10年間、ずっと好きでした。本当の"許嫁"になってもいいですか?

AM

第1章

1-01 幼馴染

 もし、あの時こうしていれば。


 誰だって一度はそんな風に思うことがある。俺も例外じゃない。


 蓑上伸二みのがみしんじとして生まれ、これまでそれなりに恵まれた人生を歩んできた。


 それでも──たった一つ、どうしてもやり直したいと願う過去があった。


 俺には椛木琴音かばきことねという同い年の幼馴染がいる。


 彼女とは家が近所で、両親同士の仲が良く、物心つく以前より付き合いがあった。


 最初は、ただ親に連れられて一緒に遊ぶだけの”親の友達の娘”という認識だった。


 でも、その関係は時間が経つごとに変化していく。


 俺たちは親の意向で、同じ幼稚園に入園した。


 新たな環境で、初めて関わる同年代の子供たち。平均的な子供であれば、一か月もしないうちに友だちを作り、周囲に馴染んでいく。


 俺は環境に適応した一人だったし、周囲もそうだった。でも、椛木は違った。


 彼女は極度の人見知りだった。誰かに話しかけられると怯えて固まるか逃げてしまうし、会話はおろか、目を合わせることすらできないありさまだった。


 そんな状況だったからだろう。彼女はいつもべったりと引っ付いてくるようになった。


 幼稚園という環境下で、唯一以前から関わりのある相手だったから、安心できたのかもしれない。


 当時は非常に困惑したのを覚えている。


 だけど、それ以上に、うまく周囲に馴染めず俺にすがる彼女を見ていると、自然と胸が締め付けられて──放っておけない気持ちになった。


 それから俺たちの一緒にいる時間は増えた。家に帰ってからも、休みの日も、二人で過ごすことが多くなった。


 あの頃、俺には椛木以外にも友達はたくさんいたが、誰と遊ぶにしても、彼女を優先していた記憶がある。


 それは庇護欲だけでなく、幼心ながら、もっと特別な感情があったからで──。


 ある日、いつでもどこでも二人でいる俺たちに、お互いの両親はこんなことを提案してきた。


「どうだ。伸二、琴音ちゃん。お前ら二人、許嫁になるってのは」


 当時、言葉の意味はわかっていなかった。


「許嫁ってのはな? 二人は将来、結婚するって約束をすることだ」


 流石に結婚の意味は知っていた。


 赤面して俯いた。椛木も同様だった。


 親たちは「いいわねー」「結婚したら夢があるよな」と楽しそうだった。


 当たり前だが、冗談で言ったのだろう。


 幼い俺ですら冗談と理解していたが、照れくさくて「そんなのしらないよ!」と一蹴しようとする。


 だけど、その前に、おっかなびっくり、こちらを窺いながら椛木が口を開いた。


「わたしは……いいよ?」


 彼女はあどけない頬をれたりんごのように赤くして、真っすぐに視線をこちらに向けていた。


 俺は、湯を沸かすほどに火照った身体で、なんとか平静を装いながら「お、俺も……」と答えたのを覚えている。


 あの頃、椛木のことが好きだった。ずっと一緒にいたら、いつの間にか好きになっていた。


 そんな彼女から意を決したようにそう告げられたら、同意するしかなかった。


 親たちは酷く驚いていたが、同時にとても喜んでいたと思う。


 そこからは記憶が曖昧で、よく思い出せない。


 あの時、漠然としてだが、将来椛木と結婚するのかなと本気で考えていた。


 これだけ仲が良かったし、言わずもがなお互いに想いあっていたのだ。


 彼女以外と結ばれる将来なんて考えられなかった。


 だけど、幼少期の将来予想なんてあたるわけもなく、高校生になった今、俺たちは疎遠になった。


 原因は引っ越しとか、進路が別れたとかそういうのではない。思春期に入ったからである。


 小学校に進学すると、低学年・中学年の時はそうでもなかったが、高学年以降、教室内に男子は男子で固まり、女子は女子で固まる──そんな空気が充満した。明確に性差を意識し始めた時期だった。


 異性と共にいれば、からかいの対象となる。俺たちはお互いを避けるようになった。


 二人の関係は時間が経つにつれ、徐々に希薄になっていき、男女交際を明確に意識するようになった中学生の頃にはもう、ただの同級生になっていた。


 昔はお互いを名前で呼び合っていた。だが、今では時折会話をすることがあれば、苗字で呼んでいる。まるで、過去にあったことを全て忘れたかのように。


 もし、あの時こうしていれば──俺にとっての明確な後悔は、この時期の椛木に対する行動全般だ。彼女を好いていながら、傷つける行いをした記憶もある。ただの同級生に戻っても仕方ないだろう。


 そんな俺と椛木だが、腐れ縁なことに小学校、中学校、挙句の果てには高校まで同じ学校に進学した。


 何なら今は、クラスも一緒である。


 そもそも、なぜ今さら疎遠になった幼馴染との話をしたのかと言えば、つい最近、彼女と俺の間でがあったからだ──。


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