転生特典がものすごくヤバかったので、必死に頑張ってようやく使いこなせるようになったから旅に出ることにした
広晴
プロローグ 開拓村アスタ編
第1話 旅立ち
俺は15歳になった。
この世界での成人年齢だ。
もうこの森を出て、1人旅してもおかしくはないだろうと考えた俺は、赤ん坊のころから引き籠っていた赤い森を出た。
「やっとこの世界を見て回れるなー」
うん、と伸びをして足を進める。
この世界に生まれてから、この森から出たことは無いから、この日をとても楽しみにしていた。
この森の木は年がら年中、紅葉したような赤い葉が付いた木がほとんどだ。光合成してるとしたら、この木はクロロフィルが緑じゃねーんだろう。
前世なら観光地にでもなりそうだが、この地域ではわりと普通の光景である。
真っ赤で派手だが、当然森の中は日が遮られて明るくはなく、薄暗く鬱蒼としていたわけだが、森を抜けた後はなだらかな緑の草原が続いている。外の草木は緑色で目に優しい。
180cmを少し切るくらいの俺の、おおむね腰くらいまでの高さの草が一面に生えていて足元が見えないが、相棒が先導して草を踏み倒しながら進んでくれているので、不安は無い。
広大な赤い森の北側は険しい岩山ばっかしで、山の向こうには厳しすぎる自然があるばかり。なので、南へ向かって旅していくことになる。
当座、目指すは森から一番近くにある開拓村だ。
(事故には十分お気を付けください、マスター)
俺だけに聞こえる渋いおじさんの声が脳内に響く。
声?思念?だけ飛ばして来ているのだ。
どういう理屈かは知らない。
「おけおけ。とはいえ、周囲に危険はないんだろ?」
(それでも、です)
「なにか見つけたら知らせてよ。それまではのんびり陽を浴びながら散歩するさ」
(了解いたしました)
それきり黙る俺の相棒、コウガ。
やや過保護だが、今の開放的な俺の気持ちを察して、こうして放っておいてもくれる、出来たヤツだ。
周辺の警戒を相棒に任せ、良く晴れた草原の空気を吸い込む。
太陽は中天に差し掛かり、北方のこの地はやや肌寒いが、歩けば少し汗ばんでくる。草原を渡る秋風が肌に心地良い。
薄暗い赤い森に慣れた目には多くのものが新鮮だ。
俺には生まれた時から意識があった。
前世の記憶とやらもある。神様的なナニカと話した記憶も。どちらも薄っすらとだが。
俺はどうやら生まれてすぐ捨てられたらしい。
粗末な布にくるまれていただけで、よく物語であるような、立派な手紙だの王家の紋章だのは無し。
髪も目も茶色で、この世界でもごく普通な色合いだ。お貴族様に多い金髪碧眼だったりもしない。
貧しい農家か開拓傭兵あたりが生まれてすぐ、口減らしか何かのために捨てたんだろう、たぶん。
目が開いて最初に見えた風景は、真っ暗な赤い森の中。
神様的なナニカが付けてくれた相棒が居なきゃ死んでたね。
コウガが安全な拠点を提供し、森の資源で養ってくれ、森の外の情報も調べてくれて言語や風俗を教えてくれた。この世界の表と裏を。
まあこの世界での親代わりだな。
コウガから聞いた話じゃ、この世界は荒廃している。
人類圏は狭く、文明は全体的には中世程度の水準で止まっている。
俺が成人するまで森を出なかったのも、この世界での子供の1人旅は自殺と同義だからだ。俺個人が生きる分には相棒のおかげでどうってことないのだが、怪しまれまくって社会に溶け込めなくなるリスクを避けた結果だ。
そんな異世界だが、かつて宇宙へ出るほど繫栄していた文明の痕跡もあり、都会では前世を越えるほどの技術も一部使われていて、地域と貧富による格差が大きい。
人類圏の外には危険な獣が多数徘徊しており、俺が居た赤い森もそうした危険な『圏外』と呼ばれる地域だ。
人類の生息圏を広げようと辺境には開拓村が点在しており、俺が今向かっているのもそうした村の一つである。
(マスター、間もなく開拓村が肉眼で観測できます)
(おっけー。この身分証はよその『圏外』から回収したんだっけ?)
