第49話 密談・相談
「竜神殿相手にずいぶん派手にやってくれたな」
「舐められっぱなし、やられっぱなしは嫌いなもんでね。飯がまずくなる。公爵閣下がいいようにしてくれるんだろ?」
エルポリスにやって来たファンダルク公爵アルドリスはやや責めるような目付きで俺を見る。こんな表情なのに、歳の分かりにくい綺麗な顔した野郎だ。
向かいのソファに座った俺は手をひらひらと振って答える。
腹心である護衛の騎士が、応接室の入り口近くから厳しい目で俺を見ているが知ったこっちゃない。
「件の2名の神官は揃って前線送りになった。他の神官にも大なり小なり影響は出たらしい」
「クズばっかり次々に押し付けて開拓村は迷惑なんじゃねーの?」
「開拓村と一口に言っても様々でな。中には早晩、森に沈みそうなところもある。そこでは単純に人手が足りないから、人間性は問われない」
「ひでえ話だ。分かってるなら救援くらい出してやれよ権力者」
「耳が痛いが………人にも金にも限度がある。そも開拓村の運営は直轄の領主の専権事項だ。私にできることはこれくらいしかないのさ」
肩を竦めるアルドリス。
微塵も表に出しちゃいないが、確かに責任感と悲しみの感情が混じっている。打算、諦念、損得勘定なんかも混じっちゃいるが、アルドリスは貴族の中じゃまだ信頼できる類だろう。
「まあそれはいいだろう。君が竜神殿を襲った際、空中に過去の映像を映したと聞いた。それは捏造ではなく本物の映像なのか?」
「ああ、本物だよ。ホレ」
コウガに頼んで俺とアルドリスが話したときの映像を空中に映してもらう。
「………なるほど。これはどこの映像でも映せるのか?」
「俺の眷属が居る所ならな」
俺が立てた人差し指の先に一匹だけ姿を見せた蜂が留まっているのを見て、アルドリスの眉間に皺が寄る。黄金の蜂蜜酒を飲まされた時のことを思い出したらしい。
「何処に潜り込ませている?」
「今はエルポリスと王都が中心だな」
「映像はどの程度保存されている?」
「常に保存していて、いつでも任意の時間を切り取って再生できる」
「凄まじいな………」
「便利だろう?」
ちょいと身内自慢。
「便利などと言うレベルではない。これがあれば大抵のことはどうにかなるだろう。使いようによっては私など必要あるまい」
「詳しくは言えねえが、制約があるのさ。映像に関しちゃ概ね大丈夫だがね」
ウソだ。制約なんてない。俺の気分とポリシーで自主規制してるだけだ。
だがこう言っておかないと便利に使われるだけになりかねない。
「情報が必要な時は言いな。あんたの暗殺計画なんかも察知したら教えるよ」
「それは本当に助かるな………。それで、アメリアは今どうしている? まだ臥せっているのか?」
「いや、王宮には居ないな」
「何?」
「自室にも何処にも見当たらない。側仕えたちは誰もいない空のベッドに向かって世話をしているよ。そこに側妃がいるみたいに甲斐甲斐しくな」
その映像も見せてやる。
複数の侍女が誰もいないベッドに向かって話しかけ、着替えや食事の世話をするように動いているが、その対象となっているであろう人物がいない様はまるでホラーだ。
「これは………どういうことだ?」
「いくつか可能性はあるが………逃げたのかもしれん。彼女らは奴らの暗示だかを受けて、側妃が居ると思い込まされているんだろう」
「何故、誰から逃げたのだ?」
「命惜しさに、俺から、かな」
アルドリスは俺の返答にまたも秀麗な顔を顰める。冗談でも言ってると思われたかな。
意地悪をする気もないから、補足してやる。
「俺の家は代々奴らを専門で狩るハンターみたいなもんだからな。賢い獲物は狩人の存在もその危険さも知ってる。そういう奴らはなかなか姿を現さないし、逃げ足も早いもんさ」
これは本当にそうだ。妖精族の中でもメスはオスよりやや賢い傾向があり、ことに女王は別格の知恵を持つ。
奴らがコウガとそのお仲間たちから生き延びているのは、その判断と逃げ足の早さにも原因があるのだ。
派手に暴れた俺を見た女王が逃げ出してもおかしくないし、巣を移している間は悪さも控えなければならないから、俺たちが居ることを見せつけるのは無駄ではない。
殺せれば言うことは無いが、
だからせめて、逃げなかった奴らは、残らず駆除する。
「奴ら………か。暗示や銀の輪、それらでアメリアたちの動きの不可解さは納得できるところが多いが、まだ実感が湧かないな………。まあいい。どのみちアメリアに関しては今はできることは無い。王都に着くまでに対応策を考えなければならんな」
ため息を吐いて言う公爵。
「政治は分からねえから、そっちは任せる。王子たちの駆除は任せてくれていい。ついでに王子たちの他にも居ないか、協力者は誰か、調べてやるよ」
「私は君を連れて夜会などに出向けばいいという話だったな。君が直接見れば概ね判断できる、と。それに関係してだが、君を騎士爵に叙勲することにした」
「は? 俺は貴族の位は要らねえって言ったよな?」
「平民の身分では入れない場所や場合があり、王族が姿を現すのは往々にしてそういう場所だ。諦めて爵位を受けるがいい。そうでなくば王宮内で自由に動けんぞ」
微笑みながら言うアルドリス。
嫌がってる俺を見て楽しそうに笑いやがる。
