ヤドリギの花は咲かない

かぬりす

本編

ヤドリギの花は咲かない

 2024年11月-日、朝。




 世界がこうなったのはいつからだったけ。

 確か1ヶ月前だったかな、もう今が何日かなんて覚えてないけど。

 と、優斗ゆうとは窓の外を見ながら思った。窓外では緑色の物体が蠢いている。


 それにしても今日は少し肌寒い。


 確か今は11月くらいのはずだから当然か。


 そういえば、と優斗は思った。

 11月16日は自分の誕生日だ。だが、この世界では祝ってくれる人なんて存在していない。

 なにしろ1ヶ月以上、生きた人間に会っていないのだ。


 雑居ビルの薄暗い室内で雨霧あまぎり優斗は古びた防寒着を来た。


 暖かい。


 1ヶ月ほど前にこのビルに住み着き、板材などを使い部屋を改造していたため最初と比べ格段に隙間風も減り、保温性も上がったが、まだ寒い。

 まぁ、ひび割れだらけの古い雑居ビルだから当然のことだが。


 欠伸を1つ。


 そろそろ朝食でも食べるか。


 食料を備蓄してある棚を開けた。

 あっ、と思わず声を上げる。

 食料の残りが食べかけの乾パンの缶1つ。昨日の時点で少なくなっていたからもう量はそこまで入っていないだろう。

 食料調達しないとなぁ、と優斗は思いながら缶を取り出して中身をぼりぼりと食べ始めた。



       ◇        ◇        ◇        ◇




 去年の11月、中国で人間が怪物になった、と騒ぎになった。

 その「怪物」の画像は瞬く間にインターネットで拡散された。


 その「怪物」の画像は体に枝が巻き付き、体の至る所から葉が生え、皮膚は緑色に変色していた。さらに歯や指先には小さな丸い実のような物が無数に付いていたグロテスクなものだった。


 その怪物はネット上で「weed man(ウィードマン)」と言われるようになった。直訳すれば「雑草男」だ。

 間も無くして中国の研究機関からウィードマンを捕獲した、という発表が出された。


 それから3週間後、その研究機関から、’ウィードマンはヤドリギの突然変異した個体が人間に寄生したものだ。ウィードマンになった人間は理性を失い人を攻撃する。脳に何らかの異常が発生すると思われる。ウィードマンに爪や歯で攻撃されると血管に種が侵入し、攻撃された人物は潜伏期間を経て新たなウィードマンになる’と発表があった。


 発表されるとネット上は「そのヤドリギが生まれたのは中国に責任がある」と中国をバッシングする声に包まれた。核実験が原因なのでは、との声も。

 さらに普通のヤドリギを燃やす動画も大量発生した。



 その発表から3日後にはその研究機関関係者全員がウィードマンになり、民間人にもウィードマンが出たと中国からの発表があった。


 すると次は「早くウィードマンを根絶やしにしろ」という声がネットに溢れかえった。

 次の日にはウィードマンを全員射殺した、という中国政府からの発表があった。


 しかし、翌日には潜伏期間中だったウィードマンが発生した。そのためいくらウィードマンを殺した所で潜伏期間中の人間がいる以上イタチごっこになってしまうことが分かったのである。


 ウィードマンに襲われたことを隠す人も多かった。ウィードマンは殺害対象になってしまったため隠すのは当然とも言えた。

 さらに潜伏期間中の人間を見分ける方法は見つけられていなかった。


 そうしてウィードマンの増殖に歯止めがかからなくなる中、ウィードマン発生から丁度2ヶ月後である今年1月、ついにアメリカにウィードマンが上陸した。


 アメリカもウィードマンによる侵食が始まったのである。

 


 そのままウィードマンの対策が確立されず、半年が経った。この半年の中国はウィードマンによって滅亡した。


 世界有数の大国である中国がウィードマンによって滅亡したため、世界はパニックに陥った。


 一方で日本はウィードマンの研究発表から1週間も経たぬ内に空港、港を閉鎖していた。


 しかし、発生から7ヶ月経った今年6月、ついに日本にもウィードマンが出現した。



 だが、それでも日本はよく生き延びた方だったのだ。


 