(そうです。ここから離れた地域、マスターが捨てられていたのにほど近い当たりの開拓村の跡地にうち捨てられていた若者の死体が身に着けていましたので、この近辺で彼の知り合いに会う可能性は低いと思われます)
そんな由来だったのかよ。まあ気にしないけども。
一つ合掌をして、不幸な誰かさんの身分証を懐から取り出す。
首から麻紐で下げた掌ほどの大きさの身分証は木製で、名前と出身地名が雑に彫られて黒い墨が入れられている。隅に丸い焼き印が入れられているのが、公的機関で認証済みってことらしい。
「ティンダー村のエシルナート、か」
前世の名前は憶えてないし、今世では捨て子だった俺の名前はもちろん無い。今までは特に必要もなかったからな。
だから、これが今日から俺の名前だ。
離れた地域から旅してきた設定だから、年齢も一つサバを読んで16歳としておこう。
(エシルナート、エシルナート)
忘れないように念のため、口の中でもごもごと反芻しているうちに、俺の目にも開拓村が見えてきた。
森を出て、わざわざ草原をぐるりと遠回りし、森の反対側、南側の街道から開拓村へ近づいているのも不信感を持たれないためだ。
成人男性の身長ほどの高さの石垣に囲まれた村の、入り口と思しき石垣の切れ目の前に、革の胸当てを身に着け、地面に立てた槍を片手に持った衛兵らしき男性が立っているのが見えてきた。
門のすぐ裏には高く土が盛ってあり、そこにはだいぶ年季の入った設置式の機関銃が1門据えられていて、椅子から立ち上がった別の衛兵が俺を睨みながら銃口を俺に向けている。
「こんちわー」
門番らしき男性に近付きながら声を掛ける。
「ああ。身なりからして開拓傭兵か?」
厳しい顔立ちの中年の門番が確認してくる。
たすき掛けの荷物袋を背負い、使い古しの手斧を腰に下げ、微妙にサイズが合ってない傷んだ麻の服の上から、傷だらけの革の胸当てを身に纏っているのが今の俺の格好だ。
よく見かけるらしい『古着コーデで固めた駆け出しの傭兵ファッション』である。古着や小銭などもどなたかのご遺体から拝借してきたらしい。有能な相棒で本当に助かる。
「景気のいい噂を聞いてね。ここらで稼がせてもらおうかと思って来たんだ。ほい身分証」
麻紐を引っ張って懐から身分証を出して渡す。
この身分証はいくつかの大きな街で実施されている『辺境開拓傭兵』の訓練を受けたら発行されるものだ。
それなりの体力や戦闘力があって人格に著しい問題が無いという証明になるため、辺境を旅するには便利なものである。
まあ、俺のように人様の身分を詐称するのにもよく使われるものなので、これだけで無条件に信頼されるほど甘くはない。
「エシルナート、1人旅か。ようこそアスタ村へ。問題を起こすなよ」
「はーい」
それでも村には入れて貰えた。
差し出された身分証を返してもらいながら、ひらひらと手を振って簡素な門をくぐる。機関銃の横の衛兵はまた椅子に腰を下ろし、黙って俺を見送った。
村を縦断している大通りを、周囲を見回しながらゆっくりと歩を進める。
『村』という言葉から受けるイメージとはやや異なり、通りは活気があり
村から町へと発展している途中、という印象だ。
荒んだ雰囲気は無いし、あからさまな貧民窟もないらしい。
石畳の大通り沿いは石造りのしっかりした建物が多く、2階建てや3階建ての比較的新しい建物も見られる。
この村の近くで『遺跡』が見つかったため、各地から人が集まり、貴族による開発資本の流入も行われているためだ。
(この村は全体に歪な正方形に近い形になっており、十字路によって大きく4分割されています)
コウガ先生の解説によれば森に近い北側に、貧しい人たちの家や開拓傭兵が利用する安宿が多い区画と獣人種が多い区画が配置されているそうだ。
何かあったら貧乏人と傭兵と獣人種が先に死ね、という形だが、ごく自然にこのような形に落ち着くらしい。辺境側の土地の方が安く手に入るからだ。
(宿はこの先15m、左手です)
(ありがと)
相棒の案内と看板を目印に宿を見つけて、何事もなく個室を押さえた。
美人の女将や元気な女性従業員は居ない。おっさんが店番だ。残念ながら当然ですよねー。
ただ泊まるだけの宿なので、あてがわれた部屋を軽く確認してから、食事処を捜すためにすぐに宿を出た。
初めての異世界料理への期待に、腹が俺を急き立てている。
(私が準備した料理と大差は無いはずですが)
(食事を必要としない奴が作った料理とは味が違うかも知れねーじゃん)
(不本意です)
(そう言うなって)
コウガを宥めながら選んだ店は十字路の角にある、昼は料理、夜は酒、という雰囲気の割と大きな店だ。
昼の忙しい時間を少し過ぎていると思うが、村の一等地に構えているだけあって、それでもまだ結構な数の客が入っているのが外から見えた。きっと味も当たりだろうと期待して選んだのだ。
スイングドアがいい味出してる。
「へいお待ち」
この食事処には昼のメニューが無かった。
注文できる料理は1種類しかないのだ。どうやら夜がこの店のメインらしい。
給仕のおっさんが持ってきた料理をあえて言語化すれば『シェフの気まぐれ肉野菜煮込みウインナー付き、あとエール』だ。
ギシギシ言う席についたら、問答無用で先払いさせられる。
そんで数分で大きめの木の椀にバシャッと注がれた煮込みと太い焼いただけのウインナー、木のジョッキに注がれたぬるいエールが出てくる。
味は、うーん、多分何かの骨でとった出汁と薄い塩の味だ。
肉は意外と入っているが、野菜は少ない。
ウインナーは思ったより味が濃くて結構旨い。酒のつまみは充実してるのかも。
安い、速い、不味くはない、総合評価55点、って感じ。
(初の異世界料理は如何でしたか?)
