第5話・世界連邦会議

荘厳な空間で円卓の机を囲むのは12人の代表者だ。

議長は持ちまわりで回ってくるが、今年の担当は「深淵」である。


カンカン


会議の合図の小槌が打ち鳴らされて、思い思いの場所から選ばれし代表者がその会議にアクセスする。


ここは、ある種のヴァーチャル空間だ。

科学的な力ではなく、時に魔術や魔法とも呼ばれる力に等しいものであるが、原理だけで言えば人の社会にあるネットワーク技術でも似たような事は可能である。


ただし、参加者の半分以上が人間社会に馴染みが無いためネット回線なんかも通じてはいないので、結局この古い技術を使って世界連邦会議は開催されている。古い魔道具であるオーブに触れれば、一堂に意識だけがその空間に集められる。


この世界の為には欠かせない必要な集まりであるが、誰より1番長い歳月をかけて会議に出席し続けてきたゲルプにすれば欠伸を噛み殺すだけの退屈な時間だ。


空を統べる竜族。海を纏う人魚。大地を駆ける獣人。自然と共に在る精霊。地下に潜む深淵。太古の時を刻む魔女。

陸海空の軍事を統括する軍事部会。数多の宗教を包括する思想会。あらゆる所にネットワークを持つ商人連合。科学技術の粋を集める科学技術会。社会の暗部を担うマフィアンコミュニティ。人間達の中に出現した能力者を管理サポートする能力協会。


そうした12の団体やコミュニティがこの世界の安寧の為に日々、それぞれの問題点から警鐘を鳴らす会議はある意味でとても平和なものである。


『自然が傷つけば、いずれすべての生命が滅びの道をたどるのです。このままでは、この世界の調和は永遠に失われますわ』


『自然を大事にって言うけどな。今だって必要以上に取りすぎないよう十分やってるだろう?他種族を締め付け過ぎたら結局は違う所に問題が生まれる』


『そうですよ。我等、人魚とて自然の尊さは理解しています。けれど、制限が厳しすぎれば圧力や敵対が生まれます。もっと協調や調和の方法を探るべきでは?』


今回も精霊代表が自然の大切さを説く一方で賛同はしながらも各々立場で絡む利権があって、両隣に座っている獣人や人魚からも難しい反応をされている。


世界連邦会議の目的は、この世界の存続だ。

種族や人種や年齢や性別も全て異なる者達の共通点は「この世界に存在していること」であり、世界の痛みを知る者達である。


だから各々の立場はあれど世界が危機に瀕した時には必ず手を取り合って一致団結するし、どこかひとつの種族やコミュニティが自分勝手な事をして世界を壊してしまわないように互いが手を繋いで見張りあっているに等しい。


そうした抑止力は誰が偉いわけでも正しいわけでも間違っているわけでもないが、それは裏を返せば誰の意見もひとつにはまとまらないと言う事だ。


ゲルプはその会議に「魔女」代表として参加していた。大抵の参加者は数年から数十年単位で入れ替わりがはかられるが、こと「魔女」のコミュニティにおいては過疎化が激しく、いまではゲルプ以外に公に出てくる者はいなかった。


そう言うゲルプ自身も本来の魔女の代理に近しく、そのため会議には「魔女」としてのフードを被ったアバターで参加しており発言する事はほとんどなく、当の本人は意識の少しだけを会議に傾け、後の大半は全く違う事をしながらドクのラボで欠伸をしている。


「ケーキ食べるー?」

「お茶もちょうだい」


「はいはーい」


巨大なモニターの前に座って、会議そっちのけでネットで眺めるのは今日の株価だ。会議の内容なんてほとんど聞いていないが、重要な事があれば後で「深淵」にでも聞けば良い。


精霊代表が言う自然の痛みなど今更で、だからこそ人間達も科学技術会が率先して出来る限りの融和を試み、汚染を避ける技術を開発し続けている。


「サボりー?」

「建設的に時間を過ごしてるの。なんなら、お前がかわりに会議に出ても良いんだよ?」


「ごめんなさーい。って言うか世界なんとか会議って何の為にしてるの?」

「抑止力。それ以外に、特に意味なんか無いよ」


「え!?そうなの?偉い人達がすっごい考えて、何か難しい事を決めてるんじゃないの?」

「それを言うなら。そこそこ偉い人が、すっごい考えてるフリして俺達は世界を大事にしてるぞって主張し合うだけ、かな」


形の良い爪の手入れをしながらゲルプは興味なさげに答えた。全く無意味な時間と言うわけでもないが、特に大きく何かが決まる事もそうは無い。

世界の安寧の為には、いまのままの現状維持がベストで、時々小さな小競り合いが起きた時はどこかの提案で採決をとるが余程の事が起きない限りは毎回つまらない時間の繰り返しである。


