017:怒りよりも疲労の方が目立つ


「だ、誰――ッ!?」


 満桜まおは頭の中にまで響く声に遮られ、即座に距離を取った。

 三由季みゆき榎本えのもとの声ではない。機械的で、抑揚の無い音声のような声質だ。

 声の出どころが掴めなく、レイティナの索敵範囲には何も反応を示さない。その謎の現象に、ただ警戒するしかできなかった。


「おっと、すまない。少し興味を持ってしまったよ」


 物影の奥から姿が現れる。

 見えたのは、分厚いフードを深く被っている機械だった。

 ただレイティナのような人間とは全くの別物で、あらゆる部品を無造作に組み上げて、無理矢理、人の形に仕立てられたものだった。


「ふふ、急な登場で驚いたようだ。私は……そうだなぁ、"探究者"とでも言われている。どうかな? 試作品の効果は?」


 そして自己紹介の中で、彼がこの騒動を起こした犯人だと自白する。


「効果って言われても、どんなものなのかすら知らん。何がしたい?」

「説明不足でしたね。あそこで止まっている彼女は、世界の支配下から逃れるために作ったアイテムを投与したのですよ。しかし、当の本人の秘めた闘争心が刺激して、暴走を起こしたようですね」


「支配? 逃れる? 一体何を言っているんだ?」

「さあ? 私の仮定なので詳しくは語れませんね」


 機械の人は流暢に経緯を話した。

 支配下から逃れるため という言葉は、全く意味が分からない。相手に合わせる意思はないようだ。


 満桜はじりじりと後退りをして、時間稼ぎに徹する。榎本の援護が来るまでに、少しでもいいから犯人の情報を探ろうと、慎重に会話を続けた。


「それで、お前は何をしたいんだ? 悪戯に暴れるのが目的なのか?」

「――解放と救済」


 機械の彼は事件を起こした目的について、自信を持って告白した。

 そして、それが自分自身の願いであるかのように、独白し続けていく。


「世界は病に臥せている。徐々に蝕み衰弱し、やがて全てを支配するだろう。貴女も知っていますよね? 維持できなくなった世界の末路を」

「……世界そのものが止まったかのような光景だった」


 彼が言う世界の末路は、満桜も一度体験していた。


 風が吹き込まなくなり、草木のひとつ、水すら動かない。鳥や猫などの小動物も置物になっていた。

 まるで全てが停止した瞬間……全ての時間が動かなくなった世界だった。


 そこで暮らしていた人間は、魂が抜けたように眠っていた。

 息をしなく、かと言って心臓は動いている状態。

 永眠とは言えない、謎の死を迎えてしまうのだ。


「だからこそ、私は探しているのです。人が生きていける方法を、世界を保たれる法則を」

「……それならアーカイブと協力すればいい。目的も一緒なはずだ」

「彼らのやり方は生温い。私のしょうに合わない方法なのでね。独自の手段で考えています」

「それが人を犠牲にしたやり方……でもか?」

「ええ! まだ試行錯誤の範疇ですけどね! いつか絶対解放してみせますよ!」


 機械の人が、くつくつと笑いながら語りかけてくる。

 彼の言葉に、満桜はさまざまな負の感情が湧き上がるようで、息が詰まってしまった。


「富士原! どこだ!?」

「――セット! 砲撃キャノン!」


 そこで榎本の声が聞こえ始め、気持ちの意識を切り替えることができた。


 とにかく初動で足止めして、位置を報告しなければ……! 考えるのはあとからでいい!


