じゃれついてくる年下な女の子たち、俺への好きがバレバレ。
陸奥こはる
00:ぷろろーぐ
高等部二年の佐古代吉は、影も存在感も薄く、学校では目立たない男子生徒である。いわゆる〝ぼっち〟というやつだ。
ただ、その一方で、とある事情にて学校側の困り事を頻繁に引き受けるようにしていたりと、なんだかんだと忙しい毎日を送っていたりもする男の子でもある。
そんな代吉は、今日もまた放課後に学校から頼まれた雑事を一つこなし終えると、こそこそと一年生の教室がある階へと赴いて物陰に隠れ、ひょこりと顔を出して廊下の先を見つめた。
代吉の視線の先にいたのは――一学年の女子生徒、花曇桜咲である。代吉は別にストーカーをしているというわけでもなく、こうして桜咲の様子を窺うのは、個人的に大事なことだからである。
――それで、思わず笑っちゃったんだよね。
――それは確かに笑っちゃうね。
――でしょ? ……ん? 代ちゃん先輩? また来てる?
桜咲が代吉の視線に気づき、こちらを向いた。
代吉は慌てて顔を引っ込めた。
見つかっては意味がない、と常々思ってはいるし、ぱっと見てすぐに去るようにしているのだが、女の子という生き物は気配や視線には敏感であるようで……。
代吉が桜咲に見つかるのは今回に限った話でもなく、度々バレてしまっていた。
(どうしていつも見つかってしまうんだ?)
今では〝代ちゃん先輩〟等という風にまで呼ばれ、隙があれば絡まれるようにもなってしまっている現状に、代吉は溜め息の一つも出そうになった。
そして、やはり今日も桜咲に見つかってしまったのだ。まもなくして、にやにやと笑う桜咲が代吉の前にやってきた。
「代ちゃん先輩どうしたの? あ、そっか一人じゃ帰れない感じかな? つまり……
「一緒に帰るつもりはないっ……おててを繋ぐ気もない……とにかく、元気そうで何よりだ。じゃあな」
「あ、逃げた! 待って……速っ!」
代吉は今まで、桜咲に見つかる度に逃げ続けてきた。そのお陰で、逃げ足だけは速くなっており、あっという間に桜咲を振り切った。
代吉は桜咲の声が聞こえなくなったところで、一度振り返った。すると、桜咲の姿はもう見えなくなっていた。
今日も逃げ切れた、と代吉は安堵しつつ、もう帰ろうと思い昇降口へと向かった。だが、そんな代吉の目の前に、今度は見知った顔の中等部の女の子が立ち塞がった。
山茶花椿。
代吉の従妹である。
中等部と高等部は棟が離れているので偶然出会うことはなく、つまるところ、椿は代吉に会いにきたのだ。
しかも、友だちも引き連れてきたらしく、その背後には中等部の女の子が五人いた。
椿は代吉を指差すと、
「これが高等部にいるうちの従兄! よわよわのザコだから皆で連れ回すべし!」
椿も年頃の女の子ゆえか、桜咲同様になんとも生意気な女の子だが……要するに椿は代吉で遊びたかったようだ。
しかし、代吉も年下の女の子たちに混じって楽しめるような性格ではなく、桜咲の時と同様に逃げることにした。
「ザコが逃げた! 追いかけろ~!」
「おっけー」
きゃっきゃしながら椿とその友だち達が追いかけてくる。だが、鍛えられた代吉の逃げ足の速さに追いつくことはなかった。
椿の「待て~」という制止の声を置き去りにし、代吉は校門を抜ける。と、その時だ。鞄の中のスマホがチャットの通知音を発した。
「……エレノアさんか」
送り主は英語教師のエレノアで、文面は『今日の幸子の迎え、よろしくお願いです』であった。エレノアとは、色々と事情があって代吉も親密な仲であったこともあり、娘の幸子の迎えをこうして頼まれることが多くあった。
住んでいる場所も、同じマンションどころか部屋が隣同士でもある。
代吉はスッスッと指を動かし、『わかりました』と返事を出してから、寄り道せず幸子の通う小学校近くの学童保育へ向かった。
学童保育では、幸子が友だちの女の子と一緒に遊んでいた。代吉が声をかけると、幸子は友だちに別れを告げ、自分の通学鞄を抱えて小走りでやってきた。
「だいきちー! 今日はママじゃないのか……」
「今日はママじゃなくて俺だ。ほら、帰るぞ」
「そーいえば、今日は『いけいけマチちゃん』の配信日だ」
「帰ったら一緒に見ような。無料なの配信日だけだから、見逃すと課金しかなくなるしな。エレノアさんが課金は絶対許さないもんな」
「だいきちがこっそり課金してくれてもいーのだぞ?」
「状況次第だな」
代吉の年齢を考えれば、過ごす毎日は、騒がしくはあっても決して楽しいとは言えないものである。彼女がいるわけではないし、年下の女の子たちからは好き勝手なことを言われるし、友だちだっていないのだ。
そのくせ、やるべきことはあったりする。
しかし、代吉は自らの今を疎んだりはしていなかった。その理由は色々だ。ただまぁ、突き詰めて言うのであれば、代吉がそういう人間だからだ。
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