第38話
結局時雨が買って全員に団子を配る。
鶯は喜んで両頬に頬張り、まるでハムスターの頬袋のようだ。
雪之丞も何も言わず黙々と食べ出した。
「うむ、弾力があって旨いのう」
「そうだろうそうだろう、おーいそこの御方も、団子一ついかがだい」
素直な鶯の反応に気を良くした主人が、丁度通りかかった他の客たちにも積極的に声をかけていく。
すると、勧誘した客から声が上がった。
「下らん、お主武士の癖に商人の真似事など。恥を知れ!」
と、声をかけられた二人組の武士は、通りに響くぐらいの大声で一喝すると、店主の手を振り払ってのっしのしと歩いて行ってしまった。
「おお怖い怖い。団子一つでむきになるなど、男の風上にも置けませんなぁ」
と両手に持った団子を食べながら柳之介が呆れたように言う。
まるで雪乃丞のような強情な武士だ。
時雨も同じことを思ったのか、雪乃丞の事をちらりと見たあと春奈に目配せして小さく笑った。
「やれやれ、ああいうお堅い武士さん達には骨が折れるよ」
店の若旦那はため息をつく。
「あんな感じの客は多いの?」
「そうだねぇ。確かに、俺達は武士だから、物を売ったり商売しちゃあ本当はいけないんだけどよ。
でも配給でもらえる食事だけじゃ味気ねぇし、金は欲しい。何より暇なんだ、俺達は。
戦をするのが本業の武士だが、もちろんこの狭い圏内で戦なんて起こらない。日がなぶらぶらと町をうろついて回るだけさ。
ずーっと前、本島と一緒だった時代には、町民や将軍様もいて、大規模な戦も起こって、食いっぱぐれもなかったみたいだけどよ」
むしゃむしゃと自身で焼いた団子を食べながら、若旦那は昔話を羨むように遠くを見つめる。
「だからああいう男たちは、自分の腕っ節を試すためや憂さ晴らしのために、適当に喧嘩を吹っ掛けて小規模な「戦」を自分から起こすんだよ。
お嬢ちゃん達も気をつけな」
「大丈夫、雪乃丞も藤次郎も、みなすごく強いのじゃからな!」
楽しそうに鶯が言うと、そうかそうか、と店主も頷いた。
「この道を真っすぐ行って、二個目の橋を左に曲がった細い路地に、俺みたいな不良武士たちが店を出している。
面白いから見てみるといいよ」
と、気のいい店主に道まで教えてもらって、お土産の分の団子まで買い、その店を立ち去った。
腹ごしらえも済ませてぶらぶらと歩いていると、何やら道の横に人だかりができていた。
何事、と春奈が慣れない下駄を履き既に痛くなった足を気遣いながら向かうと、町の中心を流れる細い川に橋がかかっていて、その横に看板が掲げてあった。
春奈は目を細めて看板を読むと、
「明朝より、橋の改修工事をおこうなうので、完了まで渡ってはならぬ」
と書かれていいる。
看板の横では、護衛隊の者らしき武士が何度も内容を読み上げ、集まった者達に聞かせていた。
藤次郎は、部下の働きに感心したのか満足そうに頷いている。
「ここにいる侍達は字が読めないの? 武士は博識だと思っていたけど」
「そうですね、圏ができたての頃、集まった武士達のほとんどが字が読めたと聞きます。しかし、時が経つにつれて少しずつ、読めない者が増えてきました」
「圏邸に勤める者の条件として、学がある者という限定もありますし。
拙者もかろうじて字は読めるのですが。もっと精進せねばなりますまい」
時雨と藤次郎がそう言うと、ふーん、と春奈は相槌を打った。
人々は次から次へと足を止め、何が書かれているのかと尋ねてくる。
護衛隊の者に見つからないように、ただの町人になりきりながらその場を立ち去った。
団子屋の主人に言われた細い路地に行ってみる。
入口は狭く、四方を建物に囲まれているのでずいぶん薄暗く日当たりが悪い。さっきまでいた大通りからは一本しか道が変わらないのに、随分な廃れようだ。喧騒が遠くに聞こえる。
歩き疲れたという鶯は、柳之介に肩車をしてもらっている。
雪乃丞は、治安の悪そうなその道を歩く際にさりげなく時雨を自分の体で守るようにしている。
千代丸は眉毛を撫でながら、なにやら神妙な顔つきだ。
「いらっしゃい、お客さん。見ていっておくれよ」
店先で煙管を吹かしている男は、だらしなく羽織袴を肩に掛けていた。
「ここでは何が売っているのじゃ?」
「酒だよ。君にはまだちょっと早いかもね」
と笑ってふう、と煙を吐いた。
鶯がむせ返り、「煙たいぞ!」と言ってそっぽを向いた。へそを曲げてしまったようだ。
店先には様々な大きさの酒瓶に、色とりどりの紙が貼ってあり名前が書いてある。
藤次郎が持ち上げた酒瓶には、丸々一匹のマムシがとぐろを巻いていた。
漢方の類だろうか。おおお、と歓声を上げるも、少し気味が悪いです、と藤次郎は元の場所に戻した。
「あら、この『夜桜』なんて、美味しそう」
薄い桃色の酒瓶に入って、達筆な字で「夜桜」と書かれている酒は、数枚の桜の花びらが入っており、確かに可愛らしい。
旅行先なんかで売っていたらOLに人気が出そうだと春奈は思った。
「お姉さんの目が高い。それは、貴女みたいな人をさらに美しくするお酒だよ」
「どういうこと?」
店の男がにやり、と笑って、酒瓶を持ったまま春奈に耳打ちした。
「貴女がこれを夕餉の時に一口飲むとするだろう?
そうすると、たちまち布団に入る頃には酔いがまわり、体がいつも以上に熱くなる。肌は桃色になり、いてもたってもいられなくなる。
まさに、貴女自身が夜に咲く桜となって、普段より一層乱れることができる、魔法の酒さ」
「買った」
後ろで聞いていた柳之介が即答した。
鶯を肩車したままの態勢で、懐から十数枚はある横浜圏の紙幣を取り出すと、主人の手に無理くり握らせた。
「毎度あり。こんな頂いちゃっていいの?」
「構いません。それにはそれだけの価値がありますからな」
「あの、」
「今、乱れた黒船殿の姿を想像しただけでこの柳之介、もう冷静ではいられません」
時雨の制止の声も虚しく、柳之介はかなりの値段で酒を購入すると、両手に収まるほど小さいその酒瓶を大事に抱え持った。
後ろでは雪乃丞が、「失礼致します」と依然肩車をしたままだった鶯を柳之介の肩から下ろし、千代丸に預けていた。
「日々、雑務長の重圧と不満が溜まっている黒船殿を、この酒で解放させて差し上げましょう。
丑三つ時、うるんだ瞳で貴女はこういう、『先生、私、初めて見た時から先生のこと――』それからはめくるめく大人の時間ですぞ。
大丈夫、ちゃんと風呂で体を綺麗にしてから待ってますから」
ずい、と時雨に歩み寄って、いつもの通りの内容の無いマシンガントークを始める。
「黒船殿、この柳之介と一緒に咲き乱れましょう!」
「いい加減黙らんか!」
柳之介の愛の叫びと、雪乃丞の憤怒の叫びがこだました。
雪乃丞の振り上げた拳が垂直に柳之介の頭に落ちる。
「痛っ!」と頭をさすりながら柳之介が振り返る。
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