第25話 貴族令嬢失格
「そんなにシュンとしないでいい。紋章の発動条件を外せばいいんだ」
「はぁ? お言葉ですが、この国の、いいえ。この世のほとんどの人が、賢人がその能力を総動員してもどうしようもない紋章を、まだ一〇代の先輩がどうしようっていうんですか」
「いや別にどうもしようとしてないが」
先輩は私をあやすように微笑んでいる。私はそっぽを向いた。
「私は謎解きみたいな会話は嫌いです」
「そうか。いや少し待て、紋章というものはたいていの人にとって触れてはいけない話題のようなものだからな。繊細に扱わないといけない」
「最初からそういう配慮を見せるべきです」
「いや、配慮しないけどな」
私は怒って先輩を斬り倒すところだった。が、やめた。先輩の顔の前に可愛らしい絵がある。猫のような?
「……ど?」
「ど?」
「どういうことですか。なんなんですか!」
先輩の考えていることがわからない。先輩は大真面目な顔をしている。
「いやまさに、体験したとおりだよ。ミヤモト嬢。君は今実際に、紋章の発動条件が外れるのを見た」
「それは私がとっさに我慢したからです。そうでなければ先輩は楯に一六分割、横に三四分割です」
「だがそうはならなかった。これが、発動条件外し」
もやもやした、なにか強烈に騙されているような、鼻を誰かにつままれたような気になりながら、先輩を睨む。自分の右手を見た。紋章は光っていなかった。
「私は騙されている気がします」
私がそう宣言すると、先輩は言った。
「種も仕掛けも今見たとおりだ。君は今、絵を見た。それだけだよ。それで外れた」
「そうですが……」
良くわからない話だ。私は右手にある剣聖の紋章をもう一度見た。
「魔法かなにか、でしょうか」
「いいや」
「魔法の絵とか」
「魔法にこだわるね。この絵は応挙を思い出して描いただけだよ。本物と比べるとアレだがまあまあ可愛い気がする」
「オウキョとは」
「私が以前いた国の画家だな」
「ああ、ドワーフの」
先輩は何か言おうとして、言うのをやめた。苦笑している。
「でもこれ、変な猫ですね?」
「虎だが」
「虎には長い二本の牙が生えているものです」
「こっちじゃ、そうなんだよね」
先輩はまた苦笑している。ドワーフの国は、私の予想より遥かに変なところらしい。私は絵を見たあと、つくづく変な絵だと思った。可愛い? これが? 写実的表現からも美の女神への礼讃からも遠い気がする。妙に気になりはするけれど。
「魔法の絵ではないのですね」
「私が五分で描いたやつだよ」
「下手と断じることができないのが悔しいですが。ええと」
私は絵を手に取ったあと、先輩の顔を見た。今、一番重要なことは……。
「紋章の制御法を思いつかない私をバカにしていますか?」
「まさか」
それは良かった。じゃあ次だ。
「ドワーフ、恐るべしですね……紋章の衝動を無効化できるなんて」
「あーいや、ドワーフとも関係ないし、別に無効化もしていない」
「やっぱり私をバカにしてからかっているでしょう!」
「それだけは絶対ない」
本当ですかと睨んだら、先輩は自信満々だ。最弱の騎士見習いなのに、上級貴族みたいな顔をしている。
「ええと、ではですね。私にも分かるように言ってください。あまり難しいことは言わないように。あと、突拍子もない説明もやめてください」
「注文が多いね」
「いえ、まだ一〇〇個くらいおもいつきますから、これが最小限です」
そう、今の私は先輩との距離を感じるようなことは聞きたくなかった。知らないのかあという顔をされるのも嫌だった。なんなら紋章の話はおいといて先輩と他愛もない話をずっとしたかった。先輩としては私の紋章が暴走を制御する方法を教えたいのかもしれないが。そんなことより。
……あれ、そんなことで片付けていいのだろうか。良く考えたらこの話は世界の賢人の誰もたどりついてない世界を揺るがしかねない重要な話では。
三秒考えて、まあでも、先輩とたわいもない話がしたかったなと思ってしまった。貴族令嬢としては失格だ。
先輩は私の葛藤など軽く無視して喋り始めた。人の心とかないのだろうか。八つ当たりなのは分かっているけれど。
「わかりやすくいうと、紋章というものは心の動きに連動している。特定の心の動きに呼応しているわけだ」
「ええ。まあ。それくらいは知っています」
実体験もある。
「では、どこで紋章の効果は中断するか、だ。これもまた心の動きである可能性が高い」
「まあ、そうですね。……そうなのかな。普通は時間で我に返ると言われていますが」
「それがもう答えで、我に返ればいいんだよ。時間は関係ない。あとは方法だ」
「それが、変な絵ですか」
「別になんでもいいが、一度立ち止まって考えることができたら、それで紋章は呼応を中断する」
「……なる、ほど」
簡単な話ではあった。私は絵を見て、なんだろうと思ったわけだ。それで剣聖紋は動くのをやめた。
「言われてみればとても簡単な方法な気がします。なぜ、こんな簡単な方に今まで誰も気づいていなかったんですか」
「そりゃあ実際には難しいからだね。君が怒りすぎて絵について考えることなどしなかったら、私は死んでいたと思うよ」
「なるほど?」
私は怒った。はしたないことに先輩の肩を掴んで前後に揺すった。
「死んだらどうするんですか!」
「まあそれまでだね」
「ばかー!!!」
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