第6話 新生活②
2日連続になった宴。ゲッターたちはその楽しさに浸っていた。
2度目の夜、昨日は控えめだった女ゴブリンたちも積極的に話しかけてきて、アイナと彼女たちの会話は大いに盛り上がった。
女ゴブリンたちはアイナに名前を付けてもらっていた。彼女たちは嬉しそうに新しい名前を受け入れた。
「アル」と名付けられたのは、長い髪を持つ一番年上の女ゴブリンだった。ガプロの正妻のような立場にある彼女は、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「イレ」は背が高く、スタイルが良いことで知られ、彼女の存在感は群を抜いていた。
いつも誰かの後ろに隠れるようにしている「ウタ」は、恥ずかしがり屋だが、その内面には強い意志を持っている。
「エラ」は小柄ながらもエネルギッシュで、アイナに最初に心を開いた。
これらの名前は、リスモンズ王国に伝わる古い神話に登場する女神の姉妹から取られたものである。それは、ゲッターが神話から名前を取ったことに感化されてのことだろう。
この夜も歌と踊りで最高潮に達し、最後は笑顔で幕を閉じた。
2日目の見張りも男たちとアイナですることになった。
基本女ゴブリンは見張りをしないのでこれからもずうっとすることになるのだろう。
さすがに2度目なのでこの日は寝ていても起こしてゴブリンたちにも見張りをさせた。
猟で捕えた獲物の匂いに誘われて何かが来るかもと心配していたが、とても静かな夜で杞憂に終わった。
今朝も最初は体操と発声練習を行なった。
食料事情が改善されたからかみんなの体調は良さそうだった。
朝食の時にまたガプロと今日の活動方針について打ち合わせをした。
「まずは男たちで昨日獲ってきた獲物の解体をする。せっかくの獲物を腐らせたらもったいないからね」とゲッターが提案すると、ガプロも賛成の意を示した。
「賛成です。それで女たちの仕事は何にしますか?」
「女たちは今日も矢を作ってもらう。これからも必要になるものだし、上手く作れるようになって欲しいからね。正直に言うと昨日作ってもらったものでは質が悪すぎるんだ」
ゲッターは申し訳なさそうに言った。しかし一日作ったくらいで上手くなるわけがないのでこれからも続けてもらい技術を磨いてもらうしかない。
「アイナが昨日矢羽に使える鳥も撮ってくれているから一通り矢も完成させられる。どんどん矢を作ってもらおう」
「その矢でアイナ殿に獲物を捕まえてもらうのですね」
「そう言うこと」
ゲッターはガプロに笑顔で答えた。
ゲッターはガプロに「今でもガプロは女たちが仕事をするのは反対なのか?」と正直に聞いてみた。
ガプロ少し困った顔をしながら答えた。
「やっぱり女たちには子作りと子育てに専念してほしい気持ちはあります。それが一番大事なことですから。ですが今の女たちの表情を見ていたらそうも言えなくなりました。いい表情をしていますからね。今は出産に影響しないなら好きなことをしていいと思っています」
ガプロの答えに満足したのかアイナが笑顔で頷いていた。
「それより女たちのお腹の子の父親はみんなガプロだって聞いたけど、カプルやアッグたちはガプロの息子だからついてきたのかい?」
ゲッターは疑問に思っていたことを聞いた。
ガプロは少し考えた後「息子だからついて来たのではないです。私についてきたほうが食べていけると思ったからついてきたのだと思います。正直に言うとあいつらが私の息子かそうでないかは私もあいつらもわからないのです」と答えた。
それを聞いてゲッターは「どういこと?」と聞き返した。
「ゴブリンは出産すると村の女たち全員で子育てをします。一度に2人生まれますし、毎週のように生まれてくるので全員で子育てしないと間に合わないのです」と説明を始めた。
ゲッターは頷いて話を促した。
「なので誰が産んだのか関係なく育てているうちに本当に誰が産んだのかわからなくなってしまうのです」とガプロガ続けると、アイナは「何それ」と呟いた。
