ひまわり兄妹の書店事情 ー魔法界でも人間界でも、読みたい本をあなたの手に届けますー
nano
第1話 向日葵書店
人間界ではない世界で書かれた本を、お求めですか?
その際は、合言葉を店主までお申し付けください。
そうしましたら、お求めの本の棚までご案内いたします──。
「ファンタジオロジーの本はありますか?」
本日一人目のお客様は、品のあるご婦人だった。
僕は、座っていたカウンターの椅子から立ち上がって微笑む。
「いらっしゃいませ、
「日向くん、また来ちゃった」
光本さんは、嬉しそうに笑いながら僕に近づいてくる。そして、カウンター横のブックトラックに目を向けた。
「あら、新刊が出てるじゃない」
「はい。『こちら』で人気の作家さんの新刊なんです」
この作家は、今注目されている若手作家だ。とても人気で、新刊は飛ぶように売れる。そのため、今日みたいに三冊入っていることは珍しい。
「へぇ、おもしろそう。一冊買ってみようかな」
「ぜひ。あぁ、ファンタジオロジーでしたね。こちらへどうぞ」
ファンタジオロジーとは、この書店でしか扱っていない本のジャンルである。
少し狭い、本の香り漂う店内。立ち並ぶ本棚の死角となるところに、ファンタジオロジーの本はある。
ただし、あることをしないと、この本は読めない。
なぜなら、普通に見ればここは『ファンタジー作品』の棚だから。
「光本さん。ここへお願いします」
「はいはい」
店内の本棚には、宝石のような石が必ず装飾されている。
ファンタジオロジーの本棚も一緒。ただ違うのは、他の石たちと似た『魔法石』だということ。
「いつ見てもすごいわね」
光本さんが、魔法石に手を添える。すると、それは金色に光り輝く。
光が収まれば、顔を覗かせるのは古めかしい本たち。少しボロボロなのが、味を出している。
「では、ごゆっくり」
「どうも」
光本さんに頭を下げて、僕はカウンターに戻る。
ちらりと後ろを見れば、光本さんは既に本を一冊手に取っていた。
タイトルは、『古代魔術の変遷』。
ここは、とある街の小さな本屋『向日葵書店』。
こじんまりした本屋は、店主である僕・
大型書店や老舗書店と同じように、文芸書やコミック、雑誌にムックまで取り揃えている。
ただ一つ、他の書店にはない特別な事情を除いて。
向日葵書店は、『魔法世界』の本 ──魔法書── を取り扱っている。
「これにするわ」
数分後。カウンターにやってきた光本さんは、本を僕に見せてきた。
タイトルは『古代魔術における禁術について』。どうやら、古代魔術に手を出しているらしい。
「一応聞きますが、禁術をお使いになるということは……」
「ないわよ。安心して」
光本さんはからからと笑って、僕の肩を叩く。
その答えにほっとすると、さっきの新刊も加えた二冊をレジに通す。
新刊は、バーコードを二つ読み取る。
魔法書は、ISBMがないためタイトルをパソコンに打ち込む。
「二冊で、三千九十円のお買い上げです」
「じゃあ、三千五百円でお願い」
「はい」
トレーに乗せられた貨幣を数え、レジを打つ。
そして、おつりを光本さんに差し出した。
「いつもありがとうございます。新刊の方には、ブックカバーをかけますか?」
「お願いします」
ブックカバーは、この書店が創業し始めてから変わらないデザインのもの。
向日葵畑の中に、猫が佇んでいるデザイン。
僕は、昔からこのブックカバーが好きだった。
「そういえば、アオイちゃんは元気?」
「葵ですか。いつも通り元気ですよ」
「それはよかった。最近、『向こう』に帰ってないから、アオイちゃんの店に行けなくて」
「葵も寂しがってましたよ。今度、『こちら』に来るみたいです」
「あら、本当? アオイちゃんの好きな紅茶を用意しておかないと」
「喜びます」
そんな会話をしているうちに、ブックカバーを付け終わった。
残念だけど、魔法書にはブックカバーを付けられない。表紙も中身も、特殊な紙でできているから、安易に『こちら』のものを付属できないのだ。
「ありがとうね。また来るわ」
「ご来店ありがとうございました。またお待ちしています」
光本さんが店を出る。
外まで見送ると、光本さんは「またね」と手を振ってくれた。
手を振り返した瞬間、その場がぱっと明るくなって、目が開かないほどの光が現れる。
その光がなくなって、ゆっくりと目を開けると。
「さすが、光の魔女。帰るのも光の速さだ」
光本さんの姿は見えなくなっていた。
*
本屋の仕事は楽しい。
売れ筋を見て本を入れたり、何年も動いていない本は下ろしたりする。
そうやって本に触れている毎日が、とても楽しかった。
パソコンで、売れ筋データを確認する。
色々な出版社のサイトを眺めていると、パソコンが青い光で通知を知らせた。
僕は、その通知をカーソルで押す。
すると。
『お兄ちゃん!』
琥珀色の髪をした『彼女』が画面に映し出された。
「なんだ、葵」
僕の、双子の妹である。
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