 しかし、今まで動かなかった使徒が、機械の人を守るように立ちはだかり、満桜の攻撃は簡単に無効化される。


「どうやらここまでのようですね。最下層で会いましょう。ではでは――」

「――ちょっと待て! 一発だけ殴らせろ! 腹の虫が治まらない!」

「華麗なお嬢様と思いきや、結構物騒ですね。ああ、こわいこわい……。あっ、そこの曲がり角にお連れ様が眠っていますので。結構な怪我ですよ」


 そう言いながら、機械の人は使徒を連れて消え去っていった。


「うぐぐ……!」


 機械の人が三由季の居場所を言っていたので、変にうちかますと、人質に取られるのかもしれなかった。

 そのことを理解していた満桜は、追いかけたい気持ちを抑えて、すぐに三由季の安否を確認しに行く。


 ……あの機械の人――、語り部クソ人形は、大袈裟な立ち振る舞いばかりしていて、癇に障る。

 あれは操作している、人形そのものの動きだ。出来るならば、壊して居所を掴んでおきたかった。


「三由季、どこだ! 死んでもいいから返事ぐらいしろ!」

「満桜ちゃ~ん……。ここだよー。足折れちゃって動けないのー」


 機械の人の言う通り、三由季はすぐに見つかった。


 ただ無理な着地をしたのか、足が不自然な角度に折れていた。さらに骨が皮膚を突き破り、白い破片が血に濡れて光っている。体の内側から外側にさらされた痛ましい姿だ。


「すごい怪我だな……。ポーション出すから耐えてくれ」

「ありがとね。アドレナリン? で痛くないけど見るの怖い」

「絶対見ない方がいい。卒倒するに違いない。……骨折直しとポーション、あと痛み止め使用っと」

「はーい」


 大怪我しているのに対し、のんびりとした返事をする三由季。

 その様子に、満桜は不安になりつつも、回復アイテムを取り出した。

 肉体がジュウッという音を鳴らして、元の形へと戻っていく。


「あぁ~、じんわりと沁みるぅー……。ついでにお姫様抱っこしてくれー」

「普通に担架で運ぶべきでしょ。榎本さんが来るまで待ってくれよ」

「ぶぅー」


 やっと戦いが終わったと分かり、二人は気楽になった。


 三由季が建築した狙撃塔は壮大に壊れたので、それが落下石のように降り掛かり、無残な光景へと化していた。

 さらに使徒相手に大暴れたせいで、周辺の建物類はすべてが焦土化。被害総額など考えたくなかった。


「はぁ……」


 しかし戦いは終わったと言うのに、満桜の気分は清々しくならなかった。むしろ、逆に落ち込んでいた。


 どこか詰まったような感覚が取れなく、心の中のもやが雲のように広がり、もどかしさが溢れているようだ。


「どうしたの?」

「いや、あの語り部クソ人形の自己満足に付き合わされちゃってな……」

「クソ人形……?」


 私が落ち込んでいる理由は、自分でも分かっている。

 クソ人形の発言を認めるのは、不快に思う。その考えを拭いたかったが、どうしても心に残ってしまう。

 ……ただ、それよりも優先したいことがあった。


「……疲れた。お風呂入って寝たい」


 満桜はふらふらしながら、三由季の傍へと座った。


 ほぼ1日ぶっ通しで迷宮に潜り、大型武装で駆け巡って、大群に大打撃を与えての防衛戦。

 さらに格上との相手で、死と生を行ったり来たりを繰り返してかなり堪えていた。

 一度自覚してしまえば持ち直すのは難しく、もう働きたくない気持ちが優ってしまった。


 そして満桜は、


「三由季、あとよろしく」


 っと、言葉を残して倒れた。


「えっ? 私じゃあ、事情聴取できませんけどー? ちょっとレイティナ、ヘルプ頼んでいい?」

「それぐらいはいいが、満桜は大丈夫なのか? 固い地べたに倒れ込んだのだが……」

「たまーに起きる現象だから平気だよ。これで悪いことは起きなかったから安心して?」


 事後処理は三由季とレイティナがやってくれるらしく、満桜は心置きなく眠れるようになった。

 満桜が寝ている合間に、悪戯される確率はあったが、今の状況だと早々に起きないだろう。


 というより、満桜は疲れから解放したく、もうどうでもよかったのだった。

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