第42話 さざ波立つ剣聖さん

 翌日。私は元気に先輩に会いに行った。もちろん授業はちゃんと受けた。私の実家が私の成績不良を理由にいろいろ渋る可能性があるからだ。


 良い天気。先輩を探す。いつもいる校庭にはいなかった。教室を軽く見て、いないことを確認する。

 部室かな。今日は課外授業がなかったのかも。

 それで、部室の鍵を勢い良く開けて、口を開いた。

「先輩、飢饉対策について研究していましたね。資料を貸してください。悪いようにしません!」

「は? 今更何を言ってるんだい」

 そう言ったのは。先輩ではなくて、いつも私が座っている場所に座っている王女殿下だった。私を睨んでいる。

 なぜか、ものすごく敵対的な態度と口調だった。覚えがない上に貴族の常識に照らしても、ありえない。

「ええと。王女殿下?」

「アリマの研究はもう僕の方で父上に渡してあるよ」

「なるほど? それは良かったです。聞けば今年、雨期がなくなるかもしれないということで」

 そう返したら、王女殿下はものすごくバツの悪い顔になった。

 私は殿下に声を掛ける。

「あの、殿下。臣下の身でこのようなことをいうのもきがひけるのですけど……もう少しお心を隠すべきでは……」

「ああ。うん。いや、すまない。イオリ嬢がいうのは正しい」

 分かっているのならなんで? と、よくわからない話に様子を伺っていたら、王女殿下は先輩の肩を手で押した。任せた、という風に。これも良く分からない動きだった。直答しないというのなら、最初からそうあるべきだし。途中から対応を変えるというのは隔意があることを示す見本みたいなものだ。

「ここで先輩、ですか」

 困惑していると、先輩は苦笑して私を椅子に招いた。

「考えていたことと全然違う話で困っているというわけだな」

「それはどういう」

「殿下にはかなり前から動いてもらっていて、国王陛下とも面会して奏上の機会を得た。半年ほど前のことだ」

「そんな前から飢饉の話が?」

「兆候はあった。それでなんで王女殿下が怒っていたかというと、その時の奏上が不発に終わったからだね」

 なるほど。そういう事情であれば私は嫌味たっぷりに見えたのかもしれない。でも、知らなかったのだからそういう態度になるのは許してほしいし、それを咎めるのは、まだ未熟としかいいようがない。なにせ奏上の話は今聞いたのだから。

 王女殿下を見る。殿下は一〇秒ほど凍り付いたような動きを見せたあと、不意に動き出した。

「ああうん。そうそう、そういう話があったあった。さすがアリマだね! うんうん、偉い偉い」

 なんだか変な間があったが、まあいい。

「不興を被ったようであれば申し訳ありません。とはいえ、そういう話であればこの申し出、王女殿下にとっても良い話かもしれません」

「良い話?」

「はい」

 私が頷くと、王女殿下は少し考えた。

「ミヤモト家預かりはなしだぜ。仮に全部がうまくいった場合でも、陛下のメンツが立たなくなる」

 私は頷いて作戦を立て直した。というよりも、最初から考えていた案に持っていく過程を少し変えた。

「はい。王へ、廃品の再利用というていでお話をするのです。イス国へ研究を譲渡し、貸しをつくるのはいかがでしょうか」

「イスにかい? まあ友好国だし、廃品の再利用というていなら……いや、アリマ、君の案が悪いって話じゃないからね。単にそういうていって話で」

「心配しないでいい。さすがにその程度は分かる」

「おお。貴族のやり方が分かるのは偉いね」

 王女殿下は先輩の頭をなでている。いささか稚気がすぎるのではないかと思ったが、正式な作法で褒めると角が立つのかもしれない。

 とはいえこう。心にさざ波は立つ。うっかり王女殿下の手を払いのけそうになってしまった。

 冷静に。冷静になろう。すべては先輩を婿にするため。王女殿下はそのための足がかりだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る