(………コウガが準備したもんの方が美味い)
(そうですか)
(はい、スミマセンデシタ)
(どういたしまして)
コウガとバカなやり取りをしながら耳を澄ませる。
手を動かして料理を咀嚼しながら、他の客の会話に集中すると―――。
「―――研究者連中は喜んでるらしいがなぁ」「地上部分はハズレってことかぁ」「地下があるって話は―――」
「―――お前、昨日『フルール』に行ってきたんだろ?」「エレンちゃん最高だったぜ―――」
「―――南部の麦が不作とのことだったが―――」「どのみちこの北方では価格が―――」
「―――『
『遺跡』探索の進捗状況の話、娼館の話、商売の話、全部気にはなるが―――。
(『
(
(あー、思い出した。確か繁殖期にフェロモンが過多になる人なんだっけ)
(はい。強い個体を増やすためと言われていますが、多くの場合、彼らを求めた求婚者たちの争いの元になるため、獣人種以外の種や、獣人種でも知識層からは敬遠されています)
(はえー、そら大変だねえ。ところでコウガさんは『フルール』って店の場所は―――)
(衛生レベルの問題から、その店の利用は推奨しません)
(デスヨネー)
などと聞き取れた情報を収集・整理してるうちに完食した。
思ったよりお腹いっぱいになったので、総合評価に+5点。
席を立ちながら改めて店内や通りを見回すと、
この世界には多様な人種がいて、大昔に『何かしら』の影響を受けてゆるやかに分化していったらしい。
無霊種だけのコミュニティはほぼ無いらしいが、
見てみたくはあるが、すぐには無理だろうなあ。
「もういっぺん言ってみろ!」
「何度だって言ってやらあ、ここは純人種の店だ! ケダモノ混ざりはお呼びじゃねーんだよ!」
ぼんやり考えていると店の入口辺りで揉め始めた連中がいる。
目を向けると、無霊種の男3人が獣人種らしき男1人に絡んでいるようだ。
「純人種」は無霊種至上的な考え方の連中が自分たちを差して言う俗称だ。
身なりからすると恐らくどちらも開拓傭兵。1人の方は頭頂部付近に特徴的な耳が見える。
体の厚みは無霊種たちの方が厚いが、獣人種はそもそも生まれついての身体能力が非常に高い。3対1なら勝てると踏んだらしく、無霊種の1人がバカにするように獣人種の彼の肩を強く押して突き飛ばそうとした。
「ざっけんな毛無猿が!」
肩を押された獣人種が押した奴の頬を殴って吹っ飛ばした。
獣人種の人たちは短気な方が多いという風評があるが、それを後押しされてしまいそうな事例がまた一つ積み上げられてしまったなあ。どう考えても無霊種3人組の方が悪いけど。
「やりやがったなケダモノ風情が!」
「五体満足で帰れると思うなよ!」
無霊種連中も獣人種に殴りかかる。
店内の他のごろつきどもは
給仕のおっさんは慣れたものでさっさと裏に引っ込んでる。
入口に陣取って喧嘩を始めやがったので誰も外に出れないのだ。
喧嘩の趨勢は獣人種の男有利。
さすがに3人がかりだと被弾ゼロにはできないが、反射的な動きで防いだり打点をズラしたりしてダメージを抑えながら確実に反撃を喰らわしている。
無霊種の男どもは最初の威勢の割にはパッとしない。
飛んでくる拳も蹴りもろくに防げず、喰らってよろめいたり倒れたりしながらを3人順繰りに繰り返す状況になって来た。ああなったらもう無理だな。
結局、順当に獣人種が多少ヨレっとなりながらも無霊種連中3人を叩きのめした。
観客のごろつきどもは賭けていたらしく歓声と罵声を4人に投げ掛けている。
やっと入り口が空いたので俺を含めた何人かがそそくさと店を出て行く。
俺はすれ違いざま、勝った獣人種の男に声を掛けた。
「良い喧嘩っぷりだったが、もうすぐ衛兵が来るかもよ」
「なにっ。クソッ。昼飯を食い損ねた。忠告ありがとよ」
喧嘩が終わったのに給仕のおっさんの姿が見えないから、裏口から通報しに行ったのかもと思ったのだ。
耳と尻尾の形状から馬系の血を引くように見えるお兄さんは、殴られて腫れた頬でにかっと笑って店を出て行った。
店を出て大通りをぶらぶらと歩く。
トラブルに巻き込まれたせいで少し日が傾きかけてきている。
「待ちな坊主」
ふらりと入った路地裏で後ろから声を掛けられる。
「てめえ純人種のくせに獣人どもに尻尾振ってやがったな?」
振り向くと、馬のお兄さんにぶっ飛ばされた無霊種3人組のうち2人が、憂さ晴らしにガキに見える俺に絡みに来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます