おまけ2 世間が狭いにほどがある

 弥園みそのからエッチな写真が送られてはじめて半月ほど経過した頃、友人の恭平きょうへいから電話がかかってきた。

 どうやら、とある女の子と良い関係になったらしく、そのことを自慢してきたのだ。そういや彼には芽凛