 なにしろ7月になるまでには日本以外の主要7ヵ国はほぼ壊滅状態、それ以外の国も国民の半分以上がウィードマンに覆い尽くされているという有様だった。


 そのため食品を輸入に頼り切っていた日本は深刻な食糧不足に悩ませられることになった。


 その後、ただでさえ少ない食料品、生活用品の買い占めが起き、日本国内も大混乱に陥ることとなる。


 8月中旬には食料品や生活用品を買い占め、家に籠城している者、政府関係者以外は殆ど死亡、若しくはウィードマンへと成り果ててしまった。


 8月下旬にはついに籠城している者や政府関係者もいなくなり日本政府の機能も停止した。


 

 そんな中籠城もせずただただウィードマンから逃げ回っていた優斗は逃げ回りながら運良く生き延びることができた。



       ◇        ◇        ◇        ◇




 優斗は缶の底に手が当たったのに気がついた。缶を覗き込むが乾パンはもう1枚も無かった。

「5枚だけだったのか…」と呟く。

 勿論、周りにこの言葉を聞いてくれる人間など誰もいない。


 ため息をひとつ。乾パンの缶を床に放り投げた。カンッと甲高い音が鳴り缶が床に転がる。

 ここから100m程のところにある「ミサト」というホームセンターはもう殆ど漁り尽くした。

 そのためこれからの食料等の調達はここから北に1km程離れた「オオモリ」というホームセンターに行く必要がある。


 壁に掛かっているリュックを背負い、棚に仕舞ってあるコンパスと、空き家からくすねてきたショットガンを取り出した。


 弾もあるにはあるが数が少ない。ついでに弾も調達しないとな、と思い残っている弾を全てリュックの中に入れた。




 ウィードマンが日本に上陸した時、自衛の手段として銃や銃弾が大量に生産され、販売された。勿論違法なため警察も初めは取り締まっていたが、2週間も経たぬうちに取り締まるのを辞めた。手に負えなくなったのだろう。


 一部の過激派は徒党を組み、“草毟り”と称したウィードマン狩りを始めた。

 彼らは“除草隊”と呼ばれ、賛同の声や反対の声が上がっていた。


 だが、“除草隊”はウィードマンの他、の殺害まで始めた。


 その事態には警察も動き、警察と“除草隊”による抗争が起きたという噂もあった。




 できればウィードマン達の動きが鈍る夜や曇り、雨の時に行きたかったが、食料と弾が枯渇しそうな今、行動した方が待つことよりリスクが少ないと判断したのだ。


 ショットガンを構えながらビルを出る。

 外に出るとまだ早朝だからか、思いの外ウィードマンの動きは鈍かった。


 ウィードマンがなるべくいない道を選んだものの、0というわけではなく。襲ってくる個体もいた。

 そんなウィードマンはある程度距離を取ってから、心臓部に弾を二発ぶち込み、射殺した。



 ウィードマンは頭部と胸部に枝が多く巻き付いているため撃ち殺すにはショットガンでも1匹につき弾がニ発必要となる。1発目が枝を壊す用、もう1発が急所を撃ち抜く用だ。


 優斗のショットガンは弾を2発しか装填できないため、1匹を殺すごとにリロードが必要になる。そのため撃ち所を間違えれば一気に窮地に追い込まれる。



 緑色の体が赤く染め上げられる様は、少し綺麗にも思えた。

 そう思う自分の感性もだいぶイカれちまったな、と1人寂しく笑う。




 そんな中30分ほど進み続け、ようやく目的のホームセンター「オオモリ」に着いた。


 窓を壊して中に入る。


 中に入ると優斗は真っ先に食料品のコーナーに行った。


 随分少なくなっている。まず深刻な食料不足に陥っていた以上、ある方がラッキーなのだ。そこから缶詰やレトルト品など保存がきく食料を手当たり次第リュックに詰め込んだ。



 家具売り場の2階への階段は何故か板で封鎖されていた。普通の店ならこんなことをするだろうか、と怪訝に思いながら優斗はその板を念の為、と常備していた金槌で叩き割った。


 パンっ、と乾いた音がして板が弾け飛んだ。カランカラン、と地面に落ちた板が乾いた音を奏でる。静かな室内に音が響き渡った。


 2階に行くと店では有り得ないような家具の配置になっていた。まるで誰かがここで暮らしていたような配置だ。


 恐らくここで籠城してたやつがいたんだな、と思った。だが、それも3ヶ月以上前のことだろう。

 そう思いながら進んでいると机の上に電池式の電子カレンダーと紙が置いてあった。


“大崎、花田、山口へ

 これを読んでるってことはお前らも生きているんだろ?

