第37話 王子との会談
ゲッターはサルバトールと別れると、アトラ村には戻らずミスティックへ向かった。
アイナから他の村長たちへ連絡してもらい、ゲッターはひたすら対処法を考えていた。
途中、オークの村に立ち寄りグルドと合流すると、一緒にミスティックへ向かう。
ミスティックに到着すると、すでにヴェルデリオンは来ていた。
というか、ヴェルデリオンはミスティックの市場がお気に入りで、2日に一度は顔を出しているらしい。
また、時々屋台も出しているそうだ。
ヴェルデリオンの屋台はケーキや焼き菓子のお店で、甘味の乏しいエルダーミストの住人たちには大人気であった。
屋台が出る日は毎回行列ができて、すぐに完売する市場で1番の人気店であった。
ヴェルデリオンは人をもてなすのが趣味だから、とても喜んでいるようだ。
ゲッターたちが到着した翌日には、他の村長たちもミスティックに到着して早速会議が開かれた。
会議には各村長、エリー、ヴェルデリオンの他、ミスティックに常駐していた守り人も参加した。
会議が始まると、ゲッターは最初にグリプニス王国のフィオレン王子からの書状を読んだ。
フィオレン王子の一方的な要求に、参加者は怒りで顔を真っ赤にしていたが、黙って最後まで聞いてくれた。
次に、フィオレン王子が兵を率いて王都を発っていること。
軍勢は万を超えることを伝えた。
この情報には顔を青くした者が何人かいたが、会議全体としての雰囲気は臆するものにはならなかった。
ゲッターは「スキルを得たことで自信があるのかな?」と推測した。
すでに先日の会議で、エルダーミスト連合として対等の関係を求めて交渉することは決まっていたから、そこは確認だけで済ませた。
エリーもすでに連合代表としての書状は認めてあると答えた。
そのため、攻め込んで来た時の対処法が議題の中心であった。
ゲッターはサルバトールと別れてから考えていた案を口にした。
「グリプニス王国は森の東側から攻めてくる。上手く敵を誘導してモンスターたちの営巣地に引き込めないだろうか?」と提案した。
参加者は概ね同意したが、1人、ヴェルデリオンだけ渋い表情をしていた。
その様子を見て、ゲッターは「ヴェルデリオンは反対なのか?」と尋ねた。
ヴェルデリオンは頷くと「彼らは話が通じる相手ではないから連合に誘えとは言わないけど、エルダーミストの森に住むもの同士として、利用するようなことはあまりしたくないんだ」と答えた。
ヴェルデリオンは周囲を見回すと「彼らも長年森に住んでいてエルダーミストに適応しているんだ。だからエルダーミストの樹が津波を起こして森から逃げ出すことになっても、その度に戻って来ているんだよ。他の地域に住むモンスターと違ってエルダーミストの森に適応した亜種なんだよ」と説明した。
「彼らには僕から外敵が攻め込んでくることは伝えておくよ。彼らは縄張りを侵した相手は許さないから、東側から攻めてくるなら必ず襲うはずだ。それでよくないかい?」とヴェルデリオンは提案した。
ゲッターは頷くと「以前ヴェルデリオンが森の東側は彼らの営巣地として残すように言っていた意味がわかったよ。グリプニス王国が自ら縄張りを侵すならともかく、誘導して利用するようなことはしないようにしよう」と言った。
話がひと段落したのを見て、グルドが「それでどう戦うつもりだ」と尋ねた。
ゲッターは「前回みたいに森に引き込んでゲリラ戦を展開するしかないね。地の利を活かして防御に徹していれば、相手の方が先に撤退するよ。いくら大軍で攻めてこようとも、彼らはエルダーミストの森を突破することはできない」と答えた。
「こちらの陣地だから、長期戦になればなるほど有利になるか」とルナスも納得した。
「少数精鋭で相手を削るような戦いになると思う。だから戦闘に参加する者はローテーションを組んで休めるようにしたい。各村で協力して物資だけは欠かさないようにしよう。相手の数は多いけど、連合が力を合わせて戦えば必ず勝てるよ」とゲッターは力強く宣言した。
こうしてエルダーミスト連合はグリプニス王国との戦いに臨むことになった。
1カ月後、グリプニス王国の軍勢はエルダーミストの森の東側の平原に現れた。
ペセタの街よりかなり南寄りで、これは南にある王都から進軍したためと思われた。
ゲッターは「ここからアトラ村を目指すなら、モンスターの営巣地の近くを通るな」と思ったが、ヴェルデリオンから必要以上に気にすることはないと言われていたので、こちらに有利と思うことにした。
エルダーミスト連合はグリプニス王国軍に会談を申し込み、了承された。
平原には天幕が張られ、これからフィオレン王子と会談が開かれることになっていた。
エルダーミスト連合からはゲッター、グルド、ルナスの3名が参加することになった。
これは見た目が強そうという理由でミャオリスが決めた。
敵軍に出向くので、3人とも武装してそれぞれ10名の部下を連れて天幕に出向いた。
この人数は事前に指定された人数である。
天幕に行くと、周囲の兵士たちはゲッターたちが徒歩で来たことに驚いていた。
「馬も持っていないのか」との陰口が聞こえてきた。
ゲッターは気にすることなく天幕に赴くと、見張りの兵士に来訪を告げた。
