第10話
「刃、紅咲、援護して! 私が近接でぶん殴って、この刀を何とかする!」
「お、おう、気をつけろよ!」
刃は結界符を準備し、紅咲は私の動きをサポートするべく視覚情報を共有してくれるらしい。
灰神楽は悠々と刀を振りかざす。その刀に呪力の火花が散り、紫色の稲妻が巻き起こる。私は全身に呪力を集中し、一気に駆け出す。
「はあっ!」
一閃。灰神楽の刀が空を切り裂き、横薙ぎの斬撃が迫ってきた。私は寸前で飛び上がり、宙返りしながら回避――足に呪力を込めて空中で位置を制御する。
だが、灰神楽はまるで見えているかのように刀を振り上げ、私の着地点を狙って第二撃を放ってくる。紫色の斬撃が床をえぐる音が響き、コンクリ片が舞う。
「くっ、早い……」
私は何とか体をひねってかわせたが、僅かに切っ先が肩をかすめた。ジリジリと痛みが広がる。呪力を断ち切る性能があるかもしれないこの刀、まともに当たったら即死レベルだ。
「すごい反射神経だな。だが、何度も避けられるかな?」
灰神楽が再び刀を構え、今度は突きを繰り出す。私は思い切り床を踏み、右腕に全呪力を集めてカウンターを狙う。
(ここで怯んだら終わり。私はパワーで押し切る!)
ガキィンッ! 刀と拳が正面衝突。紫の閃光と紅い衝撃波がぶつかり合い、お互いに弾き飛ばされるように後退した。私は痛む腕を押さえながらも踏みとどまり、灰神楽は刀を振る手が痺れたのか少し表情を歪める。
「ほう……俺の“斬魔の刃”を受け止めるとは。やはりただ者じゃないか」
「こっちこそ、あんたの刀も厄介すぎる……」
私は息を切らしながら構えを取り直す。正直、一発目の衝突で腕がジンジンしている。だけど負ける気はしない。ここで押し切れば勝てる。私には無尽蔵の体力がある……はず。
「千花、行くぞ!」
後方から刃の声。その瞬間、周囲に結界札が舞い、灰神楽の足元に光の帯が巻きつく。「動きを鈍らせる結界符だ、今のうちに!」と刃が叫ぶ。
「ナイス!」
私は飛び込む。灰神楽は結界符の拘束を何とか振りほどこうともがくが、完全に自由には動けない。絶好のチャンス。
「終わりだッ!」
呪力を限界まで引き上げ、右拳を全力で振り抜く。拳が空気を割り、熱いエネルギーが指先から溢れる。
ドガァンッ!!
凄絶な衝撃音とともに、灰神楽の胸元を拳が捕らえた。瞬間的に紫の火花が散るが、私の衝撃が勝り、灰神楽の体が吹き飛ぶ。
「がはっ……!」
彼は壁に激突し、ゴシャリと崩れ落ちた。意識があるのかないのか、うめき声がかすかに聞こえる。
「やっか……!?」
私が肩で息をする中、紅咲が具視能力で確認する。「生きてるけど……もう戦えないっぽい」と言う。刃はすぐに封印符を手に走り寄ろうとする。
……だが、そこで不意打ちのように奇妙な気配が走った。
「ククク……まだ終わらないさ。俺が倒れても、斑鳩会の計画は進む。お前ら術師は地獄を看取るしかない……」
灰神楽が血を吐きながら笑っている。彼の背後の壁が崩れ、さらに奥から強烈な呪力が流れ込んでくるような感覚がある。
「こ、これは……?」
紅咲が青ざめる。刃も「やばい、何か来るぞ!」と叫ぶ。私も体が総毛立つ。何かとんでもない化け物が目を覚ましたかのような圧力。
その時、灰神楽の身体から紫色の霧が立ち上り、うねりながら人型の姿を形成し始めた。まるで灰神楽の呪力が暴走し、独立した呪霊になったように見える。
「人柱か……! こいつ、自分の肉体を器にして何かを召喚してる!」
貴瀬さんがやっと動き、駆け寄ってくるが、間に合わない。紫の人型は灰神楽を取り込むように合体し、その姿を大きく変える――四本の腕を持ち、角の生えた鬼のような形相の呪霊だ。
「ぐおおおおっ!」
咆哮を上げて立ち上がり、目が赤く光を放つ。さっきの灰神楽より格段に凶暴そうだ。
「悪趣味な形だな……けど、こっちもやるしかないね」
刃が汗を流しながら言う。貴瀬さんは苦い顔で「夜見さん、無理はするな。こいつはさっきより厄介だ」と忠告してくれる。
だけど、時間がない。このまま暴れられたら建物全体が崩壊して死者が出るかもしれない。私は拳を握りしめる。
「いいえ、私がやります。……もう腕も痛いけど、それでも大丈夫。今ならきっと倒せる」
正直、体のあちこちが悲鳴を上げているけど、やれなくはないはずだ。増幅呪力をもう一度フルパワーで引き出せば、この鬼のような呪霊をも粉砕できると信じている。
鬼は私に狙いを定めると、四本の腕を同時に振りかぶってきた。力任せの攻撃だけど、その一撃はかなり重そう。まともに受けたらやばい。
「千花、横から刺すよ!」
