COOによる異性界の復興と興隆 シゴデキが現代知識とノウハウで英雄になりました
藤谷マトン
プロローグ
魔法都市ルーモンドに大雨が降りはじめて一週間が経過した。
世界で唯一魔法を使える都市といえど、自然の猛威には対抗できず、民衆は自宅や避難所に閉じこもることを余儀なくされている。
雨季に大雨がやってくることは珍しくないが、これだけ長期間にわたって黒雨が滞在することは歴史上でも数えるほどしかない。
そして、その歴史を紐解けばルーモンドは例外なく甚大な水害を被ってきていた。
「洪水対策……過去に何かないか」
ルーモンドの領主アドルフは、自領の歴史書や歴代の領主の伝記を机に広げていた。
豪雨の結果、近隣のグロンマ川で巻き起こった洪水への対抗策を見つけ出すためだった。
平時はその雄大さで全てを包み込むかのような穏やかな川は、土砂降りによって表情を変え、今はあらゆるものを飲み込む獰猛な大蛇の様相を呈している。
堤防はすでに破壊され、まもなく高波がルーモンドの街を襲おうという状況だ。街から離れた領主館には実被害は及んでいないが、内政長官からは館を含めてルーモンド領内の外出禁止が言い渡されている。
「くそっ! 何もないのか!」
苛立ったアドルフは机上の書物を手で払いのけた。
これまでの歴史を見れば、洪水は起きたら最後、過ぎ去るのを待つしかなかったようだ。被害の規模や建て直しにかかった年月しか記載がない。
雨音がガラス窓を叩きつける音が響く。
こうして手をこまねいている間に、ルーモンドの領民は一人また一人と悲劇の波にさらわれてしまうかもしれない。
領主という肩書が弱冠十五歳のアドルフに立ち止まることを許さなかった。アドルフは何かに責め立てられるかのように闇雲に対抗手段を探した。
手に取ったのは机上に残っていた災害の専門書だった。
だが、期待した内容はなかった。書かれているのは地震や津波などの天災の発生メカニズムであり、危機に見舞われている最中に何をすべきかは記載されていなかった。
「これが何の役に立つんだ…。こうなっては、魔法だって意味がない」
世界には魔法都市ルーモンドに幻想を抱く者も多いが、実際のところ魔法にできることはたった四つしかない。
火を起こす、水を生む、風を吹かせる、身体を強める。
魔法にしかできないことは一つもなく、また、魔法だからといって強力な効果は得られない。
今、アドルフが欲しているのは無限に水を吸い込むことであり、流された領民を空から救い出すことだった。
「もうどうしようもない。何にもできることなんてない」
本を投げ捨て、アドルフは頭を抱えた。
限界だった。
大雨が始まってから領地の対応で忙しくなり、今日で徹夜は三日目だ。
肉体的にも精神的にもアドルフは疲労しきっていた。
もう全てを投げ出してしまおう。
アドルフはそう決意し、睡眠に身をゆだねることにした。
ベッドへ向かうため腰を浮かす。
立ち上がりかけたアドルフの視界に、部屋にある自分の家具が映った。
「…っ!」
幾つかの家具に収納した領民からの『プレゼント』がアドルフの心を突き刺した。
ルーモンドは男性が極端に少なく、容姿端麗で血筋にも恵まれた領主アドルフは女性領民から大層人気がある。
何かにつけて『プレゼント』を贈られた。
アドルフの衣装やアドルフの肖像画、果ては身元不明の髪の毛など、アドルフには意図や用途のわからないものも多々あった。
うぶなアドルフは異性からの重い気持ちには気づくことがなく、単純に領民からの好意を等しく嬉しく思っていた。
「みんなを、守るんだ」
睡眠欲にまみれた甘い決意をかなぐり捨て、アドルフは書物の山と再度格闘し始めた。この世界の、そしてルーモンドの知識の全てを取り込む勢いだった。
しかし、どれだけページをめくっても答えはない。ページをめくればめくるほど、気力が削り取られていく。
「うっ!」
アドルフは頭に強烈な痛みを感じた。
徹夜が続いたことの代償だろうとどこか冷静に原因を推察したものの、痛みに耐えきれず頭を抱え込んで倒れてしまった。
痛みは激しさを増すばかりだった。
もはやのたうち回ることしかできない。
アドルフは自身の身に降りかかった災厄を呪った。
「こんな状況、誰にもどうにもできないだろ…」
そうして、アドルフはその短い生涯を終えた。
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