第15章:因縁の邂逅――再び人間の狩猟者
順調に訓練をこなしていたある日、メルクが「興味深い情報が入った」と言いながら俺を呼び出した。
「どうやら、森の入り口付近に人間の一団が現れ、こちらに探索の手を伸ばしているらしい。規模は小さいが、精鋭が多いという噂だ」
どうやら人間側は、森に潜む魔物たちの脅威を排除しようと本格的に動き出したらしい。前線調査隊か討伐隊なのだろうか。
「ふむ……“人間の精鋭”か。そいつらを倒して糧にできれば大幅な成長が見込めそうだな。……お前、行くか?」
メルクが試すように問いかける。俺はもちろん、その誘いに乗る気でいる。捕食する相手が強ければ強いほど、大きな経験値を得られる。それに、魔羊の魔力弾も試したい。
ほどなくして、数名の魔族とともに、俺は森の外周へと向かうことになった。久しぶりに遺跡を出て、夜の森を駆ける。身体が軽く、以前にも増して地面を力強く踏みしめられるのを感じる。レベル7の力、さらに闇魔法を習得しかけている自信もある。
案内役の魔族は、コウモリの翼を持つ“バイル”という男。空を飛んで哨戒できるというので、上空から人間の動きを監視しているそうだ。
「目標は、東の街道沿いから森に入ったらしく、今はちょうど獣道を抜けて広場に差し掛かろうとしている。人数は十名ほど。騎士風の者が三名、弓兵が二名、あとの五名は冒険者か民兵のようだが、油断は禁物だ」
バイルが低い声で説明する。魔族側は俺を含めて四名の小規模チームだ。周囲から支援は期待できないが、奇襲を仕掛けるにはちょうどいい人数でもある。
「それにしても、まさか羊が我々と同行するとは……正気の沙汰じゃないが、メルクの意向なら仕方あるまい。期待しているぞ、魔羊」
鼻で笑うように言われても、俺は低く鳴くしかない。彼らに認められるには、実績を示すしかないのだ。
森の獣道を抜けた先に、見晴らしのいい小さな開けた場所がある。そこに人間の一団がいるはずだ。隠れながら近づくと、夜の闇にいくつものランタンの光が見える。確かに人間が集まっている。
俺は身体を低く沈め、嗅覚強化で彼らの匂いを探る。汗と金属の匂い、獣皮の匂い、微かに血の匂いも混じっている。
「……いたな。合図を待て」
バイルが合図すると、魔族の仲間――蛇の下半身を持つ女“レイナ”が地を這うようにして別ルートへ回り込み、もう一人の“ブロウ”という大柄のオーガ系魔族が斧を担いで真っ直ぐ突っ込む形でスタンバイする。俺はその後を追いつつ、機をうかがう。
人間たちの会話が微かに聞こえてきた。
「ここで野営するのか? 危険じゃないか」
「夜間にこれ以上進むのは危険だ。……それに周囲を固めれば、魔物が来ても対処できるだろう」
「森の奥には“恐ろしい羊の魔物”が出るという噂もあるが、本当か?」
「馬鹿を言うな。羊なんぞ、ただの家畜だろうが……」
聞き捨てならない言葉だが、まぁ彼らにしてみれば普通は信じられない話だろう。だが、それが現実となる。俺は心の中で薄く笑う。
(俺がただの家畜かどうか、思い知らせてやる……!)
バイルが上空から急降下し、甲高い叫び声を上げると同時に、ブロウが斧を振りかざして人間たちの横合いに突撃。その視界の外から、俺とレイナも仕掛ける。完璧な奇襲だ。
「魔族だ! 構えろ!」
人間たちが慌てて剣や弓を抜く。騎士らしき者は鎧を着込んでいるが、それでも不意打ちは深刻だ。
ブロウの豪快な斧が一人の冒険者を真っ二つに叩き斬り、レイナは蛇の下半身で別の弓兵を巻きつけ締め上げる。悲鳴や怒号が飛び交い、夜の闇を熱気が包み込む。
俺はまず弓兵を狙うべく、突進を繰り出した。夜目の利かない弓兵は混乱しており、俺が羊だと気づく前に角をその胸に突き立てる。衝撃で血反吐を吐いて倒れる弓兵。すぐさま喉をかみちぎって止めを刺し、捕食しようとした……そのとき。
「やめろおおおっ!」
別の騎士らしき男が、真横から剣を振り下ろしてきた。間一髪で後ずさりし、角でガードする形になるが、重い一撃が俺の首に響く。
「くそっ、なんなんだこいつ……羊!? こんな巨大な角……化け物め!」
騎士は目を剥いて驚いている。が、さすがは訓練を積んでいるだけあって、直後に二撃目を放とうと剣を構え直す。
俺はたまらず後方へ飛び退き、角に魔力を集中する。意識の中で“吐き出す”イメージを想起し、黒い弾丸を生成――。
「メェエエッ!」
魔力弾が角から射出され、騎士の胸当てに直撃する。爆風とともに騎士の体がのけぞり、地面に叩きつけられた。装甲の一部が割れ、血がにじんでいる。
「な……っ、魔法だと!? 羊が……馬鹿な……」
騎士が苦悶の表情で呻く。俺は一気に距離を詰め、さらに角で深く突き刺す。鎧の合わせ目を貫通し、騎士は喉を泡立てながら息絶えた。
そこへ、また別の冒険者らしき者が短剣を手に襲いかかってくる。「うおおおっ!」と半狂乱で突っ込んでくるが、動きが単調。冷静に後ろ足でカウンターキックを叩き込み、転倒したところを喉笛に噛みつく。これで終了だ。
