第10話 アルバニア戦記 南部への一本道に太川陽介降臨

強盗に襲われ、交通手段もなくアルバニアの中途半端な一本道に立ち尽くす、イギリス人プロデューサー、アメリカ人カメラマン、現地コーディネーターのアルバニア人兄弟。

 そしてワタナベ。


 ストリート強盗にあった際に、銃口を向けられ、無抵抗に「全部持って行ってください」と商売道具を差し出そうとしたスタッフは、同じく銃口を向けられてなお、ワタナベが「カメラや機材は置いてけ」と言った瞬間に皆殺しにあうと震撼したというが、ワタナベは自分が死ぬと思っていなかったし、スタッフは死んでも良かった。


 同僚死屍累々を前にしたとしてもなお、仕事の方が大切な社畜ワタナベであった。

 その頃、ブラック経営陣はワタナベの賃金をどうやって減らすかに汗水垂らしていたというのに。


 かくして、まがいもののベンツだけを奪った強盗団の去った後に、移動手段はないけれども、取材機材だけは確保した我々。


スタッフは撃ち殺されなかったことに安心することしきりであったが、ワタナベはどうやって南部に国連軍より先に行くか、そのことしか頭になかった。


 そこに天祐一助。

 普段の行いと、顔が良いのであろう。


 信じられないことに、一台のバスがやって来たのである。

 いわゆる日本でいう「路線バス」。


 アルバニアの強盗多発地帯に「路線バスの旅」(平成のテレビ東京の番組)太川陽介降臨。

 ワタナベは「ルイルイ」(昭和の太川陽介のヒット曲)を思わず踊ったが、その他のスタッフは、何か日本の伝統芸能の類だと思ったらしく、一人の東洋人を車外に置き、他人のフリをしてバスに機材を積み込んだ。


 路線バスはいわゆる一般、普通の方々が乗り込んでおり、その乗客は妙な金属物を積み込み挙動不審なナゾの外国人らから距離を置いた。

 しかし、その乗客はと言えば、市場の買い物でキャベツなどを抱えたおばさんたちであり、強盗ギャングが出没する一本道の路線バスに、なぜ普通に乗り込んでいるのか、いや、なぜその一本道に路線バスが走っているのか、異国情緒の賜物以外の何物でもなかった。


さて、午前中、バスを降りた先には、実は我々と同様に国連軍より前に取材をしたがるバカが数こそ少ないが、そこに陣取っていた。


誠に不謹慎ではあるが、我々は

「ネズミ講で内戦に陥っているアルバニアの状況」を取材しに来たのであって

静かなアルバニア南部を物見遊山に来ているわけではないのである。


さもなければ、強盗にまで遭って、国連軍の警告を無視して

南部に先乗りした意味が無い。


午前中に、なぜかメディアの集合場所が何となく出来上がっていて

そこにワタナベ軍団もまったりとしていたのであるが、

それにしても、仕事はしなければならないし、

そうでなければ、命がけで(ワタナベはそうでもなかった)守った機材がかわいそうである。


戦闘が無くとも、我々は戦闘地域にいるわけで、押っ取り刀でワタナベは

「リポートを撮ろう」と何も起きていない場所で

アリバイのように撮影を始めるのであった。


「さっきギャングに襲われた映像をどうにか撮っておけば」と後悔しながらカメラが回った時であった。

突然にして、砲撃と機関銃の爆音が街中に響き渡った。


カメラが回っているのである。


それを奇貨として、その銃撃戦が起きている方向に、カメラマンに「行くぞ!」と言ったら、あのアメリカ人カメラマンはしり込みをするのである。


距離はある。

しかし、ワイヤレスマイクを持ったワタナベが、銃撃戦の方向に走り出したら

彼はそのワタナベを追いながら撮影するしかない。

まさに「カメラを止めるな」である。

こういう時は、カメラは止めてはいけないし、記者はマイクを放さない。


たどり着いたのは、政府軍なのか、どちらの側か分からないが、民家の屋根に上り、砲撃に機関銃で応戦している男の真下。その家の正面である。


砲弾と機関銃の弾が飛び交う中、日本人記者がその音に負けじとしゃべり

アメリカ人カメラマンが「しーっ」と言いながら取材が始まった。


突っ込んだ先ではカメラマンの仰天の行動と戦争の実相が待っていた。

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