第17話 手土産
翌日、ゲッターは夜明けよりも早く目を覚ました。
小鳥のさえずりがかすかに聞こえ、まだ蒼白い空が広がっている。
久しぶりにベッドで眠れたことで、長い間感じたことのないほどの清々しい目覚めだった。
彼はしばらくの間、静かな朝の空気を楽しみながら、穏やかな気持ちでベッドに横たわっていた。
ゲッターは、部屋の窓を開け、外の景色を眺めた。
彼の部屋からは世界樹は見えなかったが、何故かその存在感が感じられるような気がした。大地から空へと伸びるその大樹の力強さが、彼の胸に響くようだ。
ゲッターは、どうしても世界樹を見たくなり、部屋を出ることにした。
丸太小屋の扉を開けると、朝露に濡れた草の上にアイナが寝転がって、世界樹を見上げていた。彼女の顔には、穏やかな安らぎの表情が浮かんでいる。
ゲッターが丸太小屋から出てきたのに気づくと、アイナは身体を起こそうとしたが、ゲッターは手でその必要がないことを伝えた。
彼は彼女の隣に静かに腰を下ろし、一緒に寝転んで天を仰いだ。
世界樹は、まるでこの世のすべてを見守るかのように、どこまでも高く聳え立っている。その頂上は雲に隠れ、視界には収まらない。
「きれい」とアイナが小さな声で呟いた。彼女の声には、感嘆と敬意が込められていた。
ゲッターも「そうだな」と応じ、心から同意した。
アイナが指さした方向を見ると、世界樹の近くに薄ぼんやりとしたものが宙に浮いているのが見えた。
「あれが世界樹の実か」とゲッターが呟くと、アイナも「そうだと思います」と頷いた。
「手が届くところにあるとは思っていなかったが、あんなに高いところになっているとは…。あれでは矢も届かないな」とゲッターは嘆いた。
アイナは彼の言葉を聞き、静かに微笑んで「ゲッター様、悩むのは後にして今はこの景色を楽しみませんか」と提案した。
彼女の落ち着いた声に、ゲッターも「そうだな」と言い、肩の力を抜くことにした。
ゆっくりと草の上で横たわっていると、まるで世界樹に抱かれているような、不思議で安らかな感覚に包まれた。
空が白み始め、夜が明ける頃、ゲッターは「世界樹の実を取ってこの森と世界樹を助けたいな」と心から感じるようになっていた。
彼の心に芽生えたこの願いが、やがてどのように展開していくのか、彼自身もまだ知らなかった。
そのとき、ガプロが起きて迎えに来たので、ゲッターたちは丸太小屋に戻り、朝食をとることにした。
朝食の後、リビングでアイナが淹れてくれた薬草茶を飲んでいると、エリーが姿を現した。
「皆様ごきげんよう」と彼女は優雅に挨拶し、「いい匂いがしますね」と言って、周囲の空気を楽しむように鼻をひくつかせた。
「おはようエリー。たぶんアイナが淹れてくれた薬草茶の香りだよ」とゲッターは微笑みながら挨拶を返した。
アイナは、森に来てからは猟ばかりしているが、本来はゲッターのメイドであり、その腕前は優秀である。お茶の知識も豊富で、今日のお茶は森で採れた薬草をブレンドしたものだった。
「よかったらエリー様もどうですか?」とアイナが勧めると、エリーは「ぜひ頂きたいですわ」と微笑みながら答えた。
エリーもテーブルに着き、一同でアイナが淹れてくれた薬草茶を堪能した。香り高いお茶は、彼らの心と体をゆっくりと癒していく。
場が落ち着くと、ゲッターが口を開いた。
「まずエリーと決めておきたいことがあるんだ。今回の依頼の報酬についてなんだけど、世界樹の実以外にもお願いしたいものがあるんだ」と切り出した。
エリーは少し驚いた様子で「報酬ですか?もちろんいいですよ。ただ、もちろんできないこともありますが」と答えた。
「塩が欲しいんだが、調達できるかな?」とゲッターは尋ねた。
ゴブリンの村は森の中深くにあるため、塩が手に入らない状況が続いていた。
そのため、彼らは生き血を啜るなどして塩分を補給していたが、それでは追いつかず、汗をかくと倒れる者もいた。