「襲われたら散り散りになって逃げる」ってルールとはいえ見捨てて本当に申し訳なかった。

 俺たちはここを出て西に5km程離れた「関口高等学校」の体育館に拠点を移す。


 この机の引き出しには大量の銃弾を入れて置いた。それを使ってくれ。


 これを読んだならこっちに来てくれ。

 お前達が帰ってくるのを心から祈っている。


 10月26日

 池畑、佐藤、河津より”



 読み終わると優斗は弾かれたように電子カレンダーを見た。そこには「11月15日」と表示されていた。




「今から20日前、ここには人がいた…」と呟く。




 信じられなかった。今までこの日本にはもう自分しか残っていないと思っていたのだ。


 会いたい。

 今すぐに会いたい。


 何でもいい。

 生きている人間と話がしたい。




 日本が滅亡してから今日まで、ずっと、ずっと願ってきた。その願いが今叶おうとしている。



 でも、と思い直す。今すぐ行くのは流石にリスクが高すぎる。ビル内に置いてきたものもたくさんある。一度帰って準備が必要だ。


 優斗は机の引き出しを開けてみた。書いてある通り大量の銃弾が入っていた。つまり、大崎と花田と山口という人物はここに着いていない事になる。



 優斗は少し逡巡してから自分のショットガン用の弾のみを全てリュックに詰め込んだ。


 3ヶ月も帰ってこれていないんだ。手紙の主には悪いが、もう死んでいるだろう。

 死人に弾を残してもしょうがないじゃないか。




 そうやって無理矢理自分を納得させ、メモ用紙に”関口高等学校、ホームセンター「オオモリ」から西に5km”と書き記した。



 ウィードマンが現れる前までは暗記が得意だったが、最近は忘れっぽくなっている。精神的にストレスが溜まっているからだろう。



 ホームセンターを出た。



 1時間ほどかけ拠点のビルに戻って来れた。

 行きよりも時間がかかった理由はホームセンターを出た頃はは12時頃だったから。


 昼頃はウィードマンの動きが特に活発になるため、途中途中のビル内で休憩しながら帰っていたのだ。



 カセットコンロに水を入れた鍋を乗せた。そして捻る。カチッと音がして青い炎が鍋に触れる。ガスボンベはまだ5本あるから安心できる。


 リュックを下ろす。その瞬間、首に鋭い痛みが走った。

 おそらく長いこと重い荷物を背負っていたため肩が張っていたのだろう。


 沸騰してきたためレトルトのカレーを鍋に入れる。そしてタイマーをスタートした。


 出来上がるまで荷物の整理をするか。


 これから長距離を移動する以上、所持品をリュック一個程度ににまとめる必要がある。


 洋服や食料、弾などを詰め終わった丁度に、タイマーがカレーの出来上がりを告げた。



 封を開け中身を皿に出した。米がないせいでカレーライスではなくただのカレーになっているが。

 「いただきます」と呟きながらスプーンでカレーを食べ始める。


 具材がないうえ、ルーも不味かったが贅沢を言える余裕はない。これ以外に碌に食糧がないのだ。


 食べ終わると溢れ返ったゴミ箱に袋を放り投げた。が、ゴミ箱の角に辺り袋が地面に落ちる。

 拾うのも億劫だしそのままでいいか。

 どうせ今夜にはこの拠点とおさらばだ。


 ベッドの上に飛び乗った。

 埃が舞う。

 洗ってないから当然だ。



 今までより遥かに重い荷物を持つ以上、大量のウィードマンに襲われては敵わない。だからウィードマン達の動きが鈍る夜に発つ事にしたのだ。


 夜に出るなら今のうちに睡眠を取る必要がある。


 ゆっくりと瞼を落とした。







 2024年11月15日、夜。




 目を開けると窓から満月が覗いていた。月光を頼りに壁にかかっている時計を見る。

