自由を掲げる城塞、揺るがぬ誇り


街の入り口に辿り着いたネメシアは、肩越しに谷の方向を振り返った。砂煙はまだ遠くに立ち込めており、剣戟の音はもう聞こえない。


「……無事かしら。」


不安が胸をよぎる。ヤジュンのことは信用できるとは思っているものの、あの小さな体で大斧を振るう姿が脳裏をよぎるたび、胸がざわつく。


「きっと大丈夫だにゃ。」


チロクミがそっけなく答え、肩の上でしっぽを揺らした。


「……行くにゃ。」


ネメシアはその態度にわずかに眉をひそめたが、深く考えず、歩を進めた。


目の前に広がるのは独立都市「エルダ=シェルヴァ」。自由を掲げるこの都市は、周囲を頑丈な城壁で囲まれ、あちこちに武装した門番が目を光らせていた。城門の脇では大柄な男たちが槍を構え、訪れる者を厳しく見定めている。


中に入ると、街は活気に満ち溢れていた。石畳の広場には行商人の声が飛び交い、屈強な冒険者たちが酒場の前で談笑している。剣を腰に下げた者、鎧をまとった者、そして中には獣の耳や尾を持つ異形の者まで混じっていた。


ネメシアが周囲を物珍しそうに見回していると、数人の荒くれ者が彼女の姿を認めて、にやりと笑った。


「お嬢ちゃん、こんなとこで迷子かい?」


「ひとり旅ってのは無謀じゃないか?」


彼らの嘲るような笑い声が響き、周囲の冒険者たちもちらちらとこちらを見やる。ネメシアは相手にせず、静かに足を進めたが、肩の上のチロクミはふと鋭い光を宿した目を細めた。


「くだらないにゃ……。」


ふわりと尾が揺れた瞬間、荒くれ者たちが座る椅子の脚がパキリと音を立てて崩れた。


「うわっ!?」


男たちは一瞬の出来事に対応できず、椅子ごと後ろへ倒れ込み、頭からテーブルのエール樽に突っ込んだ。ビシャッと酒が溢れ、彼らの顔をずぶ濡れにする。


「っくそ!なんだこれ……!」


突然の惨事に呆気に取られ、周囲の者たちが吹き出す中、ネメシアは何事もなかったかのように歩き続ける。肩の上のチロクミはしっぽをゆったりと揺らし、満足げに小さく鼻を鳴らした。


「ふふん。」


ネメシアは呆れたように小さくため息をつきながら、ちらりとチロクミを見上げた。


「……あなた、やったわね?」


「気のせいにゃ。」


ふと、視線の先に教会が見えてきた。白い石造りの堂々とした建物で、厳かな雰囲気が街の喧騒とは対照的だった。


「ここが……教会ね。」


ネメシアは歩調を緩め、ふとチロクミに声をかけた。


「……チロクミ、さっきからどうしたの?」


肩の上の黒猫が、ぴくりと耳を動かす。


「別に、何でもないにゃ。」


「誤魔化さないで。」


ネメシアの鋭い指摘に、チロクミは視線を逸らし、小さく欠伸をするふりをした。


「気のせいだにゃ。」


そう言いながらも、その目には僅かに曇りが見えた。


ネメシアはそれ以上問い詰めることなく、肩をすくめて教会へ向かって歩みを進めた。


「まあいいわ、とりあえず行きましょう。」


「そうするにゃ。」


軽いやり取りの中で、どこかぎこちなさを残しつつも、二人は静かに教会の門をくぐる。


教会の扉がゆっくりと開き、中の静寂が二人を迎え入れた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る