塩が欲しいという願いは、ゲッターの強い望みであった。
「南の森のはずれに住むワーウルフの集落の近くの山で岩塩が採れたはずです。森の外なので私たちでは採りに行けないので、頼んでみましょう」とエリーは答えた。
彼女の言葉に、ゲッターの顔に希望の色が浮かんだ。
「できれば継続的に取引がしたい。仲介も頼む」とゲッターが言うと、エリーは「承知しました」と笑顔で答えた。
「それにしても世界樹の実はあんなに高いところにあるんだな」とゲッターは再び世界樹を見上げた。
「実を見つけましたか?あれを地面に落とさないようにしてとってほしいのです」とエリーは改めてお願いしてきた。
ゲッターは難しい顔をして「実が熟して落ちるまで時間はどれくらいなんだ?」とエリーに尋ねた。
エリーは申し訳なさそうな顔をして「10日くらいだと思います」と答えた。
これにはゲッターたちも驚いた。
ガプロは思わず「そんなに時間がないのか」と口にした。
「やはり緑竜ヴェルデリオンに協力を求めた方がよさそうだな」とゲッターは決断した。
するとアイナが「ヴェルデリオンに協力を求めるとして、何か考えがあるのですか?」と聞いた。
ゲッターは少し考えた後「手土産を持っていこうと思っている」と答えた。
「それはいい考えですね」とすぐさまエリーが賛成した。
それを見たゲッターも笑顔になり「ヴェルデリオンは何が好きかな?」と尋ねた。
「私から言わせると、ヴェルデリオンは変わった物が好きですね。ハートの形をした木の実とか、雲の形の模様がある石とか、リザードマンの女の子に描いてもらった花の絵とかがコレクションにありました」とエリーは思い出しながら言った。
ゲッターは「他にも何か思い出せないか?」と聞くと、エリーは「鳥の形の岩とか、捻れた枝とか、変わった形の葉とかですかね」と言った。
それを聞いたゲッターは「参考にならないな」とぼやいたが、アイナは「そんなことないですよ」と笑顔で言った。
「少なくともヴェルデリオンは宝石や黄金、美術品といった貴族などが欲しがる物ではなく、自然の中で珍しい物が好きなのがわかりました。」と自信ありげに言った。
「何か考えがあるんだね」とゲッターが聞くと、アイナが頷いたので、アイナの提案をもとにゲッターたちは手土産を用意することにした。
アイナが提案したのは、薬草茶の茶葉とティーセットであった。
ヴェルデリオンの趣味が客人をもてなすことだということと、エリーがお茶を喜んでくれたことから思いついたことだった。
エリーも「ヴェルデリオンはきっと喜んでくれると思います」と太鼓判を押した。
早速ゲッターたちは手分けして用意することにした。
アイナはお茶の葉を探しに、ゲッターとガプロはティーセットの材料になりそうな素材を探しに出かけた。
その日の夕方には、それなりの材料が集まった。
アイナとガプロでティーセットの元にする素材を吟味した。ゲッターには芸術的センスがないので、素材を2人が言う通りに『加工』していく役目だ。
アイナが採ってきた茶葉が入った小袋、自然の素材を活かして作ったティーカップ、ソーサー、ティースプーンができた。
これらを『加工』で作成した箱にきれいに入れて、セットが完成した。
ゲッターが「なかなかいいものが用意できたな」と満足そうに言うと、ガプロも「私が欲しいくらいです」と頷いた。
「いよいよ明日、ヴェルデリオンと面会ですね」とアイナが緊張した面持ちで言った。彼女の言葉に、ゲッターたちはその重要性を改めて実感した。
翌日のヴェルデリオンとの会食に今後の行方がかかっていることを意識しながら、ゲッターたちはその日も早めに休んだのであった。彼らの心には、期待と緊張が入り混じった感情があったが、それでもどこかに希望の光が灯っていた。
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