第23話 嵐の前の……

 水しぶきを上げて海原を突き進む中型の帆船。先端の衝角が陽光を反射し、海上を裂いて進む姿は勇ましい。


「あぁ……、きっと死ぬな、これ……」


「おいら達。結局、地獄行き、さね?」


 5人ほどが乗れる小船が8艘並ぶ甲板の上、肉付きのいい日に焼けた上半身をさらした男達が溜息をついては項垂れている。


「バ、バカ野郎っ! 情けねぇ声出すんじゃねぇ。オクラの旦那が付いてるんだぞ。海の嵐なんか怖くねぇ」


 船首楼の上に立つ、一際がたいのいい男が怒鳴り散らす。へい、と甲板の者達が首をすぼめる。


「今の内、遺書でも書いとくかな……」


「やめとけ。船が沈んだら、遺書も残らねぇよ」


 小声で交わされる言にはどこか諦めた様子さえ漂う。船首楼の上で、静かに遠くの海を眺めていたオクラが隣の男の方に向き直る。


「頼んでおいてあれだが、皆、大丈夫か?」


「なんの、なんの、旦那に救ってもらった恩返しですぜぇ」


 その時だ。バチャり、と音がして右舷の方で何かが跳ね上がった。途端、オクラの側で、ひぃ、と声を上がる。


「――ただの、カジキの様だが」


 空で身を捩ったそれは、すぐに海面で水しぶきを散らしては奥の方へと消えてゆく。声を上げた海賊は右手で額の汗を拭いながら胸を撫でおろしている。


「そ、そうですな。俺とした事が、つい……」


 威勢のいい海賊達も、相手が海の嵐となればこの様な反応。その恐ろしさが身に沁みついているといった感じだ。


 オクラは23年前のオリジナル版の様子を思い浮かべた。単純なグラフィックとメッセージだけで進行するイベントは、海原を走る商船のアイコンに向かって海賊船アイコンが寄って来たのが始まりだった。




【海賊船の砲撃だ】


【海賊たちが乗り込んで来た】


「命が惜しくば金目の物を置いて海へ飛び込むんだな」


「ひぃ、お助けを」


「まあ、この海には恐ろしい化物がいる。助かるか知らんがな」


 ※海賊たちは大声をあげてわらっている。


【海の底から何かが迫ってくるようだ……】


「おっ、お頭。この感じは……」


「海の嵐だ、てめぇら、とっととずらかるぞぉ!!」


 ※海賊たちは慌てて海賊船に戻って行った。


【巨大な渦が商船を取り囲んでいる】




 ――そうだ、この感じは、って。あの時、海賊は何に気付いていた?


「海の嵐が近づいてくると、何か気配とかでわかるのか?」


「ええ、まあ。急に潮目が急になって、まるで見えない手が船をつかんで弄んでいるような感じですぜ……」



 オリジナル版では曖昧だった事も、このリメイク版ではリアルに表現される。海面にいくつか現れた渦、それが引き起こす潮流同士のぶつかり合いが船を大きく揺さぶる。オクラはその様なイメージを浮かべている。


「姿を見た者は?」


「いやぁ……、そんな恐ろしい事。とにかく、気付いたらすぐに逃げろ、古くからの言い伝えですからなぁ」




 やがて、海の嵐の巣、その目印とされるものが見え始める。海に突き刺さったかの様な巨大な円柱を目にすれば、甲板上では身震いを始める者も。船足を落とし、その場に漂い続ける――



「し、静かなもんですな……」


 海の嵐らしき気配は全くない。オクラの側に立つ男はどこか拍子抜けした様子で、海面に目を凝らしている。


 ――どうせ出ないのなら、このまま巣まで一気に突っ切るか。いや……。


 幼い頃。家の軒下にツバメが巣を作っていたのを見つけ、脚立を立てて近くで見ようとした。途端、あの大人しそうなツバメに突かれた時の事を思い出す。


 巣に近付くものがいれば護る為に襲う、そういうものではないか、とオクラは考える。



 ――あの時は……。



 ――もしかして?



「巣の方に向かって、あれをぶっ放してみてくれないか?」


 オクラ右舷の方を指させば、その先には黒々とした大砲の先端。この海賊船には方舷に5門ずつ、計10門備わっているものだ。


「こ、こっちから喧嘩を売る様なもんですぜぇ……」


 渋りながら、はっ、と何か気付いた様な表情を浮かべる海賊。


「巣へ行くんなら、一気に突っ切ってしまえば?」


「まあ、それも手なんだが」


 先程考えた事を伝えて、どの道、と納得させる。仮に、逃げ出す様な事態になったら少しでも陸に近い方がいいだろう、とも付け加えて。




 ズゴォォォーン、一発目の後に連なる四つの轟音、上がる黒煙。甲板の上には何かが焦げた様な臭いが漂うものの、すぐに潮風に乗ってどこかへ飛んでゆく。


 海賊船からの艦砲射撃の後、海の嵐の巣――巨大な円柱――の手前、立て続けに水柱が上がる。


 すると、上空を舞っていた海鳥たちが一鳴きしては何処かへ飛び去って行った。バタフライ怪魚が次々と海面から飛び出し、やはり四方八方へと散っていく。


 海面を見つめるオクラ。海自体が、まるで生き物かの様に威圧してくる、得体の知れない重圧を感じていた。


 ザーッ、と波が引く様な音がしたのはその時だった。直後に船体が少しばかり右へ逸れたか感じを覚える。


「この感じは……。で、出やがった……、出たぞぉ!」


 横にいる男が声を張り上げたのを合図に、船首楼から身を乗り出して辺りを眺めるオクラ。


 ――あれかっ


 海面にいくつかの白い渦が現れていた。その時だった。はるか前方、水平線の向こうから、白い帆が一枚、こちらに向かって滑る様に現れた。それは、恐らくプレイヤーたちを乗せた商船に違いない。オクラはそう考えて、すぐさま口をキリっと結ぶ。


 ――なんと、間の悪いっ……。


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