0116 彼は昔から彼のまま


 ただそうなると、ちょっと疑問。魔物の討伐でけがれを浴びたとしてどうして身体への影響が最低限なのだろう、と。魔物の穢れは主に血などの体液に含まれる、というが。


 それにしたってあんな瘴気しょうきで体調が悪くなっていたんじゃ討伐なんて命懸けどころの話ではなくない? って思うのは普通、ごく一般論だと思うの。なのに王陛下はなぜ?


 ロフィンを騎士団に置き続ける理由。最初は縁取ふちどりの前兆もでているし、王子として役に立たないなら国の為に働け、ということだったそうだ。今は、どうなっているの。


 五人もいる息子のひとりをもうちょっと気にかけることもしないなんて王陛下こそ血が凍っているわ。ロフィンは精一杯やってきたし、やっている。バーディンさんもウイシズさんも仕事の有能さは確実だ、と言っていた。私のことになるとバカが憑く、とも。


 書類整理はもちろん。魔物の討伐手腕も歴代のどんな軍団長ぐんだんちょうより素晴らしい、と。その腕っぷしを見込んだから先代、クーヴィ様もロフィンを軍団長に指名したのだそう。


 例え、その身が瘴気にむしばまれやすくとも。それを上回るほどの有能さを示したからこその指名だった。誰も反対しなかった。体質を知ってなお全員が彼の指揮下に我が身を置きたいと願った。面倒回避、とかよこしまな理由でなく、そこにあるのは圧倒的な尊敬の念。


 このひとにだったらついていく! そうした思いがあってこその絶大な支持で選ばれ座した軍団長の席。瘴気毒で危険な高熱をだしながらも仕事は疎かにしなかったとか。


 責任感が強く、あまりにも優秀すぎたのと先代の遥かに上ゆく敬慕を集めたひと。


 図書室で聞いた昔の話。有望すぎるロフィンを差し置いて他の者を指名するのは無理だったなあ、とクーヴィ様は淋しそうに笑っていた。彼にも葛藤はあった。ロフィンの事情や体質を考慮すれば一団員に据えておく方がロフィンは苦しまないだろうか、とか。


 でも、次期軍団長にはロフィンを、という声があがりはじめた折、クーヴィ様は魔物との戦闘で腕を持っていかれ、団員たちも多くが怪我を負っていた時、全員をさがらせ一騎討ちに打ってでたのがロフィンだった。その時の戦闘はきっとみな、生涯忘れない。


 大型で非常に凶暴。仲間内でもよく争いを起こしては内紛こそが常! と恐れられていたバドラン地方の山脈で主に住む巨人族との闘争は永遠の恐怖であると同時にロフィンの勇姿は輝かしいものであった。通常は巨人族一体に対し人間五人以上でかかる、が。


 とてもじゃないが、そんな包囲網が築けない戦況だったのだとか。なのにその時。


「私がひきつけます。軍団長、総員に撤退と集中治療指示を。犠牲が広がらぬよう」


 その言葉を残してロフィンは単騎、巨人に突っ込んでいった。そして、普段から日常生活でこそ避けているが瘴気を、その源である魔物の血を恐れることなく挑んだ結果。


 恐れをなして逃げた者を除き、その場に居座って山越えする旅人を襲っていた巨人たちをたったひとりで十二体仕留めた。そして、瘴気に侵されて死ぬほどの高熱で寝込んでしまったが、あの場はロフィンがでてくれなければ騎士団は全滅だったかもしれない。


 クーヴィ様もその時の死闘で利き手の右を切り落とされた。だからこれが機会、と寝込んでいるロフィンのもとを訪ねた。ロフィンは開口一番「大丈夫ですか?」と訊いた。


 いや、大丈夫じゃないのはお前だろ、とつい突っ込んでしまった覚えがある。そうクーヴィ様は笑っていた。重荷を背負わせるのを覚悟でロフィンに軍団長を継げ、と言った。もちろんロフィンがいやだ、と言えば無理強いはしないつもりでいた。なのに……。


「謹んでお受けいたします」


 ロフィンの回答はじつにあっさりしたものだった。むしろ熱で朦朧としていたから短く済ませたのかもしれない。結論してクーヴィ様は自らの除団手続き「だけ」は行った。


 熱がひいて正気に戻ったロフィンが「やはり私には荷が重い」と言ってきた時の為に次の軍団長を誰に押しつ、もとい任せてやるか考えて数日入院してのち騎士団に顔をだしたらそこですでに「軍団長」として働くロフィンの姿があって腰が抜けるかと思った。


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