第6話
町に戻った俺とエリスは、早速、被害がなかったかを確認する。幸いにも人間の被害はなかったようだが、森近くで飼っていた家畜や野生の動物が何匹か犠牲になったらしい。このままじゃいずれ、人間のほうにも危険が及ぶのは時間の問題だ。
「レオン、やっぱりこの町だけで解決できる範囲を超えているかも。もっと組織的に対処しないと」
「町長や領主に相談して、討伐隊を編成するべきだな。そもそも、これだけの魔物が突然湧いて出るなんて普通じゃねえ」
町の中心にある集会所に向かい、二人で事情を話す。俺は地元の若者連中とも顔馴染みで、力になれそうな奴らを集めようと考えていた。一方のエリスは、魔女のコミュニティや王都の魔法学院に連絡を取る手段がないか、検討しているようだ。
「エリス、お前たち魔女には情報網とかないのか?」
「もちろんあるわ。だけど私一人じゃ大規模なネットワークにはアクセスできない。魔女の社会は閉鎖的で、よほどの実力者か、正式な資格を持つ者しか中心に関われないの」
「なるほどな。厄介なもんだ。けど、お前なら実力は十分じゃねえか?」
「実力だけでどうにかなるほど簡単じゃないの。私はまだ駆け出しの旅の魔女にすぎないし……」
彼女の言葉には、どこか寂しさや悔しさがにじんでいる。魔女の社会というのは、かなり厳格らしい。力だけではなく、血筋や学院での評価、政治的な人脈など、いろいろな要素が影響するのだとか。
「まあ、いいさ。俺が町や領主に掛け合う。お前も無理のない範囲で協力してくれ。幸い、町の人たちもお前の力は知ってるし、嫌がる奴はいないはずだ」
「……ええ、私もやれることはやるわ。あの魔物たちを放っておけないし」
町の集会所に行き、状況を説明すると、人々は驚きと恐怖を露わにする。一度ならず二度までも凶暴な魔物が出没したとなれば、放置は許されない。町長も領主も危機感を募らせ、討伐隊の編成を検討すると約束してくれた。
とりあえずは一安心か。だが、その夜、宿屋に戻ったエリスはどこか浮かない表情をしていた。彼女の部屋で顔を合わせると、深刻そうに口を開く。
「実は、あの森で見つけた痕跡――魔物たちの波動を感じたとき、どこか人為的な“残滓”みたいなものを嗅ぎ取ったの」
「人為的な残滓? どういうことだ?」
「誰かが意図的に魔力を注ぎ込み、魔物を凶暴化させている可能性があるってこと」
衝撃だった。自然発生したモンスターや魔物ならまだしも、誰かが裏で手を回しているなら、完全に悪意が介在している。
「マジかよ……そんなことをする人間がいるなんて、ただの狂気だろ」
「私もそう思う。だけど、実際にそういう禁呪や闇の儀式を行う魔女も少なからずいるのよ。特に、男の魔術師はほとんどが闇に手を染めて破滅したって言われているけど……」
俺は思わず苦笑を漏らす。男の魔力使いがろくでもない末路を辿った――というのは、まるで俺自身の未来を暗示しているようでもあった。
「おいおい、不吉な話だな。けど、俺は闇の力なんてごめんだぜ。自分の力で正々堂々戦うのが俺の信条だ」
「そうね、アンタが闇に堕ちるところは想像できないわ。むしろ、無茶して自爆するほうが目に浮かぶ」
エリスはちょっとだけクスリと笑った。俺もつられて笑うが、同時に胸の奥に不安が宿る。誰かが意図的に魔物を操っているかもしれない――それは、この先もっと大きな脅威が迫っている可能性を示唆する。
「闇に堕ちた魔女がいるなら、そいつがここで暗躍してるってことか?」
「断定はできない。けど、そういう可能性が高いわ。だからこそ、私たちは気を引き締めておかないと」
俺は黙ってうなずく。町の人たちを守りたい、その気持ちは強い。しかし、それだけじゃ対処しきれないほどの闇が広がっているかもしれない。そんな不安が、今の俺たちを覆い始めていた。
***
翌日、町長から討伐隊結成の話が正式に発表された。俺を含む町の若者や傭兵、近隣の村からも何人かが駆けつけてくれることになった。総勢十数名、規模としては小さいが、町にとっては大きな動員だ。エリスも魔女としてアドバイザー的な役割を期待されている。
「しかし、闇の魔女が絡んでるとなると、そう簡単に片付く相手じゃないかもな」
「ええ、気を抜かないで。私たちはうまく討伐隊をリードして、被害を最小限に抑えないと」
その日の夕方、討伐隊結成のための集会が開かれ、皆で森の地形や魔物の特徴を共有する。武器や防具を確認し合い、布陣を考える。まるで小さな軍隊だ。
「レオン、アンタは先陣を切るタイプでしょ? あまり暴走しないようにお願いね」
「へっ、余計なお世話だ。でもまあ、俺も無茶はしないさ。エリスが一緒にいてくれるしな」
そう言いながら、俺は自分の胸元に微かに感じる魔力を意識した。この力がどれだけ役に立つかは分からないが、少なくとも俺にはこれまでにない武器が手に入ったんだ。エリスの指導のもと、多少は実戦で使えるようになった小技もある。
皆が期待を込めた視線を向けてくる中、俺はこぶしを握りしめる。こんな規模で森に踏み込むなんて初めてだ。正直、怖くないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に燃え上がる闘志がある。
「よし、明日だな。絶対に勝って帰るぞ!」
熱い声が集会所にこだまする。周囲の人々も拳を突き上げ、士気を高め合う。闇なんかに負けるものか――そんな思いが俺たちを一つにしていた。
だが、その夜、俺は宿で思わぬ夢を見た。真っ暗な闇の中で、誰かが不気味に笑う声。その声は男とも女ともつかない、歪んだ響きだった。血のように赤い月が空を覆い尽くし、幾千もの魔物が地を這い、人々を食い荒らす。そして、俺の眼前に現れた影がこう告げるのだ――。
「歓迎しよう。闇の扉を開く“男の魔女”よ……」
目が覚めた時には全身汗だくで、心臓はバクバクと鳴り響いていた。まるで悪夢の世界に引きずり込まれたような感覚。息を整えながらベッドに腰掛ける。
「(男の魔女……魔男、か。まさか本当に、そんな称号を背負うことになるのか?)」
胸騒ぎが消えない。何かが動き出している。その何かは、間違いなく俺を――そしてエリスを巻き込もうとしている。
「負けてたまるか。俺は絶対に、闇になんか染まらねえ。自分の意思で、この力を使ってやるんだ」
自分に言い聞かせるように呟き、再び瞼を閉じる。明日は決戦の始まりだ。この夜だけは、せめてしっかり休まなければ。そう思いながら眠りにつこうとするが、不安と緊張は俺の心を揺らし続けていた。
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