俺は『魔男(ウィッチマン)』として魔女の力に覚醒する――未知なる魔力と田舎育ちの剣技を武器に、旅の魔女と共に、闇の魔術師の陰謀と凶暴化する魔物の脅威へ挑む
☆ほしい
第1話
俺の名はレオン。ごく普通の田舎町で育った、ごく普通…というには多少荒っぽいかもしれないが、ともかく“ただの男”だった。少なくとも、あの瞬間までは――。
その日は朝から蒸し暑かった。季節は夏に差し掛かり、町の外れにある沼地からはジメッとした湿気が吹き込んでくる。ひんやりと気持ちのいい風が欲しいところだが、残念ながら今日は一日中、俺の身体にまとわりつくような不快感が消えない天気のようだ。
「ちっ、また嫌な雲行きだぜ…」
そう独りごちて、俺は剣を背負い、いつものように町の外れまで足を運ぶ。実は最近、この辺りに妙な噂が出回っている。どうやら町を囲む森の中で、正体不明の魔物が徘徊しているらしいのだ。
被害報告はまだないものの、危険な存在であることに変わりはない。俺は昔からこういう話を聞くとじっとしていられない性格で、無謀とも言える単独行動で調査に乗り出してしまう。
親からも幼馴染からも「レオンってやつは落ち着きがない」なんてよく言われるが、血が滾ってしまったらしょうがない。
今日も剣を片手に、森の周囲をうろついていた。すると、不意に聞こえてきたのは、女性のかん高い悲鳴――いや悲鳴というよりは、戦いの雄叫び、というべきか。
「うおおおっ! なんだ今の声!?」
決して普通の女子が上げるような悲鳴とは思えないほど力強い。俺はすかさず声のする方向へ駆け出した。沼地を抜け、古木がうっそうと生い茂る森の奥へ。日差しが遮られ暗い視界の中、木々の合間をかき分けながら進む。
「――危ないっ!」
突然、俺の目の前に飛び込んできたのは黒い長髪をなびかせた女性だ。彼女は一見すると華奢に見えるが、その手には怪しく光る杖が握られていた。
見るからに只者じゃない雰囲気。顔は泥と汗にまみれているが、その瞳は炎のようにギラギラと輝いている。しかも視線の先には、森の奥深くから咆哮を轟かせる巨大な獣――狼のようにも見えるし、熊のようにも見える、何かが混じり合ったような異形の魔物が立ちはだかっていた。
「お前こそ危ないぞ! こんな森の奥で何してんだ!」
彼女は俺に返事をするどころか、少しも視線を逸らさない。まるでそこにいるのが当然のように、ひたすら魔物に意識を注いでいる。次の瞬間、彼女が杖を振るうと、紫色の光が周囲の空気を震わせ、魔物の身体を拘束するように螺旋状に絡みついた。
「くらえっ――『ダスク・バインド』!」
心の底まで響いてくるような力強い声。彼女の魔法は魔物を一瞬押さえつけた……が、魔物は唸り声を上げながら、渦巻く光を強引に引きちぎるようにして暴れ出す。拘束が弱まった隙を突き、魔物の鋭い牙と爪が彼女を切り裂こうと宙を舞う。
「う、うわああっ!」
思わず叫んだのは俺だ。気づいた時には身体が勝手に動き、背中に背負った剣を勢いよく抜き放っていた。周囲の木の枝がばきばき折れ、飛び散る葉の渦の中を突っ切り、俺はその魔物の攻撃を防ごうと必死になって剣を振りかざす。
ガキンッ、と凄まじい金属音。剣と魔物の爪が衝突し、火花が散る。腕に強烈な衝撃が走るが、ここで怯んだら男が廃る。俺は歯を食いしばり、体勢を崩すまいと必死に踏ん張った。
「くそっ、すげえ怪力だな!」
「アンタ、誰よっ!?」
彼女の鋭い声を背中で感じつつも、俺は後ろを振り向かない。敵に隙を与えるわけにはいかないからだ。けれどここは一瞬でもいい、連携が必要だと直感した。
「質問は後だ! 今は手を貸せ!」
「……わかった!」
鋭くも頼もしい返事が返ってきた。魔物の一撃を受け止めたまま、俺は彼女を助けるべく、荒々しい声を張り上げる。