「ぇー、なんかショックー。もっと凄いことしてるかと思ったー」


ヴィオレッタはそんな事を言いながら、トレーに載せて持って来たシフォンケーキとドクお気に入りの紅茶を入れて作業机によいしょと背伸びで置いた。


ヴィオレッタ、通称ヴィオもまた小人のひとりだ。

ふわふわの紫髪と金に近しい瞳が特徴で、小学校低学年ぐらいに見えるけれども長命種と同じく、小人達もまたその見た目と年齢は全く噛み合わない。


ゲルプには軽口を叩ける癖に、実際は「恥ずかしがり屋」で、人よりもモフモフした生き物を愛している電波体質だ。難しい事とか絶対無理と主張して、言葉通りヴィオの世界の大半はお菓子とモフモフと白馬の王子様で出来ている。


「ホントにヤバい時に呑気に会議なんてするわけないでしょ?」

「なるほ。確かに。じゃ、なんで会議するの?」


「踏み絵みたいなもんで、定期的にやっとかないとマズイけど。誰かがやらかさない限り世界は何だかんだ存続するし」

「貴方、悪い事してませんよねー?って睨めっこするための集まり?んじゃ、安心して良い?」


「今のとこはね」


言葉の裏を返せば、世界に危機が訪れた時は誰かが誓いを破って何かをやらかしたと言う時だ。そうならないように牽制し合うだけの会議にそれ以上の深い意味なんて無い。


でも、参加歴が浅い者程ある意味では真面目に自身達の反省も交えて痛みを、危機感を声高に叫ぶのだ。


「って言うか、お前は何しに来たの?」

「ぇ?魔法の鏡を貸してほしいなーって」


「何、このケーキ賄賂だっわけ?」


魔法の鏡はゲルプが管理している魔道具だ。

本来の持ち主のかわりに鍵を預かっているが、小人の中で頻繁に鏡を使いたがるのがヴィオである。


「えへへー」


「はぁ。まぁ良いけど、またストーカー?」

「違うもん!!」


ゲルプはスーツの内ポケットから、そのカギを取り出した。ぶぅぶぅと文句を言いながらも、ヴィオはゲルプから鍵を借りてご満悦だ。世界の全てを見通す魔法の鏡に、ヴィオが問うことなど、お菓子かモフモフか王子様のいずれかである。


それぐらいの使い方なら別に好きにすれば良いので。ゲルプは「失くさないように」と釘だけさして、ティーカップを手に取った。


「ドクは美術館行けたかなー?」

「行けてない」


「えぇー、なんで?楽しみにしてたのに」


対人相手、特に王子様には気恥ずかしくてあまりコミュニケーションが出来ないが、ヴィオ本人はお喋りだ。だから身内にはここぞとばかりに話しかけてくるヴィオの話題は気の向くままにころころ変わる。

ゲルプの近くに座って自身もケーキを頬張りながらヴィオはゲルプの返事に普通に驚いている。


何もわざわざゲルプに聞かなくたって疑問があるなら自身がドクの記憶としての記録にアクセスすればわかるのだが、頭を使う事をしたがらないヴィオは素直にこうして話しかけるのだ。


「ちょっとしたアクシデント、って言うか結局アレってナンパ?」

「ぉ?おー?やるー。ドクがしたんなら、その人、すっごい美人?」


「アイツががされたって発想は無いわけ?」

「ぇー。良くされてるけど、ドクそう言うの全部無視するじゃん」


立場にもよるが頻繁に顔を付き合わせる小人達ほど長い付き合いでもあるから互いの癖や嗜好に詳しくて、ドクの人間嫌いは全員が知る共通認識だ。


その一方で、価値観はまるで異なるものの美的センスが一致しているヴィオとドクは共に人の容貌に対するジャッジが細かい癖があった。


「気になるならお前が覗けば?」

「やだー、後で怒られるもん」


自分は怒られたくは無いがゲルプなら良いと思っているあたりが無邪気に悪い。ゲルプはフンッと鼻で笑った。


ドクはサーシャとは、もう二度と会う事も無いと思っているようであったが、はたしてそれはどうだろうか。


ドクの構築した端末を操作しながら、ゲルプは先程ドクに知らせてやる為に調べたサーシャについての情報を反芻する。別にすっごい美人とまでは言わないが、癖の無い容貌は綺麗と評するには値するだろう。


それよりも特筆すべきは、その経歴だ。

危険を承知で身を投じる覚悟と機転が利く頭はあるらしいが、深淵やマフィアンコミュニティ直属と言う程では無いにせよ、それなりに危険な橋を渡り続けているらしい。


それは犯罪者に身を堕としたと言う事ではなく、何かしらの理由やポリシーがあっての事だろうか。

私欲の為では無くて、偽善的ではあっても「誰か」や「社会」の為に身を投じる様は殉教者にも似ている。



「さーて、借りっぱなしで終わるものかね」


ドクに本名を名乗って、その仕事ぶりを鑑みれば命を2度も救われて、ただで引き下がるとは思えない。


そう、呟いたゲルプの声はドクにはもちろん届いては居ないけれど、人間嫌いのドクとは違って、数多の取り引きを成立させてきた「交渉人」としての勘が、警鐘を鳴らした。

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