第39話 魔の森侵攻⑴
フィオレンはゲッターたちとの会談の翌日、グリプニス王国軍が魔の森に侵攻したのを見届けると王都へ帰った。
ゲッターたちがすんなり降伏していれば、ゴブリンの芸術家たち3人とその作品をたくさん持って帰るつもりであったが、思い通りにいかず「無駄足を踏んだ」との思いが強かった。
魔の森侵攻軍には『意思伝達』という特殊なスキルを持つ者を置いてきた。
これはグリプニス王国全土に5人しかいない特殊なスキルで、『意思伝達』を持つ者同士ならどれだけ離れていてもスキルを使って連絡が取れるというものであった。
フィオレンはこのスキルを持つ者を使って王都から指示を出すつもりであった。
そもそも最初からフィオレンが行く必要がなかったのだが、ゴブリンたちの作品があまりにも素晴らしくその存在が貴族たちに知れ渡ってしまった。
そのためフィオレンは、侵攻軍がゴブリンたちや作品を奪っても、隠して報告しないことを心配したのだ。
それほどゼルカンが献上したゴブリンの作品は素晴らしかった。
すでに国宝級とも評判になっている。
ゼルカンがフィオレンに献上したことを揉み消されないように吹聴して回ったからだ。
こうしてフィオレンはゴブリンと芸術品欲しさにわざわざ魔の森まで出張って来たのであった。
最低でも何かしら土産は貰えると思っていたので、それすら無いとわかった時は怒りで我を忘れそうになった。
家臣たちの前でなければ間違いなく怒鳴っていただろう。
ゲッターたちを切っておけばよかったと後悔しながらフィオレンは帰途を急いだ。
魔の森侵攻軍は二手に分かれて侵攻をしていた。
まず騎士ヴォルガルが率いるフィオレン王子直属の部隊である。フィオレン王子直属だけあり、将来王子が即位すれば近衛隊に昇進できる可能性があるエリート部隊だ。
こちらは攻撃系のスキルを使って森に火をつけていた。
火を操るスキルの持ち主が森に火を放ち、そして風を操るスキルの持ち主が風を送り火を拡大していく。
こうして森を焼いて進路を作っていた。
もう一方がダスクレイヴ男爵がまとめる貴族の連合部隊だ。
こちらは連れてきた私兵を使い、人力で森を切り拓いていた。
フィオレン王子直属のエリート部隊と違い便利なスキルの持ち主が少なかった。
だが無策で森に突入しても先日のゼルカンの二の舞になる可能性も高い。そう考えたダスクレイヴ男爵たちは人海戦術で地道に森を切り拓くことにしたのだ。
フィオレンが帰途について数日が経ったが両方とも成果があまり出ていなかった。
まず騎士ヴォルガルが率いる直属部隊だが、火を操るスキルで燃やしてもなかなか森が延焼しなかった。乾燥させていない生木がそう簡単に燃えないのはわかっていたが、魔の森は湿度が高いためか予想以上に燃え難かった。
昼間に一生懸命燃やしても、夜休んでいる間に鎮火してしまい、次の火また一から火をつけるということを繰り返していた。
一方のダスクレイヴ男爵たちであるが最初は順調に森を切り拓いていたが、ゴブリンたちに作業している兵士を攻撃されてから一気に効率が悪くなった。
そもそも敵の襲撃に備えずに、作業に集中するのも愚かな話だが、今度は怯えて防御を固めるあまり作業が進まなくなった。
ゴブリンたちの襲撃で多くの被害が出てしまったため仕方ないのだが、もう少しバランスよくできないかとフィオレン王子は頭を抱えたものであった。
王都に帰り着く前に何か収穫が欲しいと心から願うフィオレンであった。
エルダーミストの森の東側、徒歩で3分ほど離れたところにダスクレイヴ男爵たちはキャンプを張っていた。
今回の行軍に参加した貴族のうち主だった者5名が顔を突き合わせて会議を開いていた。
ダスクレイヴ男爵はまだ30代の若い貴族だ。
背が低く身体も小柄で少しでも自分を大きく見せるため、厚底のブーツや大袈裟な肩パッドの入った服を着ていた。
きれいな長い金髪が自慢だが遺伝のせいか、あるいは食生活のせいか頭頂部が少しさびしくなってきた。
集まっている他の貴族たちも皆若いものばかりだ。
若くして貴族になったものの、平和なグリプニス王国ではなかなか活躍できず、うだつが上がらない者たちが多くいた。
そこに今回の行軍の話が出たために、千載一遇のチャンスとばかりに飛びついたのがこの者たちであった。
ダスクレイヴは一気にグラスのワインを飲み干すと強い口調で「今日もアレっぽっちしか進まなかったとはどういうことだ?」と聞いた。