「お前は何か魔法を使ってくれ! 俺はそいつの動きを止める!」
身体が震えている。まさか本当にこんなやべえ魔物がいるなんて。けれど、怖いというよりは沸き上がる闘志のほうが勝っている。俺の脳裏には“見知らぬ誰か”を守りたい一心だけが駆け巡る。
「俺は負けねえぞ……うおおおっ!」
俺は剣に力を込め、魔物の前足を押し返す。さらにもう片腕で魔物の顔面を思い切り殴りつけてやった。まるで岩を殴るような硬さだったが、少しでもひるませれば十分だ。それだけで、彼女が次の魔法を放つ時間が稼げるはず。
「――『フェイタル・ブラスト』ッ!」
俺の耳元をビリビリ震わす凄まじい衝撃音。紫の光とともに撃ち出された魔法のエネルギー弾が、魔物の胴体を真正面から撃ち抜いていた。思わず俺は身を低くし、衝撃波に巻き込まれないように必死で踏ん張る。
「グオオオオオッ……ッ!」
魔物の咆哮が断末魔の叫びに変わり、血をまき散らしながら地面に崩れ落ちる。俺の顔や服にもその血しぶきが飛び散り、ズシンという地響きとともに魔物の身体は動かなくなった。
「ふう……やったか?」
「ええ、恐らく……」
そこへ、彼女が杖を抱えたまま倒れ込むように座り込んだ。汗だくの表情からは相当の魔力を使い果たした様子がうかがえる。
「お、おい、大丈夫か?」
「くっ……平気よ。少し疲れただけ……」
俺は彼女の腕を取って、ゆっくりと立たせようとした。が、次の瞬間、彼女の身体がふらりと揺れたかと思うと、そのまま俺の胸元に倒れ込んでくる。
「おいおい、しっかりしろ!」
「………」
意識が遠のいているのか、まぶたが重そうだ。俺は慌てて付近を見回した。森の奥深く、こんな場所で倒れられては困る。とりあえず安全な場所まで運ばなきゃ――。
「(やれやれ……)」
そう思いつつ、俺は彼女の身体を抱きかかえ、魔物の亡骸を尻目に引き返す。森の出口を目指して、葉や枝を踏みしめながら移動するうちに、俺の心は何故か熱く燃え上がっていた。ひょんなことから助けてしまった謎の女性。あの魔法は一体なんだったのか。彼女は何者なんだ?
「すげえ力だったな……。まさか魔法使いに遭遇するなんて……」
俺の生まれ育った田舎町では、魔法なんてのは聞いたことはあれど実物を目にしたことはない。そもそも魔女――魔法を操る女性たち――がいるのは遥か遠い大都市や、その周辺だけらしい。町の親父連中は「魔女なんてめったにお目にかかれねぇ」と言っていたが……。
「(まさか本当に目の前に現れるとはな、しかもこんな形で……)」
風が少し冷たくなってきたのは日が暮れかけているからだろう。俺は急ぎ足で森を抜け、町はずれにある納屋のような場所を見つけて、そこに一時避難することにした。とにかく、彼女が目を覚ますまで、なんとか介抱してやるしかない。これは助けた責任ってやつだ。
「よいしょっと……ここなら少しはゆっくりできるはずだ」
ボロボロの納屋には埃が舞い、錆びついた器具が放置されている。とても清潔とは言い難いが、野宿よりはマシだろう。俺はその床に、外套を敷いて彼女を横たえた。
「大丈夫だからな……目が覚めたら、色々聞かせてもらうぜ」
目の前に倒れている女は、凄まじい魔力を操る魔女。俺は未だ心臓の鼓動がやまない。戦いの興奮と、未知の存在を目撃した興奮が入り混じり、胸の奥が熱く滾っている。
「(面白いことになりそうだ……)」
そう予感せずにはいられなかった。まだ何も知らないが、俺はこの出会いが運命を大きく変えることになる――そんな確信にも似た気持ちを抱き始めていた。
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