 8時を指していた。

 体を起こす。

 月明かりが宙を舞う埃を照らしているのが、綺麗だと思う一瞬。


 リュックを背負いショットガンを手にビルを出た。

 電灯の無い街は驚くほど暗く、月明かりだけが静かに道路を照らしていた。


 そして満天の星が広がっていた。

 世界がこうなってしまっていても、空は変わらずにこの世界を包み続けている。



 思惑通り、ウィードマン達は殆ど動いていなかった。のっそりと動いている物も多少はいるがそれらを捌くのは造作もない。


 コンパスを頼りに歩く。


 30分ほど歩き「オオモリ」に着いた。


 確か東に3kmだったな、と思いメモを取り出す。

 しかし、そこには”関口高等学校、ホームセンター「オオモリ」から西に5km”と書かれている。


 自分の頭を疑った。


 前まではこのくらいのことを忘れることは無かったのに。

 自分が思っている以上に精神的ストレスは大きいのだろうか。


 まぁ歩くしか無い。

 この記憶力が精神的ストレスなら人に会えれば幾らかストレスも緩和されるだろう。そうすれば記憶力も取り戻せるはずだ。

 きっと。




 「オオモリ」に着いた。リュックの紐が肩に食い込んで痛い。



 一旦休むか。



「オオモリ」の中に入り、2階に上がった。


 2階のテーブルの上にリュックを置き、首を回した。すると、首に鋭い痛みが走り顔を顰めることになった。リュックが重かったため肩も凝っている。


 優斗はリュックから懐中電灯を取り出し部屋を照らした。そのまま手紙と電子カレンダーが置いてある机の引き出しを開けた。まだ銃弾は大量に入っている。




 30分ほどソファに座ったりベッドでごろごろしたりしていた。

 誰もいない室内では無性に不安が増長される。

 休憩はもう十分だな。


 リュックを背負い「オオモリ」を出た。


 歩き続けた。


 高かった月も段々と降り始めていた頃、大きな建物が見えた。

 目を凝らすと建物には「東京都立 関口高等学校」と書いてあるのが見えた。


 ようやく着いた。


 校門をよじ登り敷地内に入る。


 前まではこんな事をしたら不法侵入で捕まっていたなぁと優斗は思った。

 だが今の日本には不法侵入なんて物は存在しない。


 体育館に入ろうとしたが鍵が掛かっていて開かない。優斗は鉄製の扉をガンガンと叩き、「すみませーん!『オオモリ』にあった置き手紙を見て来た物なんですけどもー!」と叫んだが反応がない。優斗は同じ事を3回繰り返したが反応は無かった。


 優斗は逡巡した後、鍵をショットガンで壊す事にした。中にいる人には間違いなく警戒されるがきちんと説明すれば許してもらえるはずだ。


 優斗は扉から少し離れ、鍵に向けてショットガンを発砲した。一発では壊れなかったため何回か発砲する。発砲音と金属が高速でぶつかる音の合わさった轟音が人気の無い街に何度も響いた。


 すると鍵が壊れて扉が開いた。


「すみません!手荒な真似して!でもどうか許してください!僕も人に会うために必死だったので!」


 しかし、中には誰もおらず、代わりに体育館の真ん中にポツンと机や寝袋などが置かれていた。


 机の上にはまたもや電子カレンダーと紙が置いてあった。

 懐中電灯を取り出し紙を照らす。


 懐中電灯特有の眩しさで字が白く照らされ読みにくい。


“大崎、花田、山口へ

 きっといまお前達はここに俺達がいないことを不思議に思っていることだろう。

 まず、謝っておく。俺たちは拠点を移した。次はここから北西に7km程離れた東京都庁を拠点にする。


 あと、佐藤がウィードマンに殺された。いや、殺したのは俺だ。あいつは俺を庇い、ウィードマンに引っ掻かれた。俺が不注意だったばっかりに。

 その後あいつはどうしたと思う?


