第三章
第22話 旅商人
世界樹の実をパンのクッションで受け止めることは成功した。
オークたちはその褒美としてエリーから大量のお酒をもらっていた。
それとグルドはエリーに森の南に住むワーウルフとの仲介もお願いしていた。
やはりオークたちも塩を必要としていたのだ。
エリーは「ワーウルフたちも取引相手が増えて喜ぶでしょう」と言っていた。
世界樹の実はその場で少し食べたが、残りはゴブリンとオークで半分ずつ持って帰ることになった。
ヴェルデリオンによるとジャムにすると長持ちするし、生で食べるだけでなく調理しても美味しいとのことだった。
クコの実のパンも余すことなく持って帰り食べることにした。
当分食事に困ることはないだろう。
世界樹の実の一件の後、ゴブリンの村とオークの村との交流が盛んに行われるようになった。
ゴブリンの村ではオークの協力のもとシンタ念願の水路が作られることになった。
オークたちは身体が大きく土木工事が得意だった。
それに工芸のセンスがある者がいて、村の中の高低の問題を解決するために水車を作ってくれた。
一度作り始めてしまえばゲッターの『加工』スキルがある。
ゴブリンの村の中には水路が張り巡らされ一気に上下水道の環境が良くなった。
またオークの村にパン焼きの修行に何人か出ることになった。
今しばらくはオークの村からベルクのパンを買うことになるが、ゴブリンの村産のパンを食べられる日も近いと思った。
ゴブリンの村からはオークの村に猟で狩った肉を売っていた。売るといっても森の中の取り引きは物々交換のため肉とパンの交換ということだ。
オークも猟はするが身体が大きく短絡的で我慢ができないため、じっと獲物を待つことができない。そのためオークの村では罠での猟が基本だった。
一方ゴブリンの村には超一流であるアイナが鍛えた猟師たちがいた。
今では獲物を狩りすぎて絶滅させないように保護しているくらいだった。
南の森のワーウルフとの塩の取り引きも順調で、塩が定期的に手に入るようになったから肉の保存もしやすくなった。
こうしてゴブリンの村もオークの村も劇的に食料事情がよくなっていった。
最近のゴブリンの村では、食器の絵付けが流行していた。
洞窟でのようにゴブリンの村でも家の壁に絵が描かれていた。
ゴブリンたちは自分の部屋や建物の壁に絵を描き、その色彩豊かな作品で村は一気にカラフルになった。
洞窟と違うのは様々な顔料を使って、カラフルに描かれていることだった。
食料事情が改善されて生活に余裕ができたため、村のゴブリンたちの趣味活動も盛んになっていた。
村を訪れたヴェルデリオンから顔料について教えてもらった者がいるらしく、それ以来村の中は急速に色とりどりになっていった。
村のゴブリンたちは次に食器の絵付けを始めた。
ゲッターは村のゴブリンたちに『加工』スキルで作った石製の椀や皿、フォークやスプーンを提供していた。
ゴブリンたちはその椀や皿に絵付けをし始めたのだ。
最初に絵付けをしたのは子どもたちであった。
ゲッターは「食器に絵を描いたから『加工』で顔料が落ちないようにしてほしい」と頼まれたので喜んでやってあげた。
だがそれを見た大人たちも「自分も」「自分も」と押し寄せるようになったのでゲッターは辟易していた。
ただ出来上がった食器はどれも素晴らしいものばかりであった。
中にはヴェルデリオンが欲しがるほどの絵付けの腕前の者もいた。
ゴブリンは求められると結構ホイホイあげてしまう。
それはいいのだがなくなると結局ゲッターに新しいものを作ってもらいにくるので、こうしてゲッターの仕事が増えていった。
食器をもらったヴェルデリオンは村の者に陶芸の技術を教えてくれた。
陶器の窯もゲッターがヴェルデリオンの指示で作り、陶芸が盛んになると『加工』で食器を作らなくてよくなったのは本当に助かった。
今のゴブリンの村ではパン焼き用と陶芸用の窯から一日中煙が昇るようになっていた。
今日もゲッターが執務室で仕事をしていると部屋の扉がノックされた。
一緒に仕事をしていたレイクが取り次ぎのために出ていった。
レイクは戻ってくると「ミロスたちが怪我をしている人間を見つけたそうです。ただ助けようとしているのですが怯えて警戒しているため近づかせてくれないそうです。今日はアイナが森の奥まで行っていていないので、申し訳ないですがゲッター様に助けてもらえないかとのことです」と言った。
それを聞いてゲッターは「すぐに行こう」と言って出かける準備をした。
ゲッターはそのうち誰か人間が村を訪れることを予想していた。
リスモンズ王国側のコンタージュ領とグリプニス王国側の森沿いにあるペセタの街を直線で結ぶとこのゴブリンの村の近くを通る。
つまり森を抜けようとするとゴブリンの村を訪れる可能性が高いのだ。
そういう意味ではゲッターが森でカプルたちに出会ったのは偶然ではなかった。
ゲッターは「どんな人物だろう?」と少しワクワクしながら現場に向かった。
現場に到着すると大きな荷物を守るように抱えている商人風の人間を、ミロスと2人のゴブリンが遠巻きにしていた。
人間はとても怯えており、ミロスたちは持て余しているのかとても困った顔をしていた。
ゲッターに気づくとその場にいた全員がホッとした顔をした。
ゲッターは「助けてくれ!」と叫ぶ人間を無視してミロスに様子を確認した。
「オオカミに襲われていたので助けたんですが、俺たちに気づくと怯え始めてしまって。いくら声をかけても全然相手にしてくれないんです」とミロスは報告した。
「怪我の様子は?」とゲッターが尋ねると「どこか出血しているみたいですが、近寄らせてくれないので詳しくはわかりません。あれだけ元気なら命に関わる怪我はないと思いますが」と答えた。
