第70話 小さなトリック(下)
私は引っ込みました。梯子を滑り降りて寝室に。
寝室を開けると、血だらけの先輩が倒れていました。しかも半裸で。
あまりのことに絶句して、我に返ったのはしばらくしてからです。
「どうでしょうか」
という声が外壁越しに聞こえて、我に返りました。
「なんで敵がいないところでやられているんですか!!」
またもポーションを使いつつ身体をゆすると、先輩が目を覚ましました。
「やあ。ミヤモト嬢」
「やあじゃない!!」
「実は仲直りしようと思って絵を描こうと思ったんだけど、思いのほか血が足りなかったみたいで」
「そもそも血で絵を描こうなんて思わないでください!!」
「そうなんだけどね。画材がなくて」
「もう……」
私の涙を、先輩は珍しそうに見ています。
「私が泣くのがそんなに珍しいですか」
「ああ、すまない。それでなんだっけ」
あのーという声が外壁の外から聞こえて私と先輩は外を見ました。
「なんだい、今の声は」
「先輩、書き損じの布を捨てたりは……」
「ああ、やったな」
「すぐ行ってきます」
「待ってくれ。そこは私が話をしよう」
先輩が立ち上がり、布を腰に巻きなおしながら言いました。
「先輩がいかなくても。それに血で汚れて……」
「まさに血で汚れていた方が話が早い。おそらく
先輩は何食わぬ顔で言います。私は先輩の顔をまじまじと見ました。
「し、信用していいのでしょうか」
もちろんだ、という顔。
「僕は敵じゃないよ。それに、ここで別の勢力だか貴族と揉めると、話がさらにややこしくなってしまうから。制御不能になるのは避けたい」
それは確かにその通りです。私は付き添いますと言って先輩についていきました。
逃げ出すことはない……とは思ったのですが、どうも嫌な予感がしたのです。
先輩は黒いロード級を見ると少し笑うと、和やかに話を始めました。
「お騒がせして申し訳ない。茶人で画家の林窓庵と申します」
「血だらけですが?」
「ええ、血で描いたら面白い絵がかけないかなと思いまして」
先輩が言うと、先方のロード級は絶句していました。分かります。
「画家というのはそんなに……へ、いや、変わったことを」
「思いついたら試さずにはいられず……誰にも迷惑をかけたつもりはなかったんですが、このたびは申し訳なく」
先輩は頭を下げました。
「ええと」
先方は困っている様子。あまりの話に正直、話を終わらせて何もなかったとしたいのでしょう。分かります。
しかし先方は、ここから粘りました。職務に熱心なのはいいことですが、侯爵と相対する男爵としては少し、踏み込み過ぎという感じです。
「その、証拠として、こちらで習得した布と、そちらの血の付いた布をつき合わせても」
「無視して大丈夫です。先輩」
「いやいや、いいじゃないか、それくらい」
「先輩の肌を他の人が見るのは嫌です」
先輩は変な顔をした後。じゃあ、すまないがこの辺で斬ってほしいと余っている布のところを出しました。確かに絵が描いてあります。
「単色の風景画ですね。血で描いたのでなければ素直に美しいとも言えそうですが……」
「本当は墨で描くんだけど」
「墨で描いてください……」
私はため息をついて手刀で布切れを切り離しました。先輩はロード級の手に握らせています。大きな機械の手が器用に布を握っているのを見てびっくりしました。
「すごいですね」
「だろう?」
「何で先輩が偉そうにしているんですか。戻りますよ」
もう用事がないでしょうと私が大声を出すと、先方は確かにこれだけの絵を描いているとなれば、納得するしかありませんと言って去っていきました。
先輩はにこやかに手を振った後、私についてきました。
「できれば監禁は辞めてほしいんだが」
「先輩がいい子にしているなら考えます」
そもそもこの人には監視がいる、と思いました。ナイトキャリアーの寝室に窓がないことに気づいたのは、それから、ずいぶん経ってからのことでした。
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