第3話 その世界を捨て去って

『ふふ…とてつもない執念を感じます』

「あなたがカミサマ…ですか?」

『さぁ、どうでしょう。私にもよくわかりません』


虚空に向かって話しかけている。それには変わりないはずなのに。

確かにそこにいるという絶対的な確証が私のおそれを掻き立てた。


『さて、改めて用件をお聞かせ願いましょうか』

「はい、豊裏幸人という人間の男を蘇生していただき、もう一度長い時を彼と過ごしたいのです。」


それは返答に少し間を空けた。


『して、その理由は?』

「愛しているからです」


私に迷いはない。


『ふむ…そうですか』


空気を伝って、意思が伝わっていくような不思議な感覚。

これは私の意思なんだろうか。


『迷いがない。それが残念でなりません』

「どうしてです。それほどまでに彼を愛しているからー」

『永遠は私達にだってありません。これは私達、世界を管理する者達の総意です』


『世界は際限があるから、ルールを重んじる。そして、際限があるから愛を重んじることが出来る。アナタの望みはその事実から目を背けているだけという所感です』


「関係ない、たとえそれが真実だとしても。私は直接見て、感じて答えを出す。先ほどからいささか、神の領分を逸脱しているような言動が目立ちませんか?」


『確かに、少々無駄話が過ぎましたね』


そうして空気が変わる。

重々しく、まさに命を握られているような。そんな感覚。


『アナタが導いた人間の数、三千と二百六十二。寄り添った年月、占めて11万と九百八年と4カ月。まさに、常軌を逸した数でしょう。確かにこれならば、世界の枠を捉えても不思議ではありませんね』


「世界の枠…?」


『アナタが過去に要求した報酬…

『よいこの仮面でもかぶっていたのでしょうか?非常に勤勉で真面目とも思えますが、狂っているように見えますね。少なくとも私の設計からは逸脱している』


「他人が欲しがるものは大抵側にあって、さらにはそれが欲しいとも思えなかった。それだけの事です。第一、働けば望む物が確実に手に入るような設計の方に疑問を覚えますが」


自己否定ばかり積み重ねたそんな日々も今日報われる。

本当に欲しい物をまた取り戻しに行けるのだから。


『十分、いやそれに余りある。本来なら簡単な事』

「では、早く…」


『ですがルールが違います』


「どういう…ことです」

『だって、他世界の存在ですもの。私の管轄ではないので』

「なっ…!交渉でもなんでもして頂ければいいでしょう!?私は仮にも敬虔な妖精として長らく…!」


『だから。折衷案をあげましょう』


目の前のそれは微笑んでいる。そんな気がした。

それも、少し不敵な笑みだ。


『その男が生きていた世界の軸にアナタを送り込んであげましょう!それも、あなたの望む時、望む場所に!さらには望む姿、望む環境まで自由に!』

『そうすれば、彼とアナタは人間として。愛し合う事が可能ですよ』


「本当に…?」

『ただ、妖精としてはもう生きていけなくなる。導かれ、救われることもない』

『当然、全てを捨て去るのですからそれなりのリスクは確実に存在します』


『それでも、アナタはアナタの愛を選びますか?』


揺らがない。揺らぐことはない。


だって、私は彼を知っているから。

彼のタイプも、好きな食べ物も、好きな曲も。

好きな女優も、彼の住所も、家族構成も。

彼の友達も、彼の声も、彼から見た私だって。


全部、全部。


「当然です。私は彼との再会を取ります」

『ふふっ、そうですかそうですか』


突如、空間が崩れ始める。

セカイの綻びからは光が漏れる。見たこともないくらいまばゆい光。


『望みは強く、そして具体的に持っておいてくださいね。それなりに時間はありますので焦らず慎重にお願いしますね』

「わ、わかりました」


『それでは、イル・クライシスさん。ご武運を』

「えぇ…」


光に誘われるように歩き出す。

体からは重みが抜け、どこまでも飛び立っていけそうな全能感が満ちる。


『あぁ、そうそう。最後にひとつだけ』

カミサマは私に語り掛ける。


『この世界に感情を持っていないなんて物はただの一つとして無かったんです。文字通りただの一つも』


え…?

身は光へ包まれた。少しばかりの動揺だけ残して。


空間に差し込んだ光を飲み込むように暗闇は立ち込める。

そして、また作り上げられていくカンペキなセカイ。

一人深く沈む底。そんなセカイ。


前に来た子はまだ可愛げがあったけれど、今度のは駄目だったな。


あーせいせいした!

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