「意趣返しのつもりか?」
「まさか。爵位の授与をそんな理由で行うものか」
「本当かねえ」
懐疑的で後ろ向きな俺の態度もどこ吹く風で、アルドリスは話を進める。
「君の側仕えと護衛はこちらで手配しておく。金はこちらから出すから心配は要らない」
「要らねえ」
「そういう訳にもいかん。公爵の肝入りで叙爵するのだ。従者の1人も付かないなぞ許されるものか」
「分かった分かった。なら、こっちで手配するよ。あんたの手の内に居るのが信頼できる者とは限らんだろう。下らん枷を背負わされるのは御免だ」
「そうか。では人選は任せる。最低2名だ」
「獣人種と無霊種の平民だけど構わねえよな?」
「問題ない。だが短期間で作法を学んでもらわねばならんぞ」
「どうにかするさ」
▼▼▼
「そう言うことになったから2人には礼儀作法を覚えてもらう」
「待て、私はともかく何故マーガレットもなのだ」
マーガレットが休む部屋にセトゥスを連れて押しかけた俺は、公爵との話を一部端折って伝えた。
マーガレットは突然押しかけられて、意味が分からない話を聞かされて呆然としている。
「だってセトゥスはどう見たって侍女って感じじゃないだろ? マーガレットは俺に謝りたいって話だったし、これでチャラにしようかなと。ついでに何処へ行って働くにせよ礼儀は知ってて損はないぞ」
「しかしだな」
「あ、あの」
俺に文句を言おうとするセトゥスを遮って、マーガレットが口を挟む。
「全然お話が見えないんですけど、ええと、えい、じゃない、エシルナートさんが貴族になることになって、お付きの方が必要になって、それで私を雇って下さる? え、なんで?」
俺は椅子に腰かけて目線の高さをマーガレットに合わせる。
「あー、その、無理強いする気は無いんだ。もちろん断ってくれてもいいし、文句を言うつもりもねえ。多分だが、ずっと雇い続けてはいられねえとも思う。お前に相談してる理由は、公爵に雇われる奴が信頼できる奴とは限らないからなんだ。その点、セトゥスから聞いてるお前の様子なら信頼してもいいんじゃないかと思ったんだよ」
俺の言葉を聞いて、目を真ん丸に見開くマーガレット。
聞き終えた後、俯く。悩むよなあそりゃ。
一応、もうマーガレットの体内には蜂蜜酒が入ってるから、もし断られた時には口止めもばっちりだ。
「………やります。やらせて下さい」
「いいのか? ちょっと危ない場面もあるかも知れないぜ? もちろん俺たちが気を付けはするが………」
「構いません。あたしにできることだったら、やらせて欲しいです」
「つっても、今から急ピッチで礼儀作法を覚えてもらった後はヒマになる予定だから、そこは心配しなくていい。実際に俺の身の回りの世話をあれこれさせるわけじゃなくて、形を整えるだけだからな」
「分かりました」
「んじゃあ早速、知識を流し込んじまおう。実践はその後だな」
「知識を流し込む?」
「ああ、まあ説明するよりやっちまった方が早いだろう」
俺はコウガに出してもらった、頭を覆うヘルメットみたいな機器をマーガレットに手渡す。
目を白黒させるマーガレットに、ちょっと慌てるセトゥス。
「待て待て! それは病み上がりのマーガレットに使っても大丈夫な物なのか?!」
「大丈夫だろコウガ?」
『問題ございません。丁度ベッドもありますし、横になって使って頂くのが良いかと』
「ひゃっ」
俺の問いかけに、侍女姿で突然現れたコウガが答え、それに驚くマーガレット。
セトゥスは「またこういう流れなのか………」とぼそりと呟く。
うむ。楽しい混沌具合になって来た。
「まあまあ。普通にお勉強してたらとてもじゃないが間に合わないからな。それよりは遥かに楽だと思うぜ? それ被って横になりなよ」
「すまんマーガレット。この2人がこうなったら私でももう止められん。死んだり後遺症が残ったりはしないと思うから、諦めてくれ」
「え? え?」
『被り方をお教えしますね』
「え、はい、はい?」
コウガに教えられるがままヘルメットを被り、横になるマーガレット。
俺も以前やられたから知ってるが、口元以外をすっぽりと覆うヘルメットは、被るとしっかり頭に固定されるためズレたりする恐れはない。
『脳波計測………安定。記憶パターンをスキャン………完了』
「え? え?」
『ではインストールを開始します。舌を噛まないようご注意ください』
「え? え………んきゃああああああああ!」
「おっと」
悲鳴を上げ始めたマーガレットの口にベッドの毛布の端を突っ込んで舌を噛まないようにしてやる。
「んんんんんんんん!」
目、鼻、口から液体を垂れ流しつつ痙攣するマーガレット。
うわあ………前に俺もやられたけど、傍から見るとこうなるのか………絵面がやべえな………。ここだけ見たら完全に悪の組織に捕まって、洗脳とか拷問とかされてるやつじゃん………。
「お、おい。本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ………健康面は大丈夫なんだが………ちょっとこう、俺がこの様子を見てるのは駄目な気がしてきたな………」
「んあああああああ!」
「………」
「………」
『………』
「ん! んん! んんんんんん! んあああああああ!」
ビクン! ビクン!
