第13話

 翌朝、俺たちはギルドで紹介してもらった商隊の馬車に同乗させてもらうことになった。目的地は北東の山岳地帯を越えた先の町らしいが、途中まで同じ方向なので相乗りが可能だという。


 「助かるぜ。大人三人分の料金を払うんで、メイも一緒に頼みたいんだ」


 「ええ、お客が多いほうが商隊としても安全ですし。私たちとしてもありがたいですよ」


 商隊のリーダーは屈強な体格の男性で、護衛の傭兵も数名ついている。俺たちだけでもそこそこ戦えるが、多人数で移動すれば道中の危険も減るだろう。


 メイは初めて馬車に乗るようで、ワクワクしながら荷馬車の隅に腰かけている。エリスは屋根付きの馬車に落ち着いた様子で乗り込み、景色を眺めている。


 「馬車の旅ってさ、歩くより楽だけど、揺れるから酔わないようにな」


 「わ、わかりました……ちょっと怖いかも」


 メイは緊張した面持ちだが、エリスがそっと肩を叩いて励ます。俺は護衛の連中と一緒に、馬車の周囲を警戒しつつ進むことにした。時間があればメイやエリスのところに戻って会話を楽しむ感じだ。


 街道はわりと整備されているが、山岳地帯が近づくにつれ道は細くなり、起伏も激しくなる。商隊の荷馬車は食料品や工芸品を積んでいるらしく、結構な重量だ。急な坂道を登るときは馬がヒヒーンと大きな声をあげて踏ん張る。


 「(これ、道中で魔物が出たら面倒だな。まあ、護衛がいるとはいえ油断はできねえ)」


 それでも今のところは大きなトラブルなく進んでいた。途中の村で宿をとり、夜は護衛が交代で見張りをするおかげで安心感もある。俺は暇さえあればエリスと基礎的な魔力コントロールの練習をし、メイは念動の練習に励んでいた。


