第10話

 春奈は時代劇の撮影セットに紛れ込んでしまったような錯覚に陥った。

 ゆるふわ愛されウェーブをしたOLも、ユニクロの服を着た主婦も、一人もいない。

 

 鞄の中からデジカメを取り出しておもむろに写真を撮った。

 正直言って半信半疑だったのだが、まさか本当に明治維新の起こる前の古き良き日本が存在するとは。


 通りがかりの侍をパシャリ。瓦屋根の茶店をパシャリ。

 勝手に一人で盛り上がっている春奈を、道行く人々は奇妙な目で見ていていた。



「本島からの…」


「外様が…」


 などとひそひそ言い合っている。



 満足した春奈はデジカメをしまうと、圏邸の場所を聞こうと近くにいた女性に話しかけると、女性は小さい悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。



 他の人に聞こうとしても、「あの、」と声掛けるだけでみんな逃げて行ってしまう。

 春奈が歩く方向には人がいなくなり、遠巻きな視線とひそひそ声だけが聞こえてくる。



 結構な時間かかって、茶店の男主人に「こっから旗が見えるだろ。あそこが圏邸だ」と教えて貰った。



 良く見ると、町の中心部あたりに黒い旗が高く掲げられている。

 礼を言い、そちらへ向かった。



 旗を目指して入り組んだ路地を歩いていたら、再び長い長い石畳の階段が目に飛び込んできた。

 今度は三百段はあるだろう。


 また階段か。この重い荷物を持って上がるのは嫌だなと思いながら、しかしこうしていても圏邸にはたどり着けないため、息を吐いてゆっくりと登りだした。



 頬を伝った汗はそのまま地面に落ち、それを踏みしめる。

 どこからともなくほととぎすの鳴き声が聞こえる。



 ようやく登り終わって汗を拭うと、瓦屋根の立派な屋敷が見えた。

 高くそびえたった黒い冠木門を見上げて、息を整えていると不意に、



「何用ですか」



 と声をかけられた。



 声のした方を見上げると、門の下、一人の青年が立ってこちらを見据えている。



 長い黒髪を一つに束ねた青年は、町中にいた男たちと同じく袴を穿いており、脇差を腰にさしていた。

 二十代と思しき青年は精悍な顔立ちをしており、その眼力は鋭い。



 春奈は少し面食らいながらも、



「本島より来た藤川春奈と申します。この度は――」



「存じております。圏主様がお待ちですので、どうぞこちらへ」



 言い終わる前に言葉を遮って、青年は踵を返して門の中に入っていった。

 慌てて、その背中を追いかける。


 石畳が敷かれた道を歩いていると、向こうに圏邸の入口が見えた。



 春奈は斜め前を歩く青年の横顔をそっと覗き見た。

 ここからは全く表情がうかがえない。

 しゃんと伸びた背筋。歩くたびに黒髪が揺れる。



「あの、あなたの名前は?」

 


 沈黙に耐えかねて春奈が問うと、青年はちらりと視線をこっちに向けただけで、また前を見てしまった。


 

 むっとしたが、丁度ジャケットのポケットに入れっぱなしだったスマホが着信を告げて震えていた。



 無事に入圏できたか、という会社からの確認の電話であろう。

 スマホを慣れた手つきで取り出し、指でロックを解除しようとした。




 ―――瞬間、ひゅんっと風を斬る音がして、目の前を何かが通ったと思ったら、スマホが真っ二つに斬られていた。


 

 画面の半分がゆっくりと宙に舞い、内蔵されている部品を撒き散らしながら落ちてくるのが、何故かスローモーションで見えた。

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