マーガレットの身体が断続的に跳ね、苦し気に体を
口元は涙、涎、鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「………終わったら呼んでくれ」
『セトゥス様もいったんお休みください。知識が入った後は実践で使えるよう訓練が必要になります。そこまでは私が付添いますので』
「分かった………」
2人して部屋の出口に向かう。
「セトゥスにインストールは必要ないの?」
『セトゥス様にはすでに身についておりますので』
「貴族を護衛する心得は母から学んでいる」
「そっか。じゃあ後はコウガに任せるよ」
『承りました』
▼▼▼
それから2日が過ぎて。
「本日よりサーブを担当させて頂きますご主人様」
「アッハイ」
「本日の昼食はマクローのポワレ ガルターニュ風をメインに、キャビヨのブランダードを添えております」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
「使用人に敬語は不要でございます。マーガレットとお呼びください」
「わ、分かった」
食堂で向かいに座るセトゥスの視線が痛い。
ヴィクトリア風レディースメイドの、ひらひらしていながらかっちりとしたモノクロのメイド服に身を包んだマーガレットは、セトゥスに向き直る。
長い茶色の髪はぎゅっとお団子に纏められて、白いフリル付きのキャップに収められている。
「セトゥス様、食前酒はワインと日本酒、どちらがよろしいでしょうか」
「う、うむ、白をお願いする」
「畏まりました。アルゴス地方のサンダーニュ醸造所産に近い風味のものがございますので、そちらをお持ち致します。軽い口当たりで
「ま、任せる」
「ありがとうございます。すぐにお持ち致します」
マーガレットは俺たちのテーブルを離れて、壁に開いた長方形の穴に並べられた食事や酒をワゴンに移し替えている。
俺に顔を寄せて小声で文句を言ってくるセトゥス。
「(どうにかしろエシルナート)」
「(いやどうしろと。謝る隙もねー完璧な
「(私の友人を返せ)」
「(ほんとごめんて)」
「聞こえておりますよ」
音も無く近づいてきた、ワゴンを押したマーガレットがテーブル脇で待機している。
すうう、と大きく息を吸うマーガレット。
「あんたたちには感謝してるし申し訳なくも思ってるけど!」
腰に両手をあてて部屋中に響く声で叫ぶマーガレット。
「アレは一生忘れないから! あたしこのまま殺されるんだって思ったんだから! 根に持ってやるから! 責任取りなさいよね!」
はあ、はあ、と息を整えるマーガレット。
「責任って、嫁に貰えってこと?」
「違います」
訊ねた俺をキッと据わった目で見下ろし、冷めた口調のマーガレットが素っ気なく答える。心なしか視線もゴミでも見るような………。
「色恋なんてもうこりごりです。あたしが腰を落ちつけて暮らせる場所を王都で探しますから、それまでで良いから責任もって雇って下さいって意味です。おかしな勘違いしないでください」
「スミマセンデシタ」
マーガレットは俺への話は済んだとばかりに、ぐりっとセトゥスに向き直る。
「セトゥス様」
「う、うむ」
「友人って言ってくれて嬉しいです。でも見殺しにしたことは忘れないから」
にっこりと、満面の笑みで微笑みかけるマーガレット。
「す、すまなかった」
セトゥスの耳がぺしょっとなって後ろに倒れている。
(
(知識は人に自信を齎しますから)
(………教育って偉大ですね)
(誠に持って)
※次回更新は9/5 21:00を予定しています。
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