第38話 空の栞
お兄ちゃんは、空が好きだった。
何か考え事があれば、空を見上げる。
悲しいことがあっても、空を見る。
ぼんやりと空を仰いでいる姿は、いつも綺麗だった。
そんなお兄ちゃんは、体が弱い。
よく倒れているところを目にしていた。
「日向はね、こういう運命を背負っちゃったのよ」
お母さんは、いつもそう言っていた。
わたしを膝の上に乗せて、包み込んでくれながら。
ベッドには、お兄ちゃんが眠っている。はぁはぁと苦しそうに息をしていた。
「ごめんな、日向。大丈夫だから」
お父さんは、お兄ちゃんの額に手を当てる。
優しい光が溢れて、お兄ちゃんを包み込んでいた。
「なにしてるの? おにいちゃんは、しんじゃうの?」
子どもながら、これは特異なことなのだと理解していた。
だから、怖かった。
お兄ちゃんがいなくなってしまうかも、と。
「死なないわ。大丈夫よ」
強い口調で言った、お母さん。
見上げれば、どこか悲しそうな顔をしていた。
「良くも、悪くもね」
その言葉の意味を、あの頃のわたしが理解することは難しかった。
*
「う……」
ふと、お兄ちゃんが小さな声を上げた。
ベッドを覗き込めば、ゆるゆると目を開けているところだった。
「お兄ちゃん」
そう声をかければ、おにいちゃんはとろんとした目でわたしの方を見た。
涙で潤む、琥珀色の瞳。
どこか綺麗だと思ってしまった。
「あお、い……?」
「倒れたの、覚えてない? 雨でびっしょになったから、熱出たんだよ」
一昨日の夜。
向日葵書店に行ってみたら、びっしょり濡れたお兄ちゃんがいた。
このままだと風邪を引くからと、慌ててお風呂に入れたのに。
次にわたしがお風呂を借りて出てきたときには、お兄ちゃんが倒れていたのだ。
「まったく。なにか悩みごと?」
温くなった、額の冷却シートをはがす。
触れてみれば、まだ熱は高い。昨日に比べたら、少しは下がってきたけれど。
新しい冷却シートを用意して、そっと貼る。
乱れた布団を肩までしっかりとかけてから、その汗を拭った。
「どうせ、空を見てたら雨に降られたんでしょ」
「……せいか、い」
お兄ちゃんは、力なく笑った。
「秘密、がバレそうに、なったから……」
「え?」
「どうしようか、って……考えるために、散歩いった。それで……」
「無理して喋らなくていいよ」
話すのさえ億劫そうなお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃんの額に、そっと手を置いた。
昔、お父さんがやっていたみたいに。
「また寝て。治るまでいるから」
「ん……」
「治ったら、わたしも秘密がバレそうになった話してあげる」
そう言えば、お兄ちゃんはびっくりしたようにわたしを見た。
でも、瞼はゆっくりと落ちていく。
わたしはくすりと笑った。
「おやすみ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんの体が弱いのは、その体に〈力〉が入っているから。
それを知っているお父さんとお母さんは、お兄ちゃんが倒れる度に悲しそうにしていた。
そんな二人を悲しませたくない。
だからお兄ちゃんは、どんなに体調が悪くても我慢するようになった。
隠して欲しくない。
わたしは、お兄ちゃんの味方だから。
お兄ちゃんが苦しいときは、ずっと傍にいるって決めたんだ。
お父さんとお母さんがいなくても、わたしがいる。
お兄ちゃんの運命を、一緒に背負っていくのは当たり前。
二人で一人なんだから。
だから、安心してね。
ぐったりと眠ったお兄ちゃんの手を、わたしはしっかりと握りしめるのだった。
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