第34話 虐げられ系物語【ソレイユ書房】

「人間は、よくこんなことを考えますわね」


 王女・アリアは、人界書を見てびっくりした声を上げた。

 

 今日は、アリアに王城に呼ばれていた。

 お茶会をしようという誘いだったのだが……。

 そろそろ、この国の第一王女様アリアの誕生日。

 それに向けて王都が活気づくにつれて、妹大好き兄王子たちにも火が付くようで。

 誕生日の贈り物は何がいいかを問い詰められて面倒くさくなった王女は、鍵がかかる図書室にわたしを連れ込んだ。

 そのため、今はアリアと二人で王城の図書室にいる。


「あぁ、虐げられ系ね」


 今、人間界で流行りの虐げられ物語。

 そのジャンルの本を見つけたアリアは、テーブルの椅子に座った。

 本を持ってきて、パラパラと捲る。


 虐げられ物語は、ソレイユ書房には入れていない。

 人間界と魔法界の道徳心は、違うところがあるから。


 ソレイユ書房の仕組みとして、一度入れた人界書は必ず一冊は王城に納めなければならない。

 規制しなければならなくなったときに必要だから。

 そんな図書室は、様々な本で溢れ返っている。

 わたしたち本好きにとっては、至福の場所だ。


「……これは、社会問題になりそうですわ」

「そうだよね」


 例えば、魔力がないと家門の一員として認められないと幽閉したり。

 ただ単に、前妻の顔そっくりだからいじめられたり。

 そこから這い上がっていくというストーリーが、人間界では人気なのだ。


「でも、おもしろい視点ですわね」


 アリアは、本をぱたんと閉じた。


「これは、教育書として使えそうです」

「教育書として?」


 ただの物語ではなく、教育の専門書として。

 まさかの反応に、わたしは少し面食らう。

 そんなわたしを見て、アリアはくすりと笑った。


「虐げられている者が、実はどこかにいるかもしれない。でも、本人が隠していたら分からない。だから、見つけるためには本でその心情を捉えていく。そんな教育の面で使えればよろしくて?」

「た、確かに」


 虐げられ系の物語は、ただの『物語』としての読み方しかしてこなかった。

 これは酷いと思いつつ、絶対にどこかで救世主が現れる。

 だから、がんばれ。

 そう思いながら読むのが、わたしの読み方。

 でもそれは、実際に起きていることだとすると、かなり酷なことだ。

 もしかしたら、法に触れてしまうかもしれない。


「教育機関のみで扱う参考資料としてなら、きっと良いものになりますわ」

「そうだね。一般の人には売らないで、教育機関の人にはそう言って薦めてみよう」


 そうだ。ポップとか帯とか勝手に作ってみよう。

 『王女様推薦! 読み方を変えると、次世代の教育書になるかも!?』みたいな名目打って。

 アリアのことを書けば、売れるかもしれない。


「その顔、もしや友人を売ろうとしてますわね?」

「そ、そんなことないよ~」

「目が泳いでますわ!」


 アリアが追いかけてくる。

 その手から逃れるように、わたしは逃げ続けた。

 二人で笑いながら追いかけっこ。

 そんな楽しい時間は、王妃様によって打ち砕かれた。


「追いかけっこなんて、図書室でやるものではありません!」


 ごもっともだった。



 *



 ソレイユ書房に帰る。

 店を開けてから一番に来店されたのは、有名な学者先生だった。


「あら、ヘンリー先生。いらっしゃいませ」

「久しぶりだな、アオイくん」


 ヘンリー先生は、魔法学校の教官だ。

 かなり有名な学者でもあって、専攻は魔法心理学。

 魔力を扱う者と人間の心理は違うのか、そんなことを研究しているらしい。

 そんな先生も、ソレイユ書房の常連さんだった。


「今日は、どんな本をお求めで?」

「授業で使える本があればと思ってね。適当に見てくるけど、もし何かあったら声をかけさせてもらうよ」

「えぇ。ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、ヘンリー先生は棚の奥へ姿を消した。

 その間、わたしはアリアからもらったアイディアを実行することにする。

 まずは、その本を仕入れだ。

 導き書で調べると、どうやら向日葵書店には在庫があるらしい。

 一応、二冊ばかり移動してもらうように登録する。

 要はお試し。

 売れなかったら返せばいいや。


「えっと、とりあえずチラシみたいなの作ろうかな」


 人間界でお買い物したときに買った、ガラスペン。

 星座ごとにカラーがあって、付属のインクもそれぞれだったところに惹かれた。

 だから、お兄ちゃんと一緒に双子座のガラスペンを買ったんだ。

 ブルーとグリーン、そして黄金に輝くイエローのインク。

 透明なペンにインクを付けて、紙にさらさらと書いていく。

 すると。


「おや。不思議なペンだな」


 知らない間に、ヘンリー先生がカウンター前に来ていた。

 わたしの手元を見て、そのペンをじっと見つめる。


「人間界の物か?」

「はい。とても綺麗で、思わず買っちゃったんです」


 ヘンリー先生に、ペンを見せる。

 それをまじまじと観察していた先生は、ふっと微笑んだ。


「綺麗だな。お目が高い」

「いえいえ、そんな」


 褒められて嬉しくなる。

 返してもらったペンを、そっと机に置いたとき。

 わたしの手元を偶然追っていたらしい先生が、「なに!?」と声を上げた。

 カウンターに身を乗り出して、わたしが書いていた紙を見る。


「王女殿下ご推薦の本があるだと!?」

「はい。と言っても、購入できる方は一部の方です」


 ちょうどいい、一つ出来上がったところだ。

 わたしは、ヘンリー先生にチラシを差し出した。


「人間界で人気の異世界虐げられ物語です。でも、こちらだと少し過激で。販売をやめていたんですけど、王女殿下が素晴らしい案をいただいたので、教育機関の方だけに販売しようかと」

「こ、これは素晴らしい!」


 ヘンリー先生は、あらすじ部分を読んで感激したようだった。

 バンッとカウンターに手を置いて、わたしへ詰め寄ってきた。


「ぜひ、入ったら一冊欲しい。これは、いい授業になるぞ」

「承りました。それはよかったです」


 まさか、チラシだけで売れるとは。

 嬉しく思いながら、羊皮紙に注文の旨を書いていく。

 書き終えて、ヘンリー先生に手渡した。


「ただ、これは禁書扱いになりますので、絶対に教員の方以外には見せないでくださいね。王女殿下がそのような登録をして、許可が下りている者以外は読めないような手続きをしてくださるようですが、念のためお伝えさせていただきます」

「もちろんだ。今後の教育問題としてぜひ取り上げたいからな。王女殿下によろしくお伝え願う」


 こうして、虐げられ物語は教育書となったのだった。

 読み方一つで、こんなにも意味合いが変わってしまう。

 それに気付かされた一件だった。

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