女騎士物語

三二一色

1 ジルベール騎士爵領 街道にて

「なんじゃあ、あれは」



トマスが街道を見下ろせる茂みの中から彼らを見たとき、驚愕が半分、呆れが半分混じった言葉が思わず口から出てしまった。


ふと、トマスはひょっとして自分の目が唐突に悪くなり、相手をちゃんと視認できずに見間違えているのではないか、と思った。

念の為に共に茂みに身を潜めているホアンとバンカを見やるが、2人もまた怪訝な表情を浮かべているのを確認して、見間違いではないことを確認する。



「なんじゃあ、あれは」



事実だと確認できた上で、それでもなお疑う気持ちが残っているがために、再度同じ言葉を口走る。

内心の動揺はさておき、トマスはじっと、今回のらの挙動を注視していた。


トマスは普通の村人ではなく、山賊である。

それも、人生でもそこそこの時間を追い剥ぎとして過ごしてきたベテランである。


別段の聞くも涙語るも涙な背景だとか、悲しい過去話だとか、そういったものがある訳ではない。

さほど裕福ではない農民の四男坊であったトマスが、長男の結婚を期に家を追い出された、ただそれだけの話である。

身体も大人になりつつあり、食う量も増えてきたトマスのことを、寂れた農村に住む一農民が抱えるには負担が大きすぎたのだ。


本来であれば、四人も子供が生まれれば一人や二人は成人前に何かの病にかかって死ぬ筈であったのだが、トマスの実家は兄弟が4人とも健康なまま、すくすくと成長してしまった。


限られた土地しか借用できない小作人貧乏人の選択肢は決まっている。

選ぶ余地などない。

家を継ぐ長男とそれを手伝う次男を残し、三男と四男は世間様に世話をさせる家から追い出すのが道理であった。


顔だけは良い三男のように、村の娘と懇ろに仲良くなり子供をこしらえていれば、さすがに追い出すのは忍びんと、何とか村に残してもらえたかもしれない。

だが、図体だけデカくなった鼻垂れ小僧のトマスには、そんなことは思いつきもしなかった。


さて、追い出された人間が行き着く先というのは、野垂れ死にや、参考にならない幸運を除くのであれば大きく分けて3つである。


傭兵になるか。

山賊追い剥ぎになるか。

傭兵になって山賊になるか。


トマスは途方に暮れて街道を歩いていたところで山賊と出会い一団に加わったのだが、後ろのホアンやバンカなどは元々は傭兵であった。

しかしホアンは参加した傭兵団が戦にてあっさりと壊滅し、一人這々に逃げ出したところで山賊に加わることとなり、バンカは追い出された村の面々で新しく傭兵団を立ち上げたまでは良かったが、発足した矢先に別の傭兵団に因縁をつけられて殲滅され、やはり命からがら逃げ出した先で山賊の仲間となった。


ごくごくありふれた、この世においてはまさに人間の営みの一つとも言える話であり、このことについて殊更に語る必要はないだろう。



では、さて。

トマスたちが見たものへ焦点を合わせる。



11人の人間が、街道を歩いている。

身なりからして行商人や旅行人ではない。


脚絆ゲートルの上から細い鉄板を束ねたものを脛当てとして巻き、腕には分厚い手甲ガントレットを通している。

鉄の鎧を着ている者はおらず、鋲で補強された戦闘用の革鎧を着たものが3人、あとは道着のような分厚い布の服を着込んだものが7人。


手甲も脛当も一瞥して傷んでおり、損傷したであろう箇所を何度も補修した跡も見える見窄らしいものではある。

しかし、戦いの為だけに作られたそんなを伊達や酔狂で身に着けることなどあるはずがない。


そしてなにより、彼らの腰には長剣ロングソードが下げられている。


間違いなく、騎士とその従士であろう。


山賊狩りに来たに違いない。

狙いは自分たちだろう。


思えばトマスたち山賊は、この場所を根城にしてから時間も経っている。

少々、仕事を熱心にし過ぎた気もする。

そう思えば討伐隊が派遣されたことは、それ程おかしな話ではなかったのだが……トマスたちが目を奪われたのは、この10ではない。


11……女に、であった。


その女は、10人の従士たちを先導するように、一番前で歩いていた。


まず目につくのは、その鮮やかな赤い髪。長く伸ばし、その先を編み込み布で結んで背に垂らしている。


そして、紅の差す美しいかんばせ


稀代の名工が、おそらくその生涯の最高傑作として作り上げ、そして現存するのであれば後世においても名を残すであろう彫刻品が如き、作り物めいた美しさを誇るその顔は、もし枕元に現れれば美の女神か、あるいは夢魔サッキュバスだと信じる程である。