「もしかしたら女たちは自分が産んだ子どもが誰かわかっているのかもしれません。ですが男たちは出産にも子育てにも関わらないので誰が自分の子か本当にわからないのです。正直に言うと男のゴブリンたちは子育てには無関心で子作りにしか興味がありません」と説明を続けた。
アイナは今度は「最低」と呟いた。
ガプロが困った顔をしたのでゲッターは「文化や習慣が違うからしょうがないよ」とフォローして続きを促した。
「男のゴブリンは仕事をして食料を集めて食事を作ります。それを気に入っている女とその子どものところに持って行きます。それで食事を持って行った時に女のゴブリンを子作りに誘います。女のゴブリンは体調が悪くない限りはそれを断りません。なぜなら断るともう食事を持ってきてもらえないからです」と説明すると、アイナはもう何も言わず不機嫌な顔をして黙り込んだ。
「そんなやり方で全員の女と子どもに食事が行き渡るのかい?」とゲッターは疑問に思ったこと聞いた。
「1人が1人にしか食事を持って行かないわけではないですからね。私のように多くの食料を集めることができる者はそれだけ多くの女と子どもに食事を与えます。基本的に誰に食事を与えるかは早い者勝ちです。器量の良い女はすぐに食事がもらえます。あとできるだけ多くの女たちに食事が行き渡るようにするため女と子どもは一度の食事に1人からしかもらえません。ですので一度にたくさんの食事を多くの女たちに与えられる男が尊敬の対象になります」
「食料をたくさん集められる者が村長になるのではないの?」と今度はアイナが質問した。
「しきたりで村長はなりたい者同士が戦闘をして勝った方がなることになっています。外敵から身を守るためには強さが必要です。しきたりを決めた頃は強さの方が重要だったのでしょう」とガプロは答えた。
「ガプロはとても長い間村長だったとカプルが言ってたよ」とゲッターは言った。
ガプロは遠い目をして言った。
「正確には覚えていませんが10年以上村長をしていたと思います。その間毎年のように勝負を挑まれましたが全てに勝ちました。でも今回は負けてしまった」
「負けたら村を出るしきたりなのか?」とゲッターが聞いた。
「そんなしきたりはないのですがね。今回村長になった者は私が嫌いだったのでしょう。強引に私を追い出そうとしました。反対してくれたのはカプルたちついてきてくれたものだけです。新しい村長は確かに強いですからね。他の者は村長が怖かったのでしょう」とガプロは語った。彼の心には、長年の責任感と共に、今は失われた権威へのわずかな未練があった。
ゲッターとアイナがゴブリンたちの文化や習慣を覚えるにはまだまだ時間がかかるなと思ったところで朝食は終わった。
朝食を片付け終えるとアイナは昨日獲った鳥の羽をむしると女ゴブリンたちのところに向かった。
今日はアイナが女ゴブリンたちに矢の作り方を教えることになっていた。
手先の器用なジュアが一緒に作りたそうにしていたので作り方の説明だけ参加させた。どうせ覚えてもらうことになると思ったからだ。
ジュアをのぞいた男たちで昨日獲ったオオカミと鳥の解体を始めた。
血抜きは夜のうちにしていたので皮を剥ぎ、内臓を取り出し、肉を切り分けた。
途中からジュアも合流して何とか昼前には解体作業は終了した。
少し休憩をした後にまた家を建てるための整地作業に取り掛かった。
『加工』スキルがあるため木を木材に変えるのは一瞬だが、なにぶん木が大きいため大量の木材ができる。その大量の木材を邪魔にならない場所に運ぶのが思っていたよりも大変だった。
ゴブリンたちは力は弱くないが身体は人間より小さい。人間に適した大きさの木材では持ちにくい様子だった。なのでゲッターはゴブリンたちが運びやすい大きさを試行錯誤しながら木を加工していった。
しばらくすると矢の作り方を教え終わって猟に出ていたアイナが神妙な顔をして戻ってきた。
「ゲッター様。イビルベアーが出ました」
見た目でわかるのだが念のためゲッターは「大丈夫かい?」と確認した。