商人風の人間は大声で「早く助けてくれ!なんとかしてくれ!」とずっと叫んでいる。
ゲッターはミロスたちに離れて待っているよう指示を出すと笑顔を作り「もう大丈夫ですよ」とできるだけ優しく話しかけた。
人間は「助けてくれ〜!」と言って泣き出すので近づいて彼の身体の様子を観察した。
彼は身体の所々に裂傷があったが大きな怪我はしていないようだった。
ゲッターはその傷を『加工』スキルで塞いでいった。
とりあえず見える範囲で傷を塞ぐと「他に傷や怪我はありませんか?」と聞いた。
商人風の男は泣き止むと自分の身体を確認し始めた。特に身体に異常はなかったようで落ち着きを取り戻し「いやぁ。助かりました」と言った。
「私はゲッターと言います。あなたは?」とゲッターが尋ねると彼は一瞬驚いた表情をしたがすぐに「私は旅をしながら商人をしているサルバトールと言います。助けていただきありがとうございます。それで彼らは何者なんですか?」とミロスたちを指差しながら言った、
ゲッターは訳が分からず「何者とは?彼らはただのゴブリンですが」と言った。
サルバトールは気味が悪そうな表情で「ただのゴブリンではありません。ただのゴブリンはあんなに強く、また流暢に喋ったりしません」と言った。
ミロスを初め村のゴブリンたちも発声練習のおかげで流暢に話せるようになっていた。子どもなんかはとても早口で上手にしゃべるものもいる。
すっかりゴブリンの村では当たり前の光景になっているが、一般的なゴブリンは流暢には話せない。
それに猟のための道具もアイナとゲッターが作ってあげたので一流のものと言える。技術もアイナ先生のおかげでそこらへんの猟師には負けないものがある。
ミロスなんかは最初に教えてもらった1人なのでかなりの技術を持っている。
人間の常識からすると強すぎるというのは頷ける話だった。
「彼らはこの森に住む普通のゴブリンですよ。ただ私が知識と技術を教えたので他の地域に住むゴブリンとは違うかもしれませんが。あなたが暴れなければ特に何もしませんよ」とゲッターが言うとまだ半信半疑といった様子だったが一応信じてくれたようであった。
「彼らはあなたが怪我をしているので助けようとしていたのです。ですがあなたが警戒して近寄らせてくれなかったので人間である私を呼んだのです」とゲッターが説明するとサルバトールはすまなそうな顔をして「そうだったんですか。それは申し訳ないことをした。色々ありがとう」と離れたところからこちらを見ているミロスたちにお礼をした。
ミロスたちはわかってもらえてうれしかったのかホッとして顔を見合わせていた。
「ゲッター殿はゴブリンたちの先生をしているのですか?」とサルバトールが質問したのでゲッターは「いえ。私はゴブリンの村で村長をしています」と言った。
サルバトールはそれを聞いて「もしよろしければ村を見せてもらっていいですか?森の中に村があるなら森を抜けるのがかなり楽になるので」とお願いしてきた。
それを聞いてゲッターは「いいですよ。よかったら泊まっていってください。宿屋はありませんが私の家の客室があります。ご招待しますよ」と言った。
ゲッターが「立てますか?」と聞くとサルバトールは「大丈夫です」と言って立ち上がり荷物を背負い始めた。
商品が入っているのか大荷物で「これではオオカミから逃げられないだろう」とゲッターは思った。
ミロスたちには猟に戻るように言ってゲッターはサルバトールと村に戻ることにした。
別れ際サルバトールはミロスたちにもう一度礼をしていた。
「いつもならオオカミなんかに捕まることはないのですがね。私も歳をとったかな」とサルバトールは頭をかきながら言った。
サルバトールによるとグリプニス王国からリスモンズ王国のコンタージュ領へ向かうところだったそうだ。
今回はオオカミに捕まってしまったが、過去にサルバトールは何回も森を抜けたことがあるらしい。今までも危険な目にあったことはあるらしいが、それでも森を横断して商売をするのは大きな利益があるからだ。
リスモンズ王国とグリプニス王国の間には魔の森がある。そのため2国間の貿易は北にある海を使って行われていた。
しかし北の海は巨大なモンスターが出ることでも知られ、大きな船でしか航海できず船便も限られいた。
そのためお互いの特産品は高値がつくのが当たり前であった。
そのような事情から魔の森を抜けて商売をしようとする者は後を絶たない。だが実際に実行に移すものは少ない。
それだけ魔の森は恐れられているのであった。
サルバトールが初めて森を抜けたのはもう20年くらい前の話らしい。
グリプニス王国で若くして独立したサルバトールだったが、大店の商店には相手をしてもらえず苦労していたらしい。
そこで考えたのが魔の森を抜けてリスモンズ王国に売りに行くことであった。
ゲッターがパッと思いつくだけでもリスモンズ王国産の商品は高いものばかりだ。
希少価値がとても高くコンタージュ領でも出回ることがほとんどない。
もし王都に持っていけばきっと飛ぶように売れるだろう。
実際サルバトールによるとそうであったらしく、以来一年に一度の割合で森を抜けて商売をしているそうだ。
昔は護衛を雇っていたが魔の森を抜けるとなるとなかなか護衛も見つからず、依頼料も高額になる。それでも見つからないことがしばしばあったそうだ。だから慣れたこともあり最近は護衛を探すこともせず1人で森を行き来していたそうだ。
魔の森の中で安全に泊まれたり補給ができるとなると、魔の森を抜ける難易度がかなり下がる。
今後も寄らせて欲しいと村に着く前からサルバトールは言っていた。
こうしてサルバトールはゲッターたち以外で初めて村を訪れた人間となった。
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