第8章:半獣人ハンターの襲撃
小川沿いを歩きながら、耳を澄ませていると、またしても妙な気配を察知した。動物とも人間とも言えない、混ざり合ったような存在感。気配察知Lv1が警鐘を鳴らすかのように俺の神経を刺激する。
やがて視界の向こうに、身の丈が人間ほどもある狼に似た生物の姿が映った。いや、正確には“狼の頭部をした humanoid”のように見える。いわゆる“獣人”――この世界では珍しいかどうかわからないがどうやら森に棲む凶暴なタイプのように見える。
そいつは長い毛皮で身体を覆い、腰には獣皮のような装備をまとっている。手には槍を握り、鋭い爪がのぞく。こちらを見つけると、唸るような声をあげて槍を構えてきた。
「ガルル……誰だ、貴様。ここは俺たちの縄張りだ。ん?妙な匂いがするが……なるほど、羊か? だがここにいるという事は、ただの羊とは思えんな」
野太い声で人間の言葉を話す。種族的には“狼人”か、あるいは“リカント”と呼ばれる部類だろうか。いずれにせよ、こちらに敵対心を向けていることは明白だ。
狼男は槍を突きつけながら、低い姿勢で俺を取り囲むように回り込んでくる。すると、付近の木立からも同じような姿の半獣人が二体、三体と姿を現した。小柄な者もいれば、背丈の高い者もいる。いずれも体格は人間並みかそれ以上。牙を剥き、殺気を漂わせている。
(これは……集団か。面倒なことになったな)
俺は唸り声めいたメェを洩らし、角を下げる。狼男たちは笑うような唸り声をあげた。
「羊。俺たちが狩ってやろう。肉にして食うにはちょうどいい」
「ただの羊なら構わねえが、こいつ、魔力を持っているぞ。喰えば俺たちも強くなれるかもしれん」
……やはり人間だけでなく、こうした半獣人も俺をただ“肉”としか見ていない。ここで逃げても追いかけられて疲弊した所を狙われるだろう。
俺はレベル5。高いのか低いのかもわならないし相手は4~5体ほどいる、個々の実力がどれほどかもまだ分からない。ここで一斉に突撃されれば危険だ。だが逆に上手く立ち回れば、複数をまとめて捕食する絶好のチャンスかもしれない。
「ガルルル……」
「メェエエッ!」
互いに咆哮を上げ、次の瞬間、狼男の一体が槍を突き出してきた。こちらは素早く体を沈め、横にステップするように躱す。蹄でうまく地面を蹴れれば、速度を稼げる。
次に後ろから狙ってきた別の狼男が牙をむいて飛びかかるが、角を回転させてそれを迎撃。ガキンという音とともに、相手の爪が角に弾かれる。こちらも同時に軽いダメージを受けるが、大事には至らない。
「おもしれえ……こいつ、ただの肉じゃねえぞ!」
狼男たちは逆上したように連携を強めてきた。手には槍や棍棒など、様々な武器を持っている。これは少々厄介な戦いになる。
――“狂乱の一撃Lv2”を使うしかないか。
俺は内なる衝動を掻き立て、頭の中でギリギリと歯を食いしばるイメージを浮かべる。すると、身体の奥から熱がこみ上げ、瞳が赤く染まるような感覚が巡る。
「メェ……メェ゛ェ゛エ゛ッ!」
人間の言葉にはならないが、血に飢えた獣の叫びのような声が突き上げる。突如として身体能力が跳ね上がり、動きが数段早くなるのを感じた。
俺は最初に槍を突き出してきた狼男に突進し、角でその胸板を貫こうとする。狼男は反応が遅れ、顔を歪めて悲鳴を上げ血が散り、ぐったりと崩れ落ちる。これで一体撃破。
しかし、すぐに別の狼男が背後から棍棒で思い切り殴りかかってきた。ドゴッという衝撃が背中に走り、毛が赤く染まる。痛い。しかし、狂乱状態のアドレナリンが痛みを鈍くしている。
「メェエッ!!」
即座に振り向き、後ろ足を使って狼男を蹴り飛ばす。相手はよろめいたが、まだ戦意を失っていない。近くにいた別の狼男がその隙を見て俺の胴体を抱き込むように抑え込もうとする。
「捕まえた……食ってやる!」
しかし、こちらも甘くはない。頭を振り、相手の首に噛みつく。獣人の毛皮は厚いが、尖った歯を立てながら力任せにねじると、血が噴き出した。狼男は悲鳴をあげて離れる。そこにさらに突進を加えて倒れた相手の喉を角で完全に押し潰した。
……だが、さすがに多勢に無勢。まだ3体ほど残っている狼男は一瞬ひるんだものの、「仲間の仇だ!」と雄叫びを上げて襲いかかる。
(まずい……一気に仕留めきれないと、こちらが消耗する。ここは――)
俺は一瞬迷いながらも、仕留めた狼男たちの肉を素早く少しだけかじる。捕食による即時回復や微量の経験値上昇を期待しての行動だ。実際、体に少しだけ力が戻ってくるのを感じる。痛む傷口から血が滲んでいるが、今の狂乱状態なら乗り切れるかもしれない。
「グルルル……!」
槍を持った狼男が二手に分かれて突きかかり、残りの一体は後方から弓矢を狙っている。弓を持つ狼男……面倒な相手だが、まずは近接の二体を倒さねばならない。
槍先が俺の前脚を狙うが、蹄で弾き飛ばすように払い、角で相手の脇腹を突き上げる。ごりっと骨の折れる感触があり、狼男は泡を吹きながら倒れる。しかし完全には死んでいない。ならばとどめを――と動いた瞬間、背中に痛烈な衝撃が走った。
(グッ……!)
