第26話 ただ独り、死地へ

『覇者の鞍』で呼び寄せたバタフライ怪魚の群れ。その背に、漂流していたプレイヤー達を跨らせ笑顔で見送る。その姿が見えなくなったところで、一気に険しい表情となるオクラだった。


「こっちは片付いた。いよいよだ……」



 これから独り向かうは海中に突き立つ石塔――海の嵐の巣だった。海の嵐たちが海賊船を追いかけている、その隙に乗り込むつもりでいた。





「な、なんだ……?」


 遠目からではわからなかった。石塔は円柱状の階層が幾重にも重なった構造物で、それが互い違いに回転しては鈍い地鳴りの様な音を響かせていた。



「……似ているな」


 あの海の嵐が形作った水の蛇。その螺旋の動きかどこか重なる。目を凝らしてみれば、それぞれの階層には小窓の様な物が見えた。


 オクラは入り口を求めて石塔の周りをぐるりと回る様に怪魚を操る。半周程したところで、閉じられた石扉が目に入った。その手前には、足場に出来そうな岩床もある。


 そこに怪魚を寄せ飛び乗る。石扉にそっと片手を伸ばし押してみるが開く気配はない。両手を張って全身の力を込めてみる。


「くっ、ぬぬぬっ……」


 結果は同じ。だが、目を凝らせば何か意匠の様なものが掘られている事に気付く。それは、何かの文字の様にも見えたがオクラには読めなかった。


「こんなの出て来た事なかったからな」


 23年前のオリジナル版に、ルーン文字とか精霊文字の様なものが登場した記憶はなかった。


「……声に出して読めば、開く?」



 その様なな仕掛けがありそうだが、これといって手掛かりはない。参ったな、と首を傾げていれば――


 ザザァッ、と波のざわつく音が耳を撫でる。



 ――ちっ、もう戻って来たか!?



 音のする方に振り向けば白い渦が5つ。少しばかり前、いとも容易く商船を沈めて見せたやつがそこにいた。


 白い渦、海の嵐だ。


 オクラはそれを正面に捉え見据えたまま、微動だにしなかった。そうしている限りは安全だと確信に似たものがあった。


 それは石塔の周りを回遊しているだけでオクラの方に向かってくる様な気配はまるでない。


 ――やはり。



 取り敢えず海の嵐は放置して扉の開け方を探る。その様に方針を固めたオクラだったが、これといって成果を得られないまま時は過ぎ――やがて。


「……グギッ、グギギッ」


 背の方から、その様な唸り声の様なものが聞こえた。そう感じたオクラが振り返れば。


 バタフライ怪魚の背に乗せた覇者の鞍が点滅を繰り返している。そして、怪魚は身を捩り、今にも躍り掛かかろうと殺気を放ち始めている。


「しまった、切れる……」


 覇者の鞍でモンスターを支配出来るタイムリミットを越えた。途端に、凄まじい勢いで水飛沫を跳ねてオクラに迫ってくる。一度、海中に潜り、再び飛び上がっては大口を開けながら顔を出す。


 ――止むを得んっ。


 オリジナル版の際の最終装備の一つ『竜牙の剣』を納める鞘に手をかけ、バタフライ怪魚を見据えた時だ。


 白い渦の一つが怪魚の真下にいた。そして、うねりが突き上り水流の蛇の様な姿となる。それは怪魚目掛けて一気に駆け上がる。


「……ギュバッ」


 刎ね飛ばされた怪魚の頭がドサリとオクラの脇に落ちる。次いで、ピクピクとまだ動く胴体が降って来ては、やがて消えた。



「……ちっ、まずい」


 オクラは自身の側にも白い渦が来ている事に気付いた。そして、剣に手をかけた事が敵意として捉えられたのだろう、とも。



 ――こいつは……、出直し、かな。



 ちらりと過る、GAME OVER、の文字。



 ――デスペナルティとかあるんだっけ?



 海の嵐に対してこれといって有効な攻撃は無い。それは、前に、商船に乗っていたプレイヤー達が示してくれた事だった。


 目の前で一気に形作られた水の蛇が鎌首をもたげる。勢いをつけて振り下ろされた水蛇の頭突きを聖鱗の盾で受け止める。


「ぐうっ……、ダメだっ」


 重く圧し掛かって来る。その水圧で押し抜かれ、弾き飛ばされては石扉に背中を打ち付ける。足場になっていた岩床には、海の嵐が起こした波が押し寄せ、既に海の一部の様になっていた。


 そうして、オクラの身体は引き波にさらわれる様に海へ流れ込む。


 そして――


 視界が白く泡立つ。凄まじい水流に飲み込まれ、息がつまる――身体が引き裂かれる様な感覚が走った。




 息が出来ない。



 視界が閉じていく。



 音も感じない。



 どうでもよくなっていく……



 ――ロスったな……。



 オクラの意識は、闇に沈んだ。

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