 そんな旅が二日目に差し掛かったとき、思わぬ事件が起こる。昼下がり、山道を登っている最中に、突然馬が驚いたようにいななく。護衛の一人が声を張り上げた。


 「なんだ……? あっちの崖の上に何かいるぞ!」


 見上げると、崖の上を大きな影が横切っている。鳥のように見えるが、どうやら翼を持つ魔物かもしれない。グワァァッという甲高い鳴き声が山中にこだまする。


 「(空飛ぶ魔物……! ヤバいぞ、馬車を襲われたらひとたまりもない)」


 護衛たちはクロスボウや弓を構えて警戒態勢をとるが、魔物はすぐには降りてこない。崖の上を旋回するように飛び回っている。


 商隊リーダーが真っ青な顔で言う。


 「こ、これは厄介だ。アイツが襲ってきたら、荷馬車を守りながら戦うのは骨が折れるぞ……」


 俺とエリスは目を合わせる。メイは足元で小さく震えているが、杖を握りしめて離さない。


 「攻めてくる前に仕留めるか、あるいは通り過ぎるのを待つか……。どうする、エリス?」


 「そうね……相手は飛行タイプ。先に撃ち落とすのが得策だけど、もし相手が複数いたら逆に反撃されるかも」


 すると、魔物が再び甲高い鳴き声をあげ、崖を滑り降りるように急降下してきた。茶色い鱗の体に、コウモリのような翼を持ったドラゴンの亜種――ウィルムの一種だろうか。


 「来たぞ! 構えろ!」


 護衛たちが矢を放つが、ウィルムは素早く翼を翻してかわす。大きく口を開くと、腐臭を放つ息を噴き出してきた。


 「くそっ、毒のブレスか!?」


 馬車の周囲が焦げ臭い匂いに包まれ、数人の護衛が「うわあっ!」と悲鳴を上げる。俺とエリスは魔力のバリアで被害を最小限に抑えつつ、反撃のチャンスを伺う。


 「エリス、あいつの動きを止められねえか?」


 「やってみる!」


 エリスが素早く詠唱を開始し、杖から紫色の拘束魔法を放つ。ウィルムの翼に絡みつくように霊力が張り巡らされるが、一瞬で引きちぎられてしまう。想像以上の怪力だ。


 「(ちっ、簡単にはいかないか。なら、俺が一か八か近接戦を仕掛けるしかねえか?)」


 地面に降り立ったウィルムが、その巨体をうねらせながら馬車へ突進してきた。護衛の傭兵が懸命に槍や剣で迎撃するが、分厚い鱗に弾かれてしまう。


 「うわあっ!」


 衝撃で数人が吹き飛ばされ、馬も恐慌を起こしそうになる。ここで食い止めないとヤバい。俺は剣を握りしめ、一気にウィルムの横腹へ飛び込んだ。


 「おらあっ!」


 魔力を剣に乗せるイメージで斬り込むが、鱗が硬くてなかなか深く入らない。ウィルムは怒り狂ったように尾を振り回し、俺の体を吹き飛ばそうとする。


 「ぐっ……重てえ……!」


 踏ん張ろうにも地面が砕け、尻餅をつきそうになる。しかし、そこで真横からメイの声が響いた。


 「レオンさんっ、こっちに……!」


 見ると、メイは必死に杖を構え、念動の魔法で大きな岩を浮かせようとしている。まだ不安定だが、グラグラと揺れる岩の塊がウィルムの背後に浮かんでいた。


 「メイ、お前、そんなことできるのか!?」


 「わかりません、でも……やってみるしか……!」


 メイの額には大粒の汗が浮かび、顔も真っ赤だ。今にも魔法が暴発しそうな気配を感じるが、なんとか岩を制御している。


 「(よし、こいつを活かすしかねえ!) エリス、あれで一気にダメージを与えようぜ! お前の魔法で岩を加速できねえか?」


 「なるほど……分かったわ。メイ、私が合図したら岩を落として!」


 エリスがメイに声をかける。メイは頷き、「はい……!」と返事をする。ウィルムは相変わらず暴れまわり、護衛たちが必死に押しとどめている。


 「行くわよ――『ウィンド・ブラスト』!」


 エリスが風の魔法を放ち、メイの浮かせた岩を後ろから勢いよく押し込む。岩は加速しながらウィルムの背中へと一直線に落下!


 ズドォォン! 凄まじい衝撃音が山道に響き、ウィルムは悲鳴を上げて地面に沈む。岩が背骨を直撃したのか、かなりのダメージを与えたようだ。


 「今だ――畳みかけるぞ!」


 俺は剣を振りかざし、ウィルムの首に斬りつける。鱗が割れかかっていた部分を正確に狙ったことで、今度は確かな手応えがあった。


 「おおおっ!」


 そのまま深く切り込み、動きを止めたウィルムの首を一気に貫通。ビクビクと痙攣した後、ウィルムは絶命する。


 「やった……やったか……!」


 あまりの勢いに思わず尻餅をついたが、どうやらウィルムは完全に力尽きたようだ。


 護衛や商隊リーダーが駆け寄り、「すごい……!」「ありがとう!」と口々に礼を言う。俺は苦笑しながら「いや、こっちこそ助かったぜ」と返す。


 エリスとメイも無事だ。メイは魔力を酷使したのか、膝をついてぐったりとしているが、目は輝いているように見える。


 「メイ、すげえじゃねえか。大岩をあんなに浮かせるなんて……!」


 「はあ、はあ……やっちゃいました。でも、もうヘトヘトで……」


 「ふふ、よくがんばったわね。私たちも助かったわよ」


 エリスがメイの背中を優しくさすってやると、メイは恥ずかしそうに笑う。俺も二人の様子を見て、なんだか胸が熱くなる。メイが短期間でここまでできるようになるとは、本当に驚きだ。


 「(こいつは将来有望だな。俺だって負けてられねえ。エリスとメイが頑張るんだから、もっともっと強くならなきゃな)」


 商隊リーダーいわく、ウィルムの死骸は高値で売れる部分が多いらしい。鱗や牙、それに内臓は薬の材料になるそうだ。俺たちは手間賃として分け前をもらうことになり、多少の現金収入が期待できる。


 「いやあ、あなた方がいなければ、我々は全滅していたかもしれない。心から感謝するよ!」


 商隊リーダーの大きな手が、俺の肩をガシッと掴む。そう言われると、なんだか照れくさいが、報酬はありがたい。


 幸い、大きなケガ人は出なかったようだ。護衛数名が擦り傷や打撲を負ったものの、エリスが簡単な治療を施してくれたことで大事には至らない。


 「もし他にも魔物が現れても、ぜひ力を貸してくれませんかね?」


 「もちろん、協力するさ。俺たちも同じ馬車に乗ってるんだしな」


 こうしてウィルム事件は収束し、馬車は再び出発。メイは疲れ果てて後部の荷台で寝ている。エリスは傭兵たちと雑談しながら進み、俺は時々崖の上を見上げて警戒を続けた。


 「(何にせよ、無事でよかった。メイが一歩成長して、俺たちもウィルムを倒せた。順調な滑り出しじゃないか。闇の魔術師までの道のりは遠いが、この調子で行けばきっと乗り越えられるはずだ)」


 山道はまだまだ続くが、妙な高揚感が胸を満たしている。仲間と共に力を合わせて危機を乗り越える――それは俺がずっと望んでいたことだったのかもしれない。


 そう、俺は孤独じゃない。エリスとメイがいてくれる。だからこそ、どんな困難だって正面からぶち破ってやれるんだ。俺は剣の柄を握りしめた。 

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