第18話 ヒーロー【ソレイユ書房】
「人間界のヒーローってさ、ちょっと違うよね」
ある日の夕方。
訪れた常連のレイチェルが、ふとそう言った。
「どうしたの、急に」
「これ読んでてそう思ったんだ」
レイチェルが見せてきたのは、『きらきら魔法のヒーロー物語』という人界書。
ある日、魔法が使えるようになった人間の女の子が、ヒーローになるために悪と戦うという物語。
人間界では、その変身バンクや魔法のステッキが人気で、主人公の可愛さとかっこよさが溢れている作品だ。
そんな物語にドハマりしているレイチェルは、目を輝かせてカウンセリングに身を乗り出した。
「だって、普通の女の子が変身して魔法を使うじゃん? 私たちのヒーローは王宮騎士団とか、魔術師たちだもん。変身するどころか、いつもそのコスチュームでいるもん」
「確かに」
この国では、警察の役割を王宮騎士団が担う。そして、魔法が必要な場面では魔術師たちが活躍する。
そのため、一般人から変身してヒーローになるということがないのだ。
それに、この世界では魔法を使うことができる者が多い。使えない人もいるけど、魔力を使う訓練すれば、魔法を発動できる。
だから、『きらきら魔法のヒーロー物語』の世界は、わたしたちの世界とは無縁だった。
「ほんと、人間ってすごいな」
レイチェルは、本を眺めてまじまじと言った。
「突然魔法が使えるようになったって設定、本当にすごいと思う。魔法が使えるようになったら喜んで遊ぶとかじゃなくて、人助けに使おうとすることも。だから、『ヒーロー』なんじゃないかなって」
「わたしたちとは違って、身近じゃないヒーローだからこそ、憧れが強いのかもね」
わたしたちのヒーローは、いつも身近にいる。
なろうと思えば、努力次第でなれるもの。
ただ、人間界ではそのような不思議な力は得られない。
だからきっと、人間は物語世界のヒーローに憧れる。
「でも、そんな物理的なヒーローじゃなくても、必ずどこかにヒーローはいるからね」
「え?」
「だって、わたしのヒーローはお兄ちゃんだもん」
お兄ちゃんは、魔法は使えない。
でも、わたしのヒーローだ。
助けて欲しいときに必ず助けてくれるし、いつも優しくわたしとおしゃべりしてくれる。
お母さんとお父さんと離れていても、お兄ちゃんがいるから安心できる。
だから、お兄ちゃんはわたしのヒーローだ。
「なるほど、それもヒーローだね」
レイチェルは、柔らかく微笑んだ。
*
「ごきげんよう」
レイチェルに、お兄ちゃんのヒーローぶりを聞いてもらっていると。
ドアのベルがカランと鳴って、誰かが入ってきた。
お付きの者と共にいたのは、伯爵令嬢のアイリスだ。
「あら、アイリス」
「レイチェルじゃない。来てたのね」
レイチェルは、この国の大商人の娘だ。
本好きなのはそこから来ていて、国を跨いだ仕事をしている父親から、さまざまな国の本を買ってきてもらっているらしい。
そのレイチェルの店を愛用しているのが、アイリスだ。
同い年ということもあって、二人は幼なじみだった。
「何のお話をしてたの?」
「人間界のヒーローがおもしろいって話よ」
レイチェルは、持っていた本をアイリスに見せた。
「『きらきら魔法のヒーロー物語』……。魔法が使える人間の話なの?」
「いいえ、急に使えるようになった女の子の話」
すると、アイリスが目を輝かせた。
……あ、ちょっと嫌な予感。
「使えるように!? そうか、人間は魔法が使えないものね。これ、良いわね」
「良いって、アイリスまさか……」
「でしょう!? アイリスにぴったりだと思ったのよ!」
レイチェルがぴょんっと跳ね上がった。
その後ろで、アイリスの侍女さんが困ったような顔をしている。
きっと、わたしと同じことを考えているよね。
「つまり、人間は『急に魔法が使える』っていう現象が人気なのね。じゃあ、逆はどうかしら」
「逆?」
「えぇ。『魔法使いが急に魔法が使えなくなる』っていう現象。これ、おもしろそうじゃない?」
あぁ、やっぱり。
アイリスは最近、人間界の物語を魔法界と逆に考えるということにハマっている。
『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』がヒットしたものだから、楽しくて楽しくて仕方ないらしい。
そして、そんなアイリスにネタ提供をするのがレイチェルだ。
この二人が揃うと、ロクでもないことに巻き込まれるのだ。
「そしたらヒーローじゃなくなるのかな。それとも、人間として生きるために人間界に行くのもいいわね。人間に紛れ込んで過ごして、魔法界のことを忘れてくの。でも、大切な人を守るためには魔法が必要で……みたいな!」
「いいわね! どうせなら二つ書かない!? 私も手伝うわ!」
わたしと侍女さんを置いて、どんどん盛り上がるお二人。
想像通りの展開で、なんだかげっそりだ。
すると、侍女さんがこそっと近づいてきた。
「すみません。もしお嬢様がまたお話を書かれましたら、置いていただきたいです」
申し訳なさそうに言う侍女さん。
自費出版になるし、勝手なお嬢様の独断で伯爵が驚くから、という理由で頭が上がらないんだと思う。
でも、アイリスの物語はおもしろいし、買われるお客様もいるからなんとも言えない。
本のためならどこにでも行っちゃうお嬢様だから、お父様も大変なんだよね。
おじさん、ほんとごめんなさい。
読みたい本がないなら書けばいいと教えたのは、このわたしです……。
「謝らないでください。わたしの入れ知恵でもありますし。人間界の方にも少し置きますから」
「ありがとうございます」
わたし、この侍女さんと仲良くしよう。
そう思って手を差し出すと、侍女さんはしっかりと力強く握り返してくれたのだった。
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