 あいつは「じゃあな、頑張れよ」って言って銃を取り出し自らの頭を躊躇いもなく撃ち抜いたんだよ。あいつは俺らがたとえ仲間がウィードマンになっても殺すことができないと思って自決したんだ。最期まで俺らの事を第一に考えてくれていた。

 あの時俺がもっと周りを気にしていれば佐藤は死ななかったかもしれない。俺が殺したようなものだ。本当に申し訳ない事をしてしまった。


 長くなってしまってすまない。取り敢えず俺らは都庁に居る。

 この手紙を読んだなら来て欲しい。お前らが無事な事を祈っている。


 11月7日

 池畑、河津”


 大きくため息を吐いた。

 返事が無かった時から薄々勘付いてはいたが、こう現実に起こると疲れがどっと押し寄せてくる。


 都庁に出発するのは明日にするか。


 リュックから寝袋を取り出した。その中に入り瞼を落とす。







 2024年11月16日、朝。




 小鳥の囀りが耳に入り、

 瞼を開ける。見覚えのない天井が見えた。

 ここはどこだっけ。


 周りを見渡す。家の何倍も大きい広い空間だ。天井もものすごく高い。

 ああ体育館か。

 やっと思い出した。


 それと同時に昨日の出来事も断片的に蘇った。


 リュックからみかんとパイナップルの缶詰を取り出し、寝袋をリュックに詰め込んだ。

 床に座り缶詰を開けた。甘い香りが広がる。

 昨日の昼頃に食べたレトルトのシチューより格段に美味しい。


 その時、微かな違和感がよぎる。


 本当に昨日食べたのはシチューだっただろうか。

 ……だがそんなことを気にしていても意味がない。


 考えるのをやめた。


 周りを見ると机の上に電子カレンダーと紙が置かれているのに気がついた。

 なんだろうと思い、優斗は立ち上がり紙を覗き込んだ。


“大崎、花田、山口へ

 きっといまお前達はここに俺達がいないことを不思議に思っていることだろう。

 まず、謝っておく。俺たちは拠点を移した。次はここから北西に7km程離れた東京都庁を拠点にする。


 あと、佐藤がウィードマンに殺された。いや、殺したのは俺だ。あいつは俺を庇い、ウィードマンに引っ掻かれた。俺が不注意だったばっかりに。

 その後あいつはどうしたと思う?

 あいつは「じゃあな、頑張れよ」って言って銃を取り出し自らの頭を躊躇いもなく撃ち抜いたんだよ。あいつは俺らがたとえ仲間がウィードマンになっても殺すことができないと思って自決したんだ。最期まで俺らの事を第一に考えてくれていた。

 あの時俺がもっと周りを気にしていれば佐藤は死ななかったかもしれない。俺が殺したようなものだ。本当に申し訳ない事をしてしまった。


 長くなってしまってすまない。取り敢えず俺らは都庁に居る。

 この手紙を読んだなら来て欲しい。お前らが無事な事を祈っている。


 11月7日

 池畑、河津”


 と書かれている。

 佐藤っていうのは凄いやつだな。

 身を挺して友人を守ったのだ。


 その結果、自分がウィードマンになることも厭わずに。

 自分だったら真似できない。


 その時、不意に強烈な既視感を感じた。だが、その正体が何なのか分からなかった。



 取り敢えず都庁に行ってみるかと思いリュックを背負う。そして体育館を出発した。


 北西に向かって歩く。

 道中には物凄い数のウィードマンがおり捌くのに苦労した。都心部だから当然といえば当然だが。


 長い道のりに挫けそうにもなった。でもここを乗り越えれば人に会えると思うと力が湧いてきた。


 都庁に着いた頃には日が暮れかけていた。


 都庁に入るとでかでかとスプレーで赤い矢印が書いてあった。


 取り敢えずその矢印に従って進んだ。


 そうすると「会議室」と書かれた扉の前に着いた。優斗は扉を開けた。その先に広がる光景に、絶句した。


 そこには人が生活できるよう家具が設置され、部屋の中心には2人が倒れていた。

 1人は首から小さな芽のようなものが突き出ていた。恐らくウィードマンになりかけていたのだろう。

 もう1人はこめかみに生々しい銃創があった。その男の右手には銃が握られている。恐らく自殺だろう。そして左手には紙が握られていた。そこには蚯蚓が這った後のような、震えた文字が書かれていた。