見張りの兵士は頷くと「天幕に入れるのは3名だけです。武器は預からせていただきます」と説明した。
ゲッターは腰からロングソードを外すと兵士に渡した。
グルドとルナスも同じように渡していく。
ゲッターは他にもダガーを持っていたが、身体検査はされなかった。
天幕の中は謁見の間のような配置がされていた。
わざわざ奥を一段高くして立派な椅子が置かれ、そこにフィオレン王子が座っていた。
椅子まで赤い絨毯が敷かれ、両脇に従軍してきた貴族と騎士たちが並んでいた。
ゲッターたちはお互い椅子に座って交渉することを予想していたが、それは甘かった。
相手は自国の領地に赴き、そこで領民と謁見するつもりであり、話し合う気はないのだ。
ゲッターは自らの見通しの悪さを呪った。
仕方なくゲッターは赤い絨毯の中央で跪いた。
ルナスも仕方なく、グルドはあからさまに嫌そうに跪いた。
ゲッターは用意していた言葉を変えずに「本日は会談に応じていただきありがとうございます。エルダーミストの森のアトラ村で村長をしていますゲッターと申します」と挨拶をした。
続いてグルドとルナスを紹介し、2人も挨拶をした。
椅子に座って対面で挨拶をするつもりであったが、こうなると仕方がない。
フィオレン王子は「私がフィオレンだ。今日はどのような用件だ」と短く言った。
フィオレン王子は40歳くらい。父王に似て背が高く体格も良かった。軍を率いているが武装はしておらず、城内でないからか少し軽装であった。
それでも王族らしく煌びやかに装飾された服、艶のある長い髪、整えられた髭が威厳を醸し出していた。
ゲッターは跪いたまま「サルバトール殿より書状はいただき拝読いたしました。しかし、エルダーミストの森は古来よりどこの国にも属しておらず、住人たちはそれぞれ独立し自治を営んで参りました。それは今後も変わらないと殿下にお伝えしに参りました」と伝えた。
ゲッターのあまりに正直な物言いに、天幕内に緊張が走った。
フィオレン王子は期待が外れたのか明らかに不機嫌になり「言いたいことはそれだけか?」と聞いた。
ゲッターは用意していた書状を取り出すと「私たちエルダーミストの森の住人を取りまとめる、森の守護妖精エリー様から書状を預かってきました」と言い、そば付きの兵士に渡した。
フィオレン王子は兵士から書状を受け取り一読すると、すぐに兵士に渡した。
フィオレン王子はため息をつくと「サルバトールからゴブリンたちはもてなし上手で良い土産をくれると聞いていたのに期待外れだったな」と吐き捨てた。
ゲッターは「森の住人たちも殿下が対等に外交をして下さるなら喜んで土産を差し出すでしょう」と言った。
フィオレンは「フン」と鼻を鳴らすと「お前たちでは話にならん!あの作品を作ったゴブリンたちを連れて来い」と強く言った。
フィオレンは脚を組み直すと「そもそも私は外交になど来ていないのだ。魔の森はグリプニス王国の領土だからエルダーミスト連合など存在しない。」と言うと、ゲッターたちを指差し「お前たちをそのまま村長として認めてやる。だから3匹のゴブリンと一緒に国民の義務である税を差し出すのだな。そうしたらこの森で暮らすことを許してやる」と言った。
グルドが怒って立ち上がろうとしたので、ゲッターは肩を抑えて止めた。
グルドに睨まれたが、首を振り諌める。ここで暴れてもすぐ殺されるだけで無駄死にでしかない。
グルドは真っ赤な顔をしたまま立ち上がるのは止めた。
ゲッターは「話し合いで済ませたかったのに残念です」と言うと、ゆっくり立ち上がった。次いでグルドとルナスもゆっくり立ち上がる。
フィオレンも「まったくだよ。無駄な手間をかけさせよって」と言い、出ていけとばかりにシッシッと手を振った。
ゲッターは天幕を出る際に一度振り返ると「後悔なさいますよ?」と最後にフィオレンに声をかけた。
しかしフィオレンはつまらなそうに「お前らがな」と返しただけであった。
ゲッターたちは兵士から武器を受け取ると、できるだけ平然とした様子で森に帰って行った。
グリプニス王国の兵士に悔しがる様子を見せては恥をかくだけだからだ。
天幕が小さくなり、声も届かない距離まで離れると「グルド、もういいですよ」とゲッターは言った。
するとグルドは大声で「あのクソ王子!」と怒鳴ると、思いつく限りの罵詈雑言を撒き散らした。
一通り発散してグルドが息を切らしたので「ルナスはいいのですか?」とゲッターはルナスに聞いた。
ルナスは苦笑して「グルドが私の分も言ってくれたから」と言った。
グルドはまだ真っ赤な顔をして「ゲッターはあんな言い方されて悔しくないのかよ?」とゲッターに聞いた。
ゲッターは表情を変えずに「もちろん悔しいですよ。とっくに我慢の限界を超えています」と言って「クククッ」と笑った。
その笑い方に一緒にいた者はみんなぞっとした。
ゲッターの目は全く笑っていなかったからだ。
ゲッターは静かな声で「フィオレン王子にはせいぜい後悔してもらいましょう」と言った。
こうしてフィオレン王子との会談は何の成果もなく終わったのであった。
⭐️⭐️⭐️
❤️応援されるととてもうれしいのでよかったらお願いします。
励ましのコメントもお待ちしてます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます