第9話 店舗視察【ソレイユ書房】
「さぁ、お兄ちゃん! ご飯食べに行こう!」
向日葵書店で、本日最後のお客様を見送った。
店締めをし、片付けをして、掃除をして。
全て終わってから、わたしはお兄ちゃんの方を向いた。
お兄ちゃんは、明日の定休日の札を掛けにいったところ。店の中に戻ってくると、若草色のエプロンを外した。
「はいはい、ちょっと待ってろ。準備するから」
ぽん、と頭の上に大きな手が置かれる。
背が高くて、服装はシンプルでかっこいいお兄ちゃん。
お兄ちゃんの髪は黒色で、瞳は琥珀色。わたしとは逆の色合い。
だけど、顔はそっくりとよく言われる。大好きなお兄ちゃんと一緒というのが、本当に嬉しいんだ。
準備ができたら、いざ『向こう』の世界へ。
戸締りをしっかりとしてから、あのドアの前に立つ。
「行こうか」
お兄ちゃんが、そう言ってドアを開けてくれた。
ドアの向こうは、ソレイユ書房で魔法界。
普通の人間は絶対知らないこの世界の秘密。
白い光が輝くドアの向こうへ、わたしたちは一緒に踏み出した。
ソレイユ書房は、この国の王都に所在している。
王都の真ん中を通る川沿いには、さまざまな商店が並ぶ大通りがある。
その大通りにある昔馴染みの食堂で、夕食を取ることにした。
「二人が揃っているの久しぶりだねぇ! たくさん食べていきな!」
「おうおう、食え食え!」
女将さんとご主人は、おまけだと言って頼んでいない料理をたくさん出してくれた。
この二人には、昔からよくお世話になっていた。わたしはもちろん、お兄ちゃんもこの世界に来たとこには必ず立ち寄る。だから、ここはすごく居心地の良い場所だった。
食堂の絶品料理をたらふく食べて、ソレイユ書房に戻る。
書房には、もちろんお兄ちゃん用の部屋を用意してある。
そこで休んで貰って、明日は書房の店舗視察。
お兄ちゃんと一緒にカウンターに立てることが、すごく楽しみだ。
*
「いらっしゃいませー!」
王城の鐘が鳴り響くと、開店となる。
今日も、ソレイユ書房は一定の客数を保っていた。
「人界書二冊ね。銀貨一枚と銅貨二枚です」
やっぱり、人界書は人気。
特に、今は純文学が人気なんだよね。
純文学の素朴な雰囲気、言葉選びの美しさに、魔法界の人々は魅力を感じるのだそう。
日本人なら誰でも知っている文豪の本が売れていくたび、お兄ちゃんは嬉しそうに顔をほころばせていた。
「こんなに人気じゃ、『純文学フェア』でもやれば?」
客足が少し遠のいたころ。
取り寄せの羊皮紙を保存していると、お兄ちゃんからそんな提案をされた。
きっと人間界の倍の数は売れているだろうから、この機会を逃す訳にはいかない。
そう考えたんだろう。
お兄ちゃんは期待を込めてわたしを見てきたが、その視線に対して首を横に振った。
「やりたいんだけどね、スペースがないのよ。それに、魔法界の人たちのブームは一瞬で去っちゃうから、スペースを作り終わった頃にはブームが去ってる可能性もあるんだ」
ソレイユ書房は、向日葵書店よりも置いてある本が多い。
異世界の本を、人間界とは違って大々的に置けることもあって、店内は本棚でいっぱいなのだ。
フェアを行うには、それなりの本の数と、スペースが必要になる。棚を一つ開けるか、フェア用にテーブルなどを用意するか。どちらも、今の状況では難しい。
お兄ちゃんの案を採用したいところだけど、それを実現するだけの力がなかった。
「まぁ、安定に売れてるからフェアはしなくても大丈夫。人界書だから、お兄ちゃんのところで発注よろしく~!」
「分かった」
さすがに、魔法界から人間界の出版社に発注をかけることはできない。そのため、人界書の発注はお兄ちゃんに頼んでいた。
