第5話 23年ぶりの城塞都市へ①
一息に入れるには丁度いいと、ふう、と息を吐いては川辺に腰を下ろす。
上半身をよじって今さっき通って来た道、ヴェルゼ高地の上の方を仰ぎ見れば、随分と高い所から下ってきたものだと実感しているオクラだった。
バチャリ、と水の跳ね上がる音に気付いて川面に目をやれば、小魚の背びれの様な物が揺れている。
それを狙って水鳥が急降下、激しく水飛沫を上げて潜った後――水面に顔を出しては手ぶらで上空へ――その様な光景が繰り返される。
「あの時は――ただの障害物でしかなかったのにな」
オリジナル版の時の川と言えばエリアとエリアを隔ててプレイヤーの行方を遮るだけの存在で、向こう岸に渡る為に橋を探して回り道させられただけの物だった。今はそれに一時の癒しを得ているという。
落ち着いたところで、川を挟んで遠目に浮き上がる建築物のシルエットを見つめる。目指す城塞都市メルガンに違いなかった。
それからしばらくして――オクラは城塞都市メルガンの南門前に到着した。その頃には太陽は大きく西へ傾いていた。
「結局、同じになると……」
システムの時計に目をやれば移動を開始してから約3時間が過ぎていた。歩きだけなら約3時間のところ、地形毎に移動を得意とするモンスターを乗り継げば約1時間に短縮出来るはずだったのに、こうだ。
理由は川に見とれてしまったのと同じ。帰省気分の、ようやく風情とかがわかる年頃になってきたおっさんには思わず足を止めてしまいたくなる風光明媚の連続は、平原を疾駆するモンスターに乗るのも忘れさせるほどに…。
それにしても、とオクラは落ちかけた太陽に目をやる。
「そうだな、リアル化すれば昼夜だってあるか」
今時のRPGでは当たり前だろうが、23年も昔のオリジナル版には昼夜の概念というものがなかった。それがある事にすらちょっとした感動を覚えてしまうオリジナル版世代。
西日に見とれていれば南門の奥の方が少しばかり騒がしい――ほどなくして、
「閉門! 間もなく陽も落ちるからして閉門であるっ! 城塞都市メルガンに用向きがある者は急がれよ」
その声に応じてか、たまたまか。どこからともなく現れた何人かのプレイヤーが足早に門の内側へ駆け込む。
「夜があるなら門限も……。地味に危うかったかもしれん」
道草なんか食うなよ、中学教師として下校する生徒達に毎日注意している自身の様子がふと過って苦笑いするしかないオクラ。慌てて未だ開かれたままの鉄扉の奥に滑り込む。
◆ ◆ ◆
23年前のRPG『ドラグーンファンタジア』において、プレイヤーの操る主人公が城塞都市メルガンを初めて訪れるのは旅の半分ほどを終えた頃。それまでに立ち寄る小さな村や町に比べれば遥かに規模の大きな都市に――マップが広く、歩き回るNPCの数が多いというだけではあるが――多くのプレイヤーが一つの到達感を覚えたのは確かだろう。
「らっしゃい! うちの武具は、そこらの田舎町のと一味違うぜ」
その名の通り、城塞都市のど真ん中にある中央広場の武具屋の店先を覗く。この店で一番値の張る、白銀の剣に、白銀の冑、鎧、盾に目をやる。
――そう、これだ、これ。
ここに来るまでに立ち寄った小さな村や町の武具屋にはなかった、同じ名前を冠した一式装備の様な物が初登場したのがここだった。
ただ、最初に訪れた時は売られていなくて、困っている店のオヤジを助けてあげて初めて買える様になった物。
物珍しかったのもあって欲しくなったそれは、白銀製だからなのか少々値が張った。
一式買い揃える為、都市の宿屋と西の方にある洞窟を何往復もしてひたすらモンスターを狩っての金策――ようやく一式揃えた時の喜びたるや、と思い出している。
だが、揃えたからといって特別に何かあるわけではなかった。苦労して揃えた事で完結する自己満足で充分、それが古き良きRPGの当たり前だった。その様に思いながらアイテムステータスを覗き見れば――。
「まあ……、今時はこういうの付くんだろう、な」
白銀シリーズボーナス、攻撃力+15、防御力+15、時々敵のブレス攻撃をはじく。その様なものに時の流れを感じている。
「らっしゃい! お客さん、じっくり見てるね、気に入ったかい?」
思い出に浸っているだけだったが、その様子が買おうかどうか迷っている客、と間違われてしまった様だ。すぐに返答出来ずにいれば、店のオヤジが顔を覗き込んで来る。
「あれ? どこかで見た顔だと思ったら、オクラさんかい?」
「――俺を、覚えてる?」
「やっぱりか! いやぁ、ほんとに久し振りじゃないか。よく尋ねてくれた」
握手を求めてきたオヤジに応えれば、そうそう、と昔話を始める。城塞都市メルガンの西の方にある洞窟を根城にする魔物、
――これって、プレイデータ利用がNPCのAIにも反映されてるって事か。
「よく出来て――」
「ん、よく出来て?」
プレイデータを使っているオリジナル版世代にとって、これは本当に地元に帰って来た感のある仕様だ。思わず、よく出来ている、と言いかけてしまった。
「いや、相変わらず出来のいい武具を扱ってるな、と思ってさ」
「ははっ、そうだろう。でも、再び白銀の武具を扱える様になったのもあんたのお陰さね。ほんと、あの時はありがとさん」
23年前にクエストをクリアしただけの事。だが、この様に時間が経った後に、懐かしむ様に感謝されると、かつて本当に人助けをした様な気分になるものだ。そう感慨深げに頷くオクラだった。
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