第2話 男の“放課後”

 単身赴任と言っても月々の家賃は自己負担の為、男の借りているアパートは会社のすぐ近くでは無い。


 電車で15分ほど行った先からさらに徒歩12分(不動産広告で)掛かる。


 この区間の6か月の定期代は46,170円だが、これについても“人事”では好ましく思われていない事を彼は知らない。


 いずれにしてもこの帰りの電車の15分の中で、彼にはやる事があった。


 彼は朝、自宅から持って出た“日経”はカバンの中にしまい込み、代わりにこげ茶のエコバックを取り出して電車の車両を頭からお尻まで歩いて行って、丹念に網棚を見て行く。


 そして置き捨てになっている朝刊、スポーツ新聞、マンガ雑誌などを集めて回る。


 たまに彼の心をくすぐる週刊誌などに出会うと、ほくそ笑みをかみ殺しながら周りをキョロキョロ伺い、サッ!とエコバックの中へ回収する。


 こうやって電車を降りると駅の時計は9時前を指しており、彼はそのまま駅前のスーパーに直行しショッピングバスケットにエコバックとカバンを入れ、カートの下段に突っ込み、“お弁当お惣菜コーナー”の前へ進む。


 そこは“サメたち”の棲み処で……店員がパックに『50%OFF』や『値下処分』のシールを貼るたびに“ショッピングバスケット”という大きな口で飲み込んでゆく。


 男もワラワラと延びる手をかいくぐって何とか目的の弁当と惣菜をゲットし、仕上げに3リットルもある赤地に白丸の紙パックの日本酒をショッピングバスケットに入れる。


 サッカー台で買った物をエコバックに詰め、風除室をくぐり表に出ると……


 両腕にエコバックを下げ、右手には割とキレイ目の……雑誌を握り締め、左手に申し訳なさ程度の薄さのカバンを持つ。


 荷下ろしの為に表に置かれていた運搬カーゴにはトイレットペーパーがうず高く積まれていたが、男はそれを見て、またほくそ笑む。



 そう、今日は廃品回収業者の来る日。彼の日頃の努力が実を結ぶ日なのだ。





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