貴方の人生が薔薇色だとは思えない。

代 居玖間

とある夜会で令嬢は呟いた




 祝宴に招かれるもダンスもせず社交もできず、ただ壁際に立っている淑女は壁の花と揶揄やゆされる。



 今まさに壁際に追いやられているロザリーも、今宵めでたく花々の仲間入りを果たしてしまっていた。

ロザリンド=デ=ジャルマン十六歳。

ジャルマン男爵の一人娘である。



 男爵とはいってもロザリーの父親は商売人だ。

大陸中の産地から生地や糸を仕入れて来ては国内各地に流通させている。

商売上手で国王の覚えめでたく叙爵されたやり手商人。

領地をもたない爵位だけの新興貴族ゆえに蔑まれたり馬鹿にされることも多々あるが、ロザリーにとっては自慢の優しい父なのだった。








 今夜は国王陛下と王妃殿下の御成婚二十周年を祝う宴で、この良き日に国中の貴族たちが祝の席に馳せ参じているのだった。

ロザリーは父親にエスコートされて入場したが、父エドガーとは別行動となっていた。

彼は彼で商売関係の情報交換に忙しいというわけで、ロザリーも数少ない友人を探して世間話でもしていようと会場内を彷徨いてみた。

彷徨ってみたが無駄だった。

知り合いは見当たらず、一人さみしく壁際に立っている。

とにかく友人と呼べる知り合いが少ないロザリーだ。

本の虫で、話すよりも読むほうが好き。

一人がさみしいと思ったことはなかったが、さすがに今夜は心細い思いをしていたのだった。

諦めて、こうして父親の社交が終わるのを待つのみとなっていた。






 しかし、そんなときに限って会いたくない人物と会ってしまうもので……うっかり学園時代の天敵に遭遇してしまう。

 正面からやって来たのは威厳をたたえた王太子殿下。

そして、殿下の隣からこちらに勝ち誇った笑顔を向けてくる華やかなご令嬢。

彼女も男爵の息女なのだが、なぜか王太子殿下と恋仲なのだ。

殿下には幼いときから決められた許嫁いいなずけが居るのにもかかわらず、図々しくも彼女は殿下の嫁気取りなのである。



 社交好きで明るい彼女と控えめなロザリーとで対照的な二人は、根暗だと揶揄する側とされる側。

けして仲が良いとは言いがたかった。

とくにロザリーは、彼女が苦手で避けていた。





 その彼女が淡い桃色のロングヘアを揺らしてニッコリ笑う。

「あーらロザリー様、お久しぶりですわね。学園の卒業式以来かしら? お変わりありませんこと?」

鼻にかかった甘い声。

ロザリーはそれを無視して、先ずは王太子殿下に淑女の礼をとる。

「……君は、たしか同級生だったな。今宵は我が両親を祝ってくれて感謝する」

「はい。図書委員だったジャルマンでございますわ。国王御夫妻の御成婚二十周年、誠におめでとうございます」

本日はお招きいただきありがとうございますと、再び腰を折る。

「ああ、東図書室の主殿だったか。ジャルマン嬢、今夜は学生時代とずいぶん印象が違うようだが……」

「制服ではないから、かもしれませんね。いつもより多少はめかし込んで参りましたから……」

「ははは、レディに不躾なことを言ってしまったな。どうか聞き流してくれたまえ。そして今夜は楽しんでいってくれ」

「いえ、お気になさらず。ありがとう存じます……」



 元同級生ではあっても身分が違う。

それなりに形式的な挨拶を交わしてその場を去ろうとしたのだが、再びの甘い声。

「ロザリー様はひどいわ。私がお声をかけているのに無視するなんて。久しぶりにお会いできたから、お元気で過ごしていらっしゃるのかお尋ねしているのですよ?」

ちょっと失礼ではないかしらと、拗ねた態度がわざとらしい。

つい、返事を返すのにも温度のない声に。

「マリローズ様ごきげんよう。卒業式から一月ひとつき足らずですもの、とくに変わりはございませんわ。貴方様は、見る限りとってもご健勝のようですね……」

「うふふ、そう見える? 薔薇色の人生っていう感じかしら。愛って素晴らしいと私は思うの」

自慢気に見せつけられた装飾品は王太子殿下の瞳の色だ。



 燦然と輝く大きなサファイアの指輪と耳飾り。

散りばめられた小さな金剛石がシャンデリアの灯りを反射する。

なるほど、……このひとは、そういうはかりで心をはかるのかと合点がいった。

「……さようでございますか。家族愛や信愛など愛にも色々とございますので、私にはわかりかねますが……まあ、人それぞれでございますわね」

ロザリーの温度のない声が床にこぼれた。

甘い声は苦笑い。

「もう。相変わらず理屈っぽいのねぇ。そんな風だから貴方は恋人の一人もできないでさみしい思いをしていらっしゃるのよね。屁理屈って何かと顰蹙ひんしゅくを買うから気をつけた方がよろしくってよ?」

「ご忠告ありがとう存じます。それでは理屈屋は退散すると致しましょう、どうぞ楽しい夜を……」

笑顔のひとつも見せずに二人のそばを離れることにしたロザリーは、心の中で呟いた。

私には貴方の人生が薔薇色だとは思えない。

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