第40話

細い路地を抜けてしばらく歩いていると、今度は何にもないただ広いだけの荒野が広がっていた。


 ぽつりぽつりと木が植えられてはいるが、特に何も手入れはされておらず、雑草は伸び放題だ。


 春奈は不意にしゃがみ、土をひと握り掴んだ。

 それを指先でこねてみたり、匂いを嗅いでみたり、果てにはちょっと舐めてみたりして、土の様子をうかがう。

 

 鶯はそんな春奈を見て不思議そうに、「土、美味しいのか?」と尋ねてくる。美味しいわけがない。

 

 大通りや民家に面していないところはほとんどが未開拓の土地であった。

 所々に怪しい納戸などがあって、おそらくはよからぬ談合をしている者達の棲家か、村八分にされた者達の家なのだろう。

 

 時には、道の端に行き倒れている者達もあった。

 その者達はみな、腹や首などを斬られており、決闘や辻切りなどに敗れた武士たちであろう。


 時雨は雨ざらしのその死体に持って来ていた布をそっとかけてやり、


「あとで使いの物を出して、ちゃんと供養してやりましょう」


 と呟いて手を合わせていた。

 そんな調子でぐるっと横浜圏全体を練り歩いていた。

 民家が立ち並ぶ通りでは焼きたての煎餅を分けてもらったり、あるところでは圏邸の使いなんじゃないかとバレそうになったこともあった。

 何度も道草を食って、何度も土を食べた。

 

 そうしていたら、圏邸に戻る頃には日は傾いていて、裏門から部屋へと入った。

 一日がかりの城下町見学は、無事に終わったのであった。



* * *



 千歳の間の庭に、夕日が落ちている。

 

 縁側に座ってぼんやりと空を眺めて、春奈は今日見て来た街並みや、行き交う人々の言葉を思い出していた。朱色に染まる空は、東京よりも高く感じる。


「少し疲れたな。『ぷりん』はどうじゃ?」


 そうして座っていたら、後ろから鶯の声がした。

 作り置きをして冷やしておいたプリンを、調理場から持ってきたのだろう。鶯が小さい手で持った器を差し出してきた。


「春奈が眉間に皺を寄せているときは、難しいことを考えている時じゃからな」


 鶯はそう言って笑い、春奈の隣に腰をかけた。


「これはこれは、鶯殿がわざわざ持ってきてくださるとは恐悦至極」


 大袈裟に驚いて胸に手を置く。

 柳之助の真似じゃな? と鶯はけらけらと笑った。


「横浜圏の城下町は、春奈から見てどうじゃった?」


 春奈を探るつもりではなく、純粋な興味から出た言葉のようだ。カラメルソースを舐め、甘くて美味しいと匙を進める。


「私の住んでいたところとは全然違うけど、とても美しい町だった」


「そうか、わらわの自慢の町じゃ」


 と満足げに笑った。

 いつも底抜けに明るい彼女に癒されつつも、同時に、無邪気な鶯を春奈は羨ましくも思った。


 自分は大家族の長女だからしっかりしなければいけなかった。

 海外留学した時は、アジア人だと差別されたこともあった。

 社会に出ても、女で新人の自分の言葉には、誰も耳を貸さなかった。

 

 寝る間を惜しんで勉強をし、努力すれば未来は変えられると思っていた。


 しかし、努力ではどうしようもできない事もあるのだと、痛感することばかりだった。

 

 きっと鶯も今後、おなごだからと、幼いからだと、言われ傷つくこともあるだろう。

 

 プリンを無邪気に食べながら笑う、その笑顔を守りたい。


 そのためには、自分にはどんなことができるだろうか?

 嫌で嫌でしょうがなかった左遷先で、人と町を知れば知るほど、愛着が湧いてしまう。

 所詮自分は腰掛けの雑務長に過ぎないというのに。

 


 涼しい風が縁側の木々を揺らす。りん、と鈴虫が鳴いた。

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