雨の日の剣聖さん

第72話 演技の裏側

　その言葉は本心。でも私は、だから嫌い。

’’寂しいから反乱鎮圧に行くやつを初めて見たわ’’

　私が念じると、画面には何も表示されなかった。でも分かる。あいつ笑ってる。

’’協力してほしい’’

’’何を’’

’’地図を書くのでそこにみんなとその機体を連れて行ってほしい。飢饉対策の決定打になるはずだ’’

’’決定打？　戦争の道具でどうやって飢饉を回避するのよ。あんたの性格じゃ他から奪うようなこともないだろうし’’

’’実際その通りだね。なに、行ってみればわかるよ’’

’’もったいつけるな。ばか。まあいいけど。地図はどうやって渡すの’’

’’一芝居打ってもらおうと思って’’

’’私に？……まあいいけど’’

’’妹にやらせようとしたらだめだよ。ミヤモト嬢は君の妹の声を覚えている可能性が高い’’

’’じゃあ無理よ。私にお芝居なんか無理’’

　返事が、ない。

’’いや絶対むりだから、ほんとに無理だから’’

　またも返事がなく、私は必死に念を送った。

’’小さいころに旅芸人を真似してお芝居ごっこしてたけど妹に大笑いされたんだから！’’

’’それは見たかったな’’

’’私がずっと一方的に見てたからって……’’

’’仕返しとかじゃないよ。単純に小さい頃のミレーヌを見てみたかっただけさ’’

’’演技がボロボロでもしらないから’’

’’大丈夫。信頼しているよ’’

’’ばかばか信頼すんな。絶対無理、噛む、噛むから。あと挙動不審になる’’

’’大丈夫だよ’’

’’あんたの大丈夫ほど大丈夫じゃないものも少ないって知ってた？　私に数学教えた時だって……’’

’’いつだって成功しているだろう’’

’’死ぬほど大変、ぎりぎりだったって言ってんのよ’’

’’余裕があるとは言っていない’’

’’ほんと最悪だからねその性格。大体なんで一芝居打つのよ。素直にあの暴走剣聖に言えばいいじゃない’’

’’骨の髄まで貴族、というべきなんだろうな。彼女や彼女の家はなんの悪意すらなく飢饉対策を政治の道具として扱うだろう。だがそれでは困る。遅れるのも取引の道具にされるのも一部だけ助けるのもなしだ’’

’’お人好しが過ぎるわよ’’

’’それぐらいがちょうどいいのさ’’

’’利用されたり裏切られて泣いても知らないから。それでどんなお芝居すればいいのよ。あと棒読みだからね。絶対’’

’’棒読みで大丈夫な役にするよ’’

　私は画面を何度も叩いた。なんであんなやつが勇者の紋章持ってたんだろう。

　というよりも、今のほうが勇者ぽいとか何、なんなの。

「おねえちゃんどうかした？」

「どうもしてないわよ。あんな唐変木」

「声ちっさ」

「うるさい黙れ」

　それにしても、どこをどうやって文字を送るなんて芸当をチェスペースに仕込めたんだろう。チェスピースを作った古代の魔法使いの生み出した技法、それを紋章にした者だけがチェスピースをつくれるはずなのに。ドワーフがチェスピースもどきを産み出していたのは知っているけど、アリマはそれ以上の芸当をやってのけている。

　勇者の紋章……の効果でもない。そもそも紋章がないんだからできない。じゃあなに。

　私に秘密で、というのがどうにも気に食わない。口に出したら負けたような気になるので黙っているけれど。

　それにしてもあの暴走剣聖、何を考えているんだろう。王女さまがアリマに執着するのは分かる……アリマは救いを求める人を妙に引き付ける。誘蛾灯のように。でも、あの暴走剣聖は病んでいる方向性が違う、というよりも救いを求めていない。

　なんでアリマに？　実は深刻な悩みとか持ってるのかしら。王女は絶え間ない紋章の殺人衝動と戦っていたようだけど。

　顔をあげると、セリフが書き出されていた。私は女騎士の役だった。なるほど。後ろに男爵が乗っていて言わされているという設定と。

　確かにそれなら私が噛んでもなんとかなりそうな気がする。

　ふーん。なによ、私は頼りにならないっての？　腹立つー。