だが、


確かにトマスも、ホアンもバンカもその美貌に感嘆し嘆息したが、しかし目を奪われたのは女の顔ではなく、そのであった。


それは、トマスという農民出身の、限られた語彙力において表現するのであれば。



であった。



その美の化身のような顔を支える首は、男の太腿ほどに太く。


首の後ろから背中へ、そして肩にかかる僧帽筋は見たこともないほどに膨れ上がっていて。


女の両腕や両足はともに、比喩ではなく、正しく丸太の如く隆々としている。


そもそも、女の身長からして異様であった……女の周囲を歩く従士の男たちよりも、頭が1つ、2つ分ほど背が高いのだ。


それはまるで、神より課せられた十二の試練を乗り越えた神代の英雄が如き肉体であった。

そんな肉体の上に、傾国の女の顔が乗っていると言うべきか、あるいはその逆か。


もしその女が彫像であるならば、きっと美の女神の像と英雄の像を同時に壊してしまい、慌てて直そうとして首をすげ替えてしまったのだろうと思えるほどであった。


ともあれ、美しい女の顔を持った、人ならざる恵体を持ったものが居るというのは、

誰の目から見ても事実である。



「なんじゃあ、あれは」



三度目の呟きをもって、ようやっとトマスは我に返った。

女の威容に慄いていたのは事実ではある。


ただの女ではないだろう。

いや、ただの女であってたまるか、という内心もあるが。


女は布に布を重ねて厚着をしており、手甲もなければ鉄靴すら纏っていないが、しかしその腰には剣が下げられている。

あれも従士なのだろう……女の従士など、トマスは初めて見たのだが。


とはいえ、やることは普段と変わりない。



トマスが手にしているのはクロスボウだ。


クロスボウは非常に高価な武器である。

弓よりも複雑な機構を持ち、一つ作るのにも職人が時間と技術をつぎ込む必要のあるそれ。

本来山賊などが持っているような武器ではない……なんなら、自分たち山賊が一山いくらで売られたとしてもクロスボウは購入できないだろう。

だが、以前に自身らを討伐に来た別の騎士らを返り討ちにした際、偶然に手に入れることが出来た。


弓よりも連射が効かず、大きく故障すれば山賊である自分たちでは到底直せないため慎重に扱わねばならないという、デメリットこそある。

しかし弓よりも扱いやすく、なにより矢を番えた後は弓のように矢を保持しなくても良いのは、トマスのような役割を与えられた人間には有り難いものであった。


トマスの役割とは、街道で待ち伏せして、そのクロスボウからの奇襲をもって確実に1人を射殺し、流れを山賊側に引き込む先手者イニシエーターである。


本来、追い剥ぎというのは略奪相手の命まで奪おうとはしない……追い剥ぎ達は金や物資が手に入ればそれで良いのだ。

それ故に徒党を組んで勝手に関所を作って金を強請るのが定石であり、襲われる側もわざわざ命のやり取りをするくらいならばと、金を払うのが定番である。


が、殺して奪うほうが実入りが良いことに気が付いた山賊の頭は、いかに楽に相手を皆殺しにするかを考えて、戦術を考え、何度も試行錯誤しながら布陣を整えたのだ。

トマスたちは奇襲によって相手を殺し、所持する財産を根こそぎ奪いとろうとする、異端の山賊であった。

トマスたちは、例え倍の人数の騎士が相手であろうと、待ち伏せからの奇襲さえ成功したならば仕留められるほどの自信を持っていた。


トマスはクロスボウを構え狙いを定めて、撃つ。


狙いはあの巨躯の女である。


理由は、単に目立つからという点と、そしてアレだけ大きいのだから、当てやすいだろうという、それだけである。


放たれた太矢ボルトは、金切り声にも似た音をたて、しかしその音を自ら切り分ける程の速度で飛来し、女の胸元に向かって一直線に飛んでいく。



が、しかし。

その飛翔した太矢は女の身体に突き刺さる前に停止する。



トマスは、初めてこの女を見たとき以上に、目を見開いて驚愕をした。


太矢が止まったのは、何も女が着ている厚手の布服の下に鉄板が敷いてあった訳でも無ければ、英雄が如きその威容に相応しく矢避けの加護が備わっていた訳でもない。


止めたのだ。


風すら追い越すほどの速度で飛来した太矢を。


自らの身体に命中する前に、ただただ、女は掴んで止めただけに過ぎぬ。


あまりの出来事に呆けていたトマスであったが。

再び我に返ったのは、隣の茂みに潜んでいたバンカがあげる、落雷が如き悲鳴を聞いたらである。


何故そんな声を!と思ったトマスが見れば、バンカの胸には深々と太矢が突き刺さっているではないか。


大きな大きな悲鳴を上げたバンカは地面に転がりながら、激しく体を痙攣させている。

トマスは医師でもなければ薬師でも白魔女でもないし、そんな知識は一切ないのだが、しかし、それが致命傷であること……いや、もう死んだ人間が動いているだけだというのは、経験則で良く知っている。


何故バンカの胸に太矢が突き刺さっていたのか?

