第81話 先輩の差配
二日掛けて主だった騎士以上と面談し、先輩は家臣を四組に分けていました。
・母個人に忠誠を誓っていたもので内政で優秀な成績をあげていたもの
・母個人に忠誠を誓っていたもので上記以外の者
・私個人に忠誠が向かっていたもの(セバスチャンとか少数)
・それ以外(中立や様子見ですね)
紋章の強さや反乱に加担していたかどうかを、先輩は重視していませんでした。というよりも完全に無視していました。そもそも資料に書くところがありません。
代わりに父に注進しようとして殺されたか飛ばされたものがいるはずだと推理して、先輩はその人たちを忠義者として褒め称えるように父に伝えていました。殺された者の遺児がいれば母に忠誠を誓っていた家に、養子ののち当主に挿げ替えるという形もしています。これで遺児が早くに死ねば家を取りつぶすとも宣言するように伝えています。政治的には中々良い手ではあると思うのですが、これでは紋章が受け継がれない可能性があります。
「あの、紋章を無視していいんですか」
私が尋ねると、先輩はにこにこして口を開きました。
「紋章は忠誠心や能力を保証しないからね」
「そ、そうでしょうか。忠誠心はともかく能力については紋章こそが中心になるのでは」
「そこが勘違いでね。実際に君が覚えている紋章と、今回の結果をつき付き合わせてみようか」
先輩は忙しいはずなのですが、時間をかけて私の疑問解消に付き合ってくれました。とても嬉しいのですが、私がやりたいものは、その、もっとたわいもないお喋りだったので微妙な気分です。こちらが盛大に迷惑をかけているので口には出せませんが。
なんだか悲しくなってきたら、先輩ははいはいと言って肉スープを出してきました。違うんですが、まあいいです。
スープの湯気にあたりながら資料を見ます。いくつかの家の当主の紋章と、今回の働きを比べると、あまり、というか全然一致していませんでした。
「なんでこうなるのでしょう」
「そこも資料にあると思うが、例えばここの家の当主は官僚の紋章を持っているが全然活躍できていない。ここを見てごらん」
「当主病気」
まあ、それはそうというか、もっともな話です。たしかにこれは紋章なんて関係ありません。さらに資料を見ると病気は表立った理由で実際には税金の横領で実権を全部奪われていたようです。これもまた、紋章とは関係がない話です。
「なる……ほど?」
「紋章は才能や教育と同じで実力を形成する要素の一つでしかないんだよ。そればかり気にしても仕方ない」
「え、でも」
私の狼狽を、先輩は優しく受け止めます。
「紋章が強いのと、実際成果をあげるのは別、というだけだよ。まずは結果を出している人を抜き出して、そのあとで紋章を見てもいいんじゃないかな」
先輩はさらりとこの国の、いえ、この世界のありようを否定してみせました。肩肘もはらず、意気込みもなく。
急に背筋が寒くなりました。紋章とは別の感覚で、目の前にいるのがドラゴンかなにかに見えたのです。
先輩は考える要素が一顧減るので迅速に処理できるしね、と言った後、本当に紋章を全部無視して人の割り振りをやりました。意外だったのが中立と反乱に加担していた人たちで待遇に差がなかったことです。これについても私が尋ねると、先輩は優しく答えてくれました。
「君の母上の方が、圧倒的に優勢だったんだよ。この状況で中立を貫くというのは単に優柔不断なだけだよ」
「その話だと、母についたほうが良い、とも受け取れますが」
「少なくとも情勢判断は正しかったと思うよ」
先輩はこともなくそう言って表情を改めました。
「問題の本質は君の父上の家内統治がうまくいってなかったことにある。その意味では反乱に加担した家臣たちはその被害者ともいえる。どうしようもない者以外については不問にするのがいいだろうね」
「どうしようもない……」
「あの司祭とか」
母と深い仲だった司祭です。まあ、そうですよね。個人的には当然だと思います。適当なところで私を追い落としたりして剣聖の紋章が出てこない別の血が当主をやっていた可能性もあるわけで、それはミヤモト家としては許容できません。お兄様がいたからこそ出来た火遊びであることを、お母様は認識していたのかどうか……
「なるほど」
「まあ、それをのぞけば本来、第一夫人と第二夫人の争いの責は当主がとるものだよ。家を統治できない者が領地を統治できるわけがない、というのは領主貴族においては完全に正しい」
先輩はこれについては辛辣でした。父にも直言したようです。非はあったにせよ、良く父が飲み込んだものです。母の件でこたえているのかもしれません。
「先輩は……」
「うん?」
「先輩はすごいですね……こんなにてきぱきと、紋章もないのに……」
「いや、単に僕にしがらみがないだけだよ。本当は家中の家臣の挿げ替えや処罰なんてそんなに簡単にはできない。昨日まで顔を合わせていたような人たちだからね。僕が資料だけで決めつけられているのは部外者だからだ。そこを忘れてはいけないよ。僕の言葉にひっかかりがあったとすれば、それはそれで間違ってはいないんだ。すべては理屈ではない」
先輩は優しく言いました。歳を経てひどく賢くなった老ドラゴンのような印象を受けます。卑小な人間に、教え諭すように。
「すべては理屈ではない」
「そうそう。僕を助けたのも理屈じゃないだろ」
「はいっ。それについては自信があります」
「うんうん。それでいいのさ。今僕が生きているのは理屈ではない。それは僕が何よりも知っている。僕の資料も単に従うんじゃなくて、理屈でない部分と折り合いを見ながら考えてほしいな」
本当は、私が何かしないでも王女は解毒したし、先輩は死ぬには至らなかったと思います。なので先輩の慰めは効果は半分くらいです。まあでも、好きなのですが。唐突ですが、先輩が好きです。好きで好きだということに、今更気づきました。というよりも再認識しました。
若干優秀な先輩が先輩感なかったのですが、今の先輩は先輩だった気がします。
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