……血の匂いに酔いそうになるが、戦場はまだ混沌としている。こちらが倒したのは数名。残りはどうだ? バイルとブロウが騎士二名と小競り合いしている。レイナは弓兵を締め殺した後、冒険者数名を相手に優勢を保っている。
戦局は圧倒的にこちらが優位だが、油断して逆襲されるのはごめんだ。俺はさらに狩りを続行する。
弓兵を仕留め損ねたままだったので、まずはそいつを探そうと嗅覚を働かせる。すると、後方でうずくまっている影を見つけた。手負いなのか、もはや矢を放つ余裕もないらしい。
「メェエッ!」
容赦なく飛びかかり、頸動脈に噛みつくと、血が噴き出した。彼は短い悲鳴すら上げられず絶命。すぐに捕食に移ろうと思ったが、まだ周囲に敵が残っているので、先に安全確保が先決だ。
チラリと視線を巡らせると、最後に残った騎士がバイルの爪をくらい、足を斬られて倒れ込んでいた。バイルが高笑いしながらとどめを刺そうとしている。冒険者二名もレイナとブロウによって既に斃れたようだ。
十名ほどいた人間は全滅寸前。俺は勝利を確信し、捕食への欲求が湧き上がる。強い相手を喰らえば、レベルアップの可能性がある。
「ハハハ……やっぱり奇襲は最高だな。こいつら脆いもんだ」
ブロウが息を弾ませながら、斧を血まみれのまま担ぎ上げる。レイナは汗で額の鱗を光らせ、ニヤリと笑う。
「今回の獲物はそこそこ良質だわ。魔羊ちゃん、随分と活躍したみたいね」
俺は低く吠え、得意気に角を振る。すでに何名かを仕留めているが、まだこの血の宴は終わらない。
と、そこへ、バイルが未処理の騎士の胸を踏みつけながら上空から着地した。騎士は瀕死だが、まだ意識はあるらしい。
「コイツが隊長のようだ。装備も一番まともだしな。仕上げはどうする? 魔羊、お前が食うか?」
そう挑発的に問われるが、俺は迷わず近づく。隊長格の騎士なら経験値は大きいはず。生きたまま食うのはやや気が引けるが、この世界に遠慮は通用しない。
しかし、苦しげに咳き込みながら、その騎士はうわ言のように名前を口走っている。
「アルフ……すまない……君の父を……守れなかった……」
“アルフ”? どこかで聞いた名前だ。俺の脳裏に、ふと昔の光景がよぎる。まだ転生して間もないころ、村の畑で出会った少年。その子の名前がアルフだったはず……。
(まさか、この男はあの少年の関係者……? ――そういえば、少年の父は赤毛の男だったが、騎士というより農民風だった。守れなかった、というのはどういう意味だ?)
混乱する俺をよそに、バイルが不機嫌そうに眉をひそめる。
「何をぶつぶつ言っている? ま、関係ないか。仕留めちまえ」
仲間たちが同調する声を上げるなか、俺はどうしてか一瞬だけ躊躇した。あの少年アルフを思い出してしまったのだ。俺にパンを分け与えてくれた、あの純粋な瞳……。
だが、ほんの刹那の迷いも、すぐに戦場の殺気にかき消された。
(……もう戻れない。ここで弱気になってどうする)
俺は騎士の首元に角をあてがい、深く突き刺す。血がどっと溢れ、騎士は息を引き取った。
「こいつは食わせてもらうぞ」
目でそう主張すると、ブロウは「好きにしろ」と言わんばかりに肩をすくめる。レイナは微笑みを浮かべながら横で見ている。バイルも面白そうに笑うだけだった。
俺は傷口に口をつけ、騎士の肉を噛み、血を啜り始める。あたりには死体が転がっているが、まずは隊長格を平らげるのが優先だ。温かい臓器を呑み込むたび、身体に新たなエネルギーが満ちる。
――「経験値を獲得しました。レベル7 → 8」――
頭の奥でシステムの声が響き、視界が一瞬だけ白く染まる。身体が熱く、筋肉が歓喜するような感覚。レベル8……かなりの成長だ。
同時に、“魔力弾”に次ぐ新たな闇魔法の概念が脳裏に生まれそうな気がする。これも捕食による進化の一環。レイナとブロウも「おお……」と感嘆の声を上げる。確かに、今の俺からは、見るからに殺気と魔力が増大しているのが分かるだろう。
俺は残る人間の死体にも次々と手をつけていく。もちろん、全員を食い尽くすのは時間がかかるが、それこそが俺の糧だ。バイルたちも手近な屍を食らっているようで、血なまぐさい臭いが夜風に混じる。
この光景こそ、まさに人間が恐れる“魔族の宴”そのものなのだろう。俺も今や、立派な一員と化している。
やがて一通り食事を終え、俺はもう一度あの隊長格の騎士が呟いた名前“アルフ”を思い出した。かつての村で接した少年。あの子は、今どうしているのだろうか――。
(もし、再会することがあったとして……いや、それはないか)
この血塗られた道を進む以上、もう“あのとき”には戻れない。ならば、迷いは捨てろ。
レベル8に到達した自分の力を噛み締めながら、俺は夜の森を震撼させる咆哮を上げる。
「メェエエェェェッ!!」
それは羊とは思えない獣の叫び。月が陰る木々の合間に、その雄叫びはどこまでも響き渡った。
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