ソレイユ書房は、向日葵書店と同じような雰囲気がある。
本の香りも、木の香りも、魔法がなければ全て一緒。
ただ、店主が違うから細かいところは異なってくる。
もちろん、自分のお店が一番好きだけど、お兄ちゃんのお店も好き。お兄ちゃんがいるだけで、その空間はすごく暖かいから。
「あれ、ヒナタくんだ」
お昼を少し過ぎた頃。
魔法学校のローブに身を包んだ生徒が、書房にやってきた。カウンターを見るなり、彼はさっと近づいてくる。
「お、レオンくん。久しぶり」
「久しぶり! こっちに来てたの?」
「うん。店舗視察でね」
レオンくん。
魔法学校の生徒で、よくこの書房を利用してくれるお客さん。レオンくんは、お兄ちゃんと仲良しで『友達に年齢は関係ない!』といつも言っていた。
「今日は、何を求めて?」
レオンくんは、専門書から物語まで幅広く本を読んでいる。いつか、学校の図書館の本を全部読み尽くしたいって言ってたっけ。
今日は、なんの本を読むのかな。
そうウキウキして尋ねると、レオンくんは少し声をひそめて言った。
「調べて欲しいのがあるんだ」
「ん、何かな?」
「これ。『まんが』っていうらしいんだけど、知ってる?」
レオンくんが見せてくれたのは、『月夜の読書』という新聞の切り抜きだった。
王国一番の、本に関する新聞。ここには、流行の本などがたくさん書かれているのだ。
「今週のテーマが、その『まんが』ってやつでさ。読んでみたくなったから、ここにあるかなって」
「うーん、ここには漫画を取り扱ってないかなぁ」
漫画は、人間界で生まれた本の形態。こっちの世界には、漫画というものは存在しない。
それに知っている人もいなかったため、取り扱うことはしていなかった。
「そっかぁ。『まんが』ってすごいんだ。文字と絵が一緒になってて、同時に読むことで物語が頭の中に入ってくるんだろ? どっち見ればいいか分かんなくなっちゃうって。人間ってすげぇよ、あれを一瞬で読んで、どんどんページをめくるんだ。本当にすごい」
その熱量は、ものすごいものだった。レオンくんは目をきらきらさせて語っている。
ここまで熱が入っているのだ、入れてあげようと決めた。
「取り寄せできるものなら承るよ。どの漫画が読みたいの?」
「これ。『ひとしずくの青春』っていう漫画」
おー! これ、最近出版されたばかりの青春漫画だ!
お兄ちゃんをちらりと見る。目が合うと、にこりと微笑んで頷いてくれた。
向日葵書店に在庫はあるらしい。なら、取り寄せはできる。
導き書で探すこともできるんだけど、せっかくお兄ちゃんが隣にいるんだから聞いた方が早いんだ。
「大丈夫、取り寄せできるよ。三日後くらいには入ってくると思う」
「うわ、ほんと!? 嬉しい! ありがとう、アオイさん!」
「いいえ~」
喜んでくれるのなら、これくらいお安い御用だ。
取り寄せする漫画のタイトルを書いて、レオンくんには名前を書いて貰う。
そしてそれを、レオンくんに「はい」と渡した。
「いつもみたいにこれ持ってきてね」
「うん! 楽しみにしてる!」
レオンくんは、満面の笑みで羊皮紙を受け取った。
輝くような笑顔に、わたしも嬉しくなってくる。
「漫画か。とうとうこっちにも、コミックが入ってくるかな」
レオンくんを見送ると、お兄ちゃんが楽しそうに言った。
わたしは、控えの羊皮紙を保管しながら「そうだね」と頷く。
「漫画、わたしも大好き。これがきっかけで人気になればいいな」
「そしたら、もっと本が楽しくなるね」
魔法界で、漫画が流行るときが来るのだろうか。
そんな未来を思い浮かべながら、わたしは羊皮紙を撫でた。
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