刃が結界札を投げ込み、鬼の足元に絡みつく術式を展開。紅咲はさらに視覚支援でタイミングを計ってくれる。「今だよ!」
「いっけええええっ!」
私は地面を踏み抜く勢いで前進し、鬼の懐へ滑り込む。振り下ろされた腕をギリギリで躱し、両腕の合間から胸部を狙う。
全身の呪力を拳へ集める感覚。頭がクラクラするほどの圧縮エネルギー。これを外したら自分もただじゃ済まない。慎重に、かつ豪快に――。
「はあああああっ!!!」
渾身の拳。まるで衝撃波が目に見えるように、鬼の胸を抉る。ゴウッという爆音とともに、鬼の肉体が大きく後ろに反り返り、背骨がボキボキと裂ける音がした。
「ぐ、があああっ……!」
鬼の断末魔。体が崩れていく。さっきの灰神楽とは比べ物にならない程の呪力を感じるが、それでも私の一撃が勝った――そう確信した瞬間、私は膝から力が抜けてその場に倒れ込む。
「やば……力、使いすぎた……」
腕がビリビリ痺れて動かない。体力だけは自慢だと思ってたけど、さすがに限界超えてる。
「千花!」
刃と紅咲が走り寄ってきて、私を支えてくれる。貴瀬さんも駆け寄り、鬼の残滓が消えていくのを確認する。どうやら灰神楽の呪術は完全に断ち切られたようだ。
「お見事だ、夜見さん。君のおかげで最悪の事態は免れた。……でも、もう動くな。治癒班を呼ぶ」
「は……い……」
私は頭がクラクラして、倒れそうになる。聞こえてくるのは仲間たちの安堵の声と、瓦礫が崩れる音だけ。
(ばあちゃん、見てる? 私、やったよ……もっと強くなれるかな)
意識が薄れながら、そう心の中で呟いた。
***
「――起きた?」
どこかで声がする。ゆっくり目を開けると、そこは学院の医療室だった。天井に蛍光灯。私の右腕は包帯でぐるぐる巻きにされて、少し痛むけど動くことはできそうだ。
「あ……刃?」
ベッドのそばには刃が座って、携帯をいじっていた。顔に小さいバンソウコウが貼ってある。そうか、彼もあれだけ戦って傷を負ったんだ。
「よかった、やっと目覚めたか。三日くらい寝てたぞ」
「三日も……!? そんなに……」
驚きつつ体を起こす。少しふらついたけど、そこまでひどいダメージじゃないみたい。
「腕の傷は呪具の影響で治癒が遅れてたけど、特別な治癒術のおかげで何とか回復。あんた、ほんと無茶するよな」
刃は呆れ顔で苦笑する。私としてはやれることをやっただけなんだけど。
「灰神楽……あの呪詛師は?」
「完全に沈黙。生きてたけど、もう再起不能だって。貴瀬さんが封印して、呪術当局が引き取ったらしい」
よかった。あれだけの惨事を招いた連中が野放しにならなくて済む。
「“熾朱ノ環”の欠片はどうなったの?」
「奴らが持ち出してた分は回収されたよ。ただ、完全体を狙う別の勢力がまだいるかもしれないって話で……。だから、まだ安心しきれないね」
刃が小さく肩をすくめる。そうか、これで一件落着ってわけにはいかないんだ。呪詛師や呪霊との戦いはこれからも続く。
そう思うと、私の胸には覚悟と同時に不思議な昂揚感が湧いてきた。もっと強くなって、もっと多くの人を守らなきゃ――そんな思い。
「とりあえず、今は休め。榛名先生や紅咲も心配してるぞ。あいつら、ずっと交代で看病してたんだぜ?」
「そっか……ありがたいね。あとでお礼言わなきゃ」
私はシーツを握りしめ、静かに決意を新たにする。まだまだ私にはやるべきことがある。ばあちゃんの遺言どおり、“強い力”を人のために使わないと。
その日、夕方になると貴瀬さんや紅咲、榛名教諭も見舞いに来てくれた。皆が口を揃えて言うのは「よくやった」という言葉。だけど、私は「もっと上を目指せる」と感じていた。
数日後には普通に授業に出られるほど回復し、私の日常が戻ってきた。学院の仲間たちも私を“フィジカル最強”なんて冷やかす。
「ねえねえ、ちょっと腕相撲してみてよ」
と上級生にからかわれたりするけど、実戦はもっとシビアだ。そんな遊びで油断していたら命を落としかねない世界に、私は足を踏み入れているのだ。
だけど、私は怯まない。むしろ闘志がみなぎる。ばあちゃんが言ったとおり――私には人を守る力がある。それをもっと伸ばして、呪いに苦しむ人たちを救いたい。
この学院には同じ志を持った仲間がいる。刃や紅咲、そして貴瀬さんや榛名教諭。みんなで支え合いながら、私はさらに強くなる。
ところが、そんな私たちの前に新たな“試練”が訪れるのは、そう遠い日のことではなかった。呪詛師や特級呪具を巡る陰謀の裏には、さらに巨大な“闇”が潜んでいるという噂が、徐々に学内を駆けめぐり始めていたのだから。
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