振り向くと、もう一体の狼男が棍棒で背中を殴りつけてきたのだ。歯を食いしばって耐え、角を横薙ぎに振ると、かろうじて相手の腕をかすめ血が飛ぶ。だが、相手も必死に抵抗している。
(やはり複数相手はきついか……)
さらに弓の狼男が矢を番え、こちらを狙う気配がある。気配察知が知らせている。こちらが動いた瞬間、矢を放つタイミングを合わせてくるはずだ。
(どうする……?)
考えながら、一か八かの行動に出る。まずは近くの狼男を盾にしてしまおう――。痛みをこらえて素早く体をひねり、棍棒を握った狼男の背中に突進して押し出す形で弓の方角へ向ける。弓の狼男が矢を放つ瞬間、こちらの盾代わりになってくれれば、誤射させられる。
「なっ?! やめろ!」
棍棒の狼男は驚いて踏ん張ろうとするが、こちらは狂乱のパワーで無理やり押し込む。次の瞬間、弓から放たれた矢がその狼男の背中を貫く。本人は仲間を射るつもりはなかっただろうが、結果的に味方を誤射した形だ。
「ぐはっ……」
棍棒の狼男が崩れ落ちる。わずかな隙を逃さず、俺は弓を持つ狼男に突撃する。相手が慌てて次の矢を番えようとするが間に合わない。角で弓ごと体を薙ぎ倒し、狼男が地面に転がる。
「くっ……!」
うまく仕留められず、相手は地面を転がりながら何とか飛び退く。こちらも追い打ちをかけようと一歩踏み込んだが、そこに最初に槍を突き出してきた(まだ完全に死んでいない)狼男が起き上がろうとしているのが見えた。
状況はまだ予断を許さない。狼男たちの体力は侮れない。奴らは獣の回復力を持ち合わせている可能性もある。今ここで長期戦になれば、俺の方が不利だ。
――ならば、ここで“捕食”による急回復をもう一度狙う。
倒れている棍棒の狼男はまだ息があるが、かなり弱っている。ならばこれを一気に捕食して回復すれば、残る二体を仕留める力を取り戻せるかもしれない。ひとまず急いでそいつの喉元へ噛みつき、グチャグチャと肉を食い千切る。
「がっ……ぁ……」
狼男は断末魔のうめき声をあげ、抵抗する力もなく絶命した。こいつをむさぼり喰ううちに、体内に生気が満ちる感覚が広がる。頭の中でシステムの声が響く。
――「経験値を獲得しました。わずかに体力が回復します」――
体に力が戻ってくる一方、まぎれもない人型の存在を食べるという狂気をまた味わう。それでも俺はこの世界の理に従わざるを得ない。そうしなければ、あっという間に食われる身なのだ。
「くそっ、食べているぞ……なんてやつだ!」
槍の狼男がギリギリと歯ぎしりするように憤りの声を上げる。弓の狼男も一瞬ひるんでいるが、すぐに再度矢を番えて狙ってきた。
(させるか!)
俺は狂乱の一撃Lv2を再度発動する。体の奥底に残るわずかな力を振り絞り、一気にスピードを上げて弓の狼男へ突進。矢が放たれるが、今度は間に合わない。視界の端に矢がかすめるのを感じるが、そのまま力任せに体当たりを見舞う。
ドシュッ――!
角が弓の狼男の胸を突き破り、血しぶきが舞う。相手の絶命を確認すると、すぐさま肉を貪る。まともに味わう余裕などないが、これでさらに体力を補充。
(あと一体……!)
まだ動いているのは、槍の狼男。一度は胸を貫かれたが、どうやら致命傷には至っていなかった様子だ。が、血を大量に流しており、動きも鈍い。
俺と目が合うと、狼男は苦しげに膝をつきながら、それでも槍を握りしめて構えを解かない。
「この……悪魔め……!」
狼男の目には恐怖と憎悪が宿っている。俺の行為が残酷なのは承知の上だ。だが、生き残るためにはどちらかが死ぬ。それだけの話だ。
俺は最後の力を込めて突進し、狼男が振り下ろした槍をギリギリでかわす。そしてその横腹に思い切り体当たりを叩き込んだ。内臓が破裂したのか、狼男は呻き声とともに地面に沈む。
( ふぅ……)
倒れる狼男にとどめを刺し、さらに捕食。血で前足が真っ赤に染まる。今回の戦いは危険だったが、そのぶん得るものも大きいはずだ。
――「経験値を獲得しました。レベル5 → 6。スキル〈嗅覚強化Lv1〉を習得しました」――
やはり集団で戦闘力の高い獣人を複数倒しただけあって、一気にレベルが上がった。嗅覚強化も得られたようだ。狼系の相手を食べたことで、匂いを嗅ぎ分ける能力が高まるのだろうか。気配察知や回避にも役立ちそうだ。
「メェ……」
俺は泥混じりの血の匂いに鼻を曲げながらも、その強化された嗅覚で周囲に別の敵がいないか確認する。幸い、この狼男たちだけらしく、近くに仲間はいないようだ。
これで少しまた強くなれた。しかし、その代償として自分の中に刻まれる“血の狂気”も増しているような気がする。悪夢にうなされる夜がさらに増えていきそうだが、背に腹は代えられない。
息を整え、次なる獲物を――いや、自分が生き残るための糧を求め、森の奥へと進む。獣道を抜けると、どこからか腐臭のような嫌な匂いが漂ってきた。ここから先、より一層危険な場所であることを示しているのだろう。
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