しかもこの矢は、今しがたトマスが放ったものである。


そう思い女の方へ目を向ければ、なるほど、話は簡単であった。


投げたのだ。


あの威容の女は、飛来して掴んだ矢を、投げ返してきたのだ。


おそらくは矢の飛んできた方向へ、おそらくは射手であるトマスを狙って。

それが偶々狙いが逸れて、バンカに突き刺さったのであろう。


そうして女は一歩一歩、トマスたちが潜む山の斜面の茂みへと進んできた。

一人だけのはずがなかろう、他にも仲間がいるだろう。


そう確信している歩みであった。


一人たりとも逃がしはしないという、決意を持った歩みであった。



「うわああああああああああああああ!!!!!」



限界であった。


もはや堪えきれずにトマスは大きな悲鳴を上げる。

すでには、トマスには理解を超えた怪物にしか見えぬ。


その悲鳴を聞きつけ、場所を特定した女は歩みを駆け足に、そして全速力の正しく襲歩に変わる。


トマスは再度悲鳴を上げながらも、必死に腰から鉈剣マチェットを引き抜いた。


クロスボウの再装填には時間がかかる。

自らに迫ってる女を前にして、トマスは悠長に太矢を番える事が出来る自信はなかった。


しかし、今まで何度か自分の命を救い、他人の命を奪ってきた鉈剣を手に握っても、これが目の前の女を切り捨てられるとは、まったく思えなかった。


トマスよりも離れた場所で控えていたホアンが、同じように必死の形相で矢を放つ。


矢は確かに、女の元へと飛翔するが、しかし女に近づいたところで圧し折れて地面に転げる。


これも奇跡でもなく、何のことはない、女が、いつの間にか引き抜いた剣で、矢を切り落としただけに過ぎぬ。


ホアンもまた悲鳴をあげるが、必死に次の矢を番えようと手を動かす。

が、女は弓矢を脅威と感じたのか……あるいは鬱陶しいとでも思ったのか、トマスへ向かう足の方向を変え、ホアンへと突進する。


山の斜面を駆け上る勢いは、平地のそれと何ら変わらぬ速度を出したまま、あっという間に距離が詰められた。


そうしてホアンは次の矢を番える前に、女の剣にて切り捨てられた。


左肩から右脇へ、斜めに斬り払われたホアンの身体は、断面より臓物と血をぶちまけながら斜面を転げる。

人間が行える所業とは思えぬ。

まるで魔猪カリュドンに轢殺されたとしか思えぬ亡骸である。



「ひぃぃぃぃ!!」



本当は声も出さずに逃げ出したいところであったが、しかし悲鳴を押し殺すこともできずに……あるいは、逃げ出すために必要な酸素を欲して息を吸うために必死に肺を動かした結果、悲鳴のような音があがってしまって……トマスは背を向けて駆け出した。


貴重な武器であるクロスボウも投げ捨てる。

仲間の遺品も捨て置く。

そんなものなどいらぬ、命が大事だととにかく走り出す。


山道ではあるが、トマスたちが待ち伏せに使うために整備した獣道がある……土地勘がない相手であれば、逃げ延びることも不可能ではないはずだ。


それに、トマスたちが潜んでいた斜面とは逆側の斜面にも山賊の仲間たちが3人、伏兵として潜んでいる。

こちらの斜面側の異変を察した彼らが動き出せばそちらに注意が向くかもしれない、トマスはもはや仲間を囮にしてでもその場から逃げようと必死であった。


だが、その足は唐突に止められる。


肩に強い力がかかり、その場で一歩も動けなくなる。


まるで引きちぎられるのではないかと思わんばかりに、乱暴に後ろに引き込まれる。


何故足が止まったのか、何が自分の肩を掴んでいるのか。


していないが、何故なのかはしている。

あの女が獣道を走るトマスに走って追いつき、そしてトマスを掴んだのだ。



「た、たすけ——」



トマスが命乞いを口走るよりも先に、その顔面は殴り飛ばされ、意識はかき消えた。





【山賊】

無法者たちの総称。追い剥ぎ、野盗。

徒党を組んで商隊や農村などを襲い、物資や金、女などを略奪する犯罪者集団。

巡吏兵など山賊狩りを専門とする警察組織も存在するが、山賊も平時は行商人や傭兵団として真面目に活動しつつ、獲物が見つかれば牙を剥くなど手口が巧妙化しており、いたちごっこが続いている。


概ねどの国においても、山賊行為を働いた者は等しく極刑をもって処罰される。

最も穏当な刑は「処刑場での絞首刑」と揶揄されるほどに苦痛が長引くよう調整されて処刑されるのは、その一罰を持って万人への戒めとするためである。


しかし、どのような治世であろうとも。

いくら、その首を市街に並べても。

山賊に堕ちるもの、堕ちざるを得なかった者は、後を絶たない。

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