「荷役のために連れてきた雑兵たちが怖がっているうちは、これ以上は効率は上がらないよ。それをなんとかしないとな」とダスクレイヴの横に座るバルグラブ男爵は言った。
バルグラブ男爵も30歳くらいのまだ若い貴族だ。
女好きで有名で、特に人妻に手を出すのが大好きなために、何人もの貴族から多額の慰謝料を請求されているともっぱらの噂だ。
今回の行軍に女性の貴族が誰も参加しなかったのは彼が参加したからだと実しやかに囁かれている。
「せめてペセタの街から、道案内できる冒険者が雇えたら少しは違うのにな」と骨付き肉を食べながらセリクス子爵が言った。
セリクス子爵はまだ20代の童顔の貴族だ。
いつでも何かしら食べているのが特徴で、童顔に丸い身体は人形のようだった。
「冒険者ギルドに依頼は出しているのですが全く受ける者がいないそうです。あれだけ好条件で依頼しているのに困ったものです」と痩せて神経質そうな男が言った。
この男はザルク子爵という貧乏貴族だ。
歴史は古くグリプニス王国建国時まで遡れる家柄らしいがそれ以外に誇れるものは何もないというのが世間の評判だ。
当代のザルク子爵も能力的には無能と陰では囁かれている。
「それでもなんとかゴブリンかオークを狩れないかな?奴らの死体を見れば雑兵たちの士気も上がると思うぞ」と貴族というよりは戦士といった身体つきのカリスト子爵が言った。
カリスト子爵は王都でも狩上手で有名な貴族だ。武芸も達者で彼が連れてきた私兵も強者揃いで、貴族部隊の主力と目されている。
ただいわゆる脳筋で好戦的すぎる性格をしていた。
平和な時代に生まれたために戦さをしたことがないのが彼の悩みらしく、彼はこの行軍の話を聞くと参加を即決したそうだ。
森に到着した時もすぐに突入を進言しており、ゴブリンたちの襲撃にあってからは毎日ゴブリンたちを狩るべきだと主張していた。
これと言った意見が出ないがこのまま手をこまねいているわけにもいかない理由があった。
軍隊とは物資を消費するばかりでほとんど何も産まない。
ほとんどとしたのは今回は森を切り拓いてできた木材を売って金にしているからだ。
それでも焼け石に水で、日に日に軍資金も兵糧も少なくなっている。
帰りの分を考えると、このまま何も得られなければあと10日ほどで帰らなければならなかった。
そうしないとペセタの街で商人から借金をしないと王都まで帰りつけない。
早くゴブリンたちの村にたどり着いて奴らの村から掠奪しなければならなかったのだ。
ダスクレイヴはワインをグラスに注いでもう一度一気に飲み干した。
そのあとカリスト子爵を見ると言うより睨むと「森歩きが得意な者は何人いるんだ?」と聞いた。
カリスト子爵は満面の笑みになると「うちの私兵で20人、君たちの私兵に声をかけさせてもらったところ30くらいいて、合わせて50人ちょっとというところだ」とハキハキ答えた。すでに答えを用意していた様子だ。
バルグラブ男爵が「道案内もなしに行かせて大丈夫なのかい?」と聞いてきたが「このままでは村に着く前に餓死にしてしまう。それともただ森まで観光しに来ただけで帰るつもりか?」と尋ね返すとバルグラブ男爵は黙っ黙ってしまった。
セリクス子爵は「餓死には真っ平ごめんだね。最悪な死に方だ」と同意するとザルク子爵も「手ぶらでは帰れません。何か手柄がないと」と言った。
カリスト子爵はうれしそうに「では明日準備が出来次第魔の森に突入します」と宣言した。
その様子を見てダスクレイヴ男爵は一応釘を刺しておこうと「くれぐれも無理はするなよ。村の位置さえ把握できれば全軍をもって侵攻するからな」と伝えた。
カリスト子爵はその言葉に胸を叩いて「心得ていますよ」と答えた。
バルグラブ男爵は反対というよりも確認という様子で「王子に許可を取らなくていいですか?」と尋ねてきた。
ダスクレイヴは頷くと「我々は直属部隊ではないからな。通信官にスキルで報告をしてもらえば大丈夫だろう。王子もそろそろ何かしらの進展を待っているはずだ。かえって喜んでくれるかもしれんぞ」と答えた。
バルグラブ男爵はダスクレイヴの答えに安心したのかホッとした表情になった。
「木こりの真似は飽き飽きしていました。次はゴブリンたちの首をたくさん切って参りますよ」
カリスト子爵の力強い声が天幕の外まで響いていた。
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