“池畑がウィードマンになった。書

 池畑が今の内に殺してくれと言って来た。

 俺は池畑を殺した。

 俺は池畑の心臓を銃で撃った。

 もうこんな世界で俺は生きていけない。

 俺は今からあいつらのもとに行く。

 さよなら。

 11月13日”


 うぅぅぅと言う唸り声が聞こえた。それが自分の喉から発せられたものだと気付くのに数秒かかった。

 その直後、猛烈な眩暈と吐き気が襲って来た。

 床に崩れ落ちる。


 胃の中全てを会議室だった部屋の床にぶちまけた。


 焦点の定まらない眼で己の吐いた吐瀉物を見つめていた。


 僕は何の為にここまで来たんだ?

 何の為に危険を犯して歩いて来た?

 人に会う為?


 人なんかいないじゃないか。


 何の為に?

 何のために?

 なんのために?

 なんで?

 どうして?


 首に激痛が走った。

 恐る恐る首に手を触れた。


 何かが首から生えている感触があった。柔らかい新芽のような感触だ。


 恐る恐るそれを千切った。何かの間違いだ、という文字が頭の中を駆け回る。

 ぷつりという音がした。

 指が震えている。いや指だけではない、体全体が震えているのだ。

 震える手を目の前に持って来た。


 自分の指は植物の芽のようなものを摘んでいた。


 歯ががちがちと鳴り出した。


 体の震えがまた一段と強くなった。

 震えが止まらない。


 すると優斗のもとに机の上から数枚の紙が舞い落ちて来た。マーカーで線がたびたび引かれている。

 線が引いてあるところを読んだ。


“新種のヤドリギ ジンソウヤドリギ(人操宿木)の簡易研究資料


 2024年 2月11日 中国にて発見


 繁殖する為に人体に寄生する。


 死体ではなく生きた人間に寄生する。



〈人体寄生までの流れ〉

 1.血管内にジンソウヤドリギの種子が混入する

 2.椎骨動脈に種子が流れ着く

 3.椎骨動脈に根を張りその際、ミスルトキシンを分泌する。

 4.ミスルトキシンにより脳の記憶を司る部位を徐々に破壊する

 5.ミスルトキシンにより脳の思考を司る部位を徐々に作り変える

 6.首から発芽する

 7.寄生完了


 4〜6の順番は前後する場合がある。


 1〜7までの期間には個体差があり1日〜3週間程度だ。


 治療方法は確立されていない。


 ジンソウヤドリギは光合成のエネルギー効率が非常によく、光合成がエネルギー源となっている。そのため日がない時は動きが鈍くなり、活動が停止する。


 死体接触でも感染の可能性があるため注意する事”


 また吐き気が襲って来た。

 が、何も出ない。

 泣きたいのに涙も出ない。


 しばらくの間、自分の嗚咽を聞いていた。


 その嗚咽も止んだ頃、頭がやっと回り始めた。





 雑草になるくらいなら死んでやる。






 自分の死に様くらいは自分で決めてやる。




 優斗はショットガンを手繰り寄せ口に咥えた。



 引き金を引けば終わるんだ。楽になれる。




 瞼を落とし、今までの人生を振り返ろうとした。




 何も思い出せない。


 今日の朝に食べたものすらも。




 優斗は苦し紛れに目を開け電子カレンダーを見た。




 11月16日と表示されているのが目に入った。何かの日だった気がするが思い出せない。



 頭までイカれちまっている。





 僕の名前はなんだっけ?



 大崎だったっけ。

 池畑?佐藤?



 違う。




 優斗だ。僕は雨霧優斗だ。



 名前まで忘れかけている。



 きっとその内、自分が銃を咥えている理由も分からなくなる。

 そうしたら最後、僕が僕じゃなくなる。


 まだ人間である内に。




 まだ僕が雨霧優斗であるうちに。


 まだ僕が僕であるうちに。



 優斗は意を決し、震える指先に力を込めた。







 ズドンと鈍い音がした。








 視界に白い閃光が迸り、消えた。

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