アイナは笑顔で「大丈夫です」と答えたが次は申し訳なさそうな顔になり「ですが運ぶのを手伝ってほしいのです」と言ってきた。
ゲッターはガプロを呼びどうするか相談することにした。
アイナがイビルベアーを倒したことを話すとガプロは飛び上がってびっくりして見せたがすぐに「イビルベアーが出ましたか」と深刻な表情で言った。
彼の心には、村を守るための強い責任感とともに、アイナの強さを誇りに思う気持ちもあった。しかし、イビルベアーという脅威が近くにいるという現実は、彼の不安を掻き立てた。
アイナは簡単に倒しているが実際にはイビルベアーは兵士隊や冒険者ギルドが支部総出て対応するようなモンスターだ。
それが近くに出たのはまた出る可能性があるということで大変な事態だった。
「つがいが近くにいると怖いな。女たちには作業を中止して洞窟に戻ってもらおうと思う。アイナは周辺にイビルベアー避けの罠を作ってくれ。私は洞窟周辺にスキルで柵を作るから男たちはそれを手伝ってくれ」
ゲッターが指示を出すと2人はすぐに動き出した。
アイナは罠作りに、ガプロは女たちを呼びに行った。
次にゲッターはジュアに声をかけた。
石と木材を使って槍を作りジュアに手渡した。
「女たちが洞窟に戻ってくるからみんなを守ってくれ」
ゲッターがそう言うと「ワカッタ」と力強く言って洞窟に走っていった。
「私たちは柵を作るぞ」
ゲッターはカプルとアッグに声をかけると2人も「ワカッタ」と頷いた。
ゲッターは2人に木材を運んでくるよう指示を出した。
またイビルベアーが出るかもしれないから注意するようにも付け加えた。
2人は一瞬怖そうな顔したが何も言わずに作業に取り組んだ。
ゲッターは洞窟から外のかまどそして川まで柵を作ることにした。
洞窟を柵で囲ってしまうといざという時逃げられなくなってしまうので川を渡って匂いを消して逃げるために長い柵を作ることにした。
柵は厚さ30センチ高さ3メートルの板屏にした。格子状にすると登って越えられるからやめた。そのため門と見張り用の櫓を作った。
作り終えた時にはすでに陽が傾いていた。
アイナは櫓を作っている時に戻ってきた。
罠を作った後に1人でイビルベアーのところに行き、肉を持てる分だけ切り取って戻ってきていた。
イビルベアーのつがいも、また血の匂いに誘われた他のモンスターもいなかったとのことだった。
櫓の上には常に誰か見張りを置くように決めて夕食を食べることにした。
その日の夕食は宴の夜とは打って変わって緊張感が漂っていた。
アイナの強さを知っているゲッターはしっかり見張りをして奇襲さえされなければ大丈夫と楽観的に考えていたが、ゴブリンたちはそうは思えないようだった。
「何か安心させられる方法はないかな?」
ゲッターはアイナに尋ねた。
「武器を作ってあげたらどうですか。ちゃんとした武器を持っているだけでもかなり安心できると思いますよ」と提案した。
それを聞いていたカプルが「オレニモヤリヲ…ツクッテクレ」と言ってきた。
アッグも「オレニモ」と言ってくる。
2人はジュアだけが槍をもらっていて羨ましく思っていたのだ。
「ガプロはどうする?」とガプロにも聞くと「なら私には弓を作ってください。私は弓が使えるので櫓から攻撃できます」と答えた。
ゲッターはすぐに作ってみんなに渡した。
カプルとアッグは大喜びで振り回し始めた。
ガプロは弓を受け取ると自分のサイズにぴったりだったのを喜んだ。
「ではこれを持ってジュアと交代してきます」と言うのでゲッターは「櫓から試射してごらん」と声をかけた。
次にゲッターは女たちにオオカミの毛皮を使ってショールを作った。
本当はローブを作りたかったが4人分には材料が足りなかったのでショールになった。
ショールはとても好評でアルは丁寧にお辞儀をしてお礼をしてくれ、エラは羽織ってひらひらさせて喜んでいた。
みんなが安心した様子を見てゲッターとアイナは顔を見合わせて笑った。
ようやく落ち着いて休めそうであった。
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