商会長の言うとおり、素材も使い切ったから、確かめようもない。
だから、『ポーション代』を含めて、前に貰った金額で十分だ。
あんたに命令した偉いヤツには、そう伝えておいてくれ」
薬師は、じっと話を聞いていた。
神経質そうな顔が、だんだんと穏やかになった。
「そ、そういうことでしたか。よくわかりました。
たしか君は、自ら転移罠に飛び込んで、姫様を救出してくれたのでしたね。
君を、小僧呼ばわりしたことには、謝罪します。まことに、もうしわけない。
宮廷の薬師長には、たしかに、そのように報告する。
もしまた、命令されても、君の意思が固いことを伝えて、断るよ」
商会長にも謝罪したあと、薬師は、引き上げていった。
いっしょに来た護衛たちは、ぼくを見ながら、にやにやしていた。
__なんだろう
気持ち悪いんだけど。
「まあっ! アレって、あんなに話のわかるヤツだったかしらね。
きっと、自分が恥ずかしくなったのね。シュウくんの話を聞いて」
「そうか? そんなことはないと思うぞ」
「ふふふ。そうね。私の勘違いかもしれないわね。
シュウくんといると、面白いことが多くて退屈しないわ」
「そうか? 心外だな」
でも、話は、これで終わらなかった。
「シュウ。わたしも、話を聞いていて思ったのですが……」
「なんだ?」
「わざわざ、『かわいいのに』と言う必要があったのでしょうか?」
「うんうん。わたしも、それは思ったよ。
『気丈な子』だけで十分だったよね。
どうして、わざわざ『かわいい』なんて言ったの?」
__え?
そこなの?
「たしかに、アレは、余計だったのです」
いつまのにか、ルリまで来ていた。
「そうなの。『かわいい』って言った時。
兄さまの顔が、いっしゅん、にやけたの。
ちゃんと見てたから、間違いないの」
……ヒスイ。お前もか。
「し、心外だな……」
いや。マジで。
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