第12話 茉由から見た世界
幼い頃から私にとってこの世界は無色だった。
決められたルールや期待に対して、答えを間違えない。それだけだ。
本当の自分を出すことなんてとっくに諦めていたし、忘れかけていたと思う。
未来への期待感とか衝動に駆られるようなワクワクとか、そういうのはとうの昔に遠い記憶と一緒に溶け出してしまった。
ただ間違えないように立ち振る舞って、必要に応じて自分を偽る。それが私の人生。
何も初めからそうだったわけじゃない。……と思う。
生まれた時はみんな平等。誰でも心に彩りがあって私自身も例外じゃなかったはずだ。
私は恵まれたのか恵まれなかったのか、普通とは違う家系に生まれた。
それ相応の立ち振る舞いとか、マナーとかふさわしい将来とか、そういうのを嫌というほど両親に刷り込まれた記憶だ。
こんな家に生まれなければ私もきっと普通でいられたのに、と何度思ったことだろう。
私の家はお金持ちで羨ましいとか、西園さんは見た目が良いからずるいとか、そんなことばかり言われる毎日に正直うんざりしていた。誰も何もわかってない。
でも当たり前だ。だって他人のことなんて大体みんな表面しか見てないし、それどころか私は本当の自分を出せたことがないのだから。
生まれとか育ちのせいだけにするつもりはないけれど、大きな影響があったのは間違いないと思う。
そんな人生の転機になったのが高校進学だった。
自分の意思を両親に伝えたのは、物心ついてからの私史上初めてのことだったと記憶している。
東京に行きたい。東京の高校に通って、実家から離れて暮らしてみたい。そう両親に伝えた。
きっと心のどこかで焦りがあったんだと思う。このまま人生が進んでいって、自分の心もどんどん無色になって、心の彩りを全て忘れてしまうのではないかと。
それを伝えたとき両親がどんな顔をしていたか、なんて言っていたかは全然覚えていない。緊張で頭が真っ白だったから。
それくらい私にとって親に自分の意思を伝えることは、一世一代の大事だった。
なぜ私が東京に行きたかったのか。実はそんな大層な理由ではない。好きな人が東京の高校に行くと知ったからというだけ。
よくある子供の恋愛ごっこだと思うけれど、私にとって好きな人という存在は唯一心の彩りをくれるものだった。
友達はいない。趣味や遊びなんて両親に言わせれば時間の無駄らしいので当然許してもらえなかった。
だから私にとって人生とは退屈でじわじわと苦しいもの。
そんな中、私は颯斗くんを好きになった。
きっかけは単純だった気がする。
中学校での私はいろんな意味で有名な生徒だった。いつも西園家の看板を背負ってるという自覚とやらで、演じることに余念がなかった。
だから私に近づく生徒などほぼ皆無。たまに何も知らない男子生徒に交際を申し込まれたりしてたけど、丁重にお断りしていた。
でも、颯斗くんはただの一生徒として私に接してくれて、一女子として優しくしてくれた。
それがあの時の私にとって、どれだけ嬉しくてどれだけ救いになったか。今でも覚えている。
あの瞬間から学校に行くことが少し楽しみになったし、朝が嫌いじゃなくなった。人生に色がつき始めた感じがした。
でも高校生になったある日、颯斗くんが他の女子生徒とキスしているのをたまたま見かけてしまった。
心臓に太い針が刺さったような痛みが走ったのを覚えている。
颯斗くんは、好きな人という存在は、私にとって私だけの人生たらしめる微かな希望だった。
それを奪われるということは、大げさかもしれないけれど、全てを奪われることと変わらない。
悔しかった。心に大きな穴が開くような感覚になったし、焦るような気持ちにもなった。
また私の世界は無色になって、これから先もそうなんだろうと思った。
唯一の希望に縋り付いたところで、結局何も変わらないのなら、こんな気持ちになりたくない。そう思った。
そして、人生二度目の転機は思ったよりも早く訪れる。
谷橋 樹。彼に出会ったことだ。
あの日の彼は一人ブランコに揺られていた。
正直樹のことはよく知らなかった。彼は目立たない生徒だったし、特徴のある方ではなかったから。
でも、なぜかわからないけど、気づけば私は樹に話しかけていた。
辛い気持ちを紛らわせたかったのだろうか。
彼は驚いてブランコから転げ落ちていた。
お化けじゃないんだからそこまでびっくりしなくても、と思った。
どうやら失恋したらしい。
十年以上隣に居続けた幼馴染に振られ傷心中の彼は、きっと人生の全てを失った感覚になっただろう。
私は自分と重ね合わせて苦しくなった。
境遇の似ている樹だったからなのか、私がどうしても手に入れたいものだったからなのか。それとも樹がすでに弱気になっていたからか。
なぜだったかはわからないけれど私は彼に協力関係を組もうと言った。
『どんな状況でも、どんな手を使ってでも意中のお相手を落とす。それが恋愛なのでは?』
そんなことを言っておいて、私も自信などなかった。
自分に言い聞かせるように言ったんだと思う。
そうでもしないと弱い自分に負けそうになるから。
いつもそうだった。
私は自分に自信がないし、いつも弱気になりそうになる。
だからそうやって自分を奮い立たせるのだ。
別に私にとって不自然なことじゃない。ずっと毅然とした振る舞いを求められてきたから。
それからすぐに、樹に対しては演じない自分で居られるようになった。
なんとなく自分と似ていたからなのか、彼が私のことを受け入れようとしてくれたからなのかはわからない。
——嬉しかった。すごく嬉しかった。
ありのままで居られることもそうだけれど、”西園 茉由”ではなく"私"を応援したいと言ってくれたこと。
そして、喜んだり、恥ずかしかったり、ムカついたり、色んな感情を出せている自分がいて、それが何より嬉しかった。
ああ、本当の自分はこんなにもわがままなんだな、とか。友達ができると独り占めしたくなっちゃうんだな、とか。思ってた何倍も自分が人に対して不器用なところとか、知らなかったことがどんどんわかって。
自分の心がどんどん色付いていく。
樹にはとても感謝してるし、好きな人しか色を知らなかった私に、もっと沢山の彩りをくれた。
短い期間なのに、忘れられない人生のページがどんどん増えていく。
そして、私は間違えてしまった。
私を応援しようとしてくれている彼にひどい言葉をかけた。
颯斗くんを奪われた時にみたいに、次はたった一人の友達を奪われてしまうかも。そう思うと焦りとか苛立ちとかが止まらなくて。
樹は何も悪くないのに、勝手に感情をぶつけてしまった。
本当に伝えたい言葉は一個も出てこなくて、彼を傷つける言葉ばかり次から次へと口をついて出た。
本当は感謝してることをもっと伝えたかった。
友達が奪われる気がして怖いって素直に伝えればよかった。
でももう遅い。
私と樹はきっと今後もう関わらないのだから。いや、関われないと言った方がいいかもしれない。
私はこの関係を修復するやり方を知らない。
人生を巻き戻せるなら、あんなひどいことを言う前に戻って、やり直したい。
——ああ、また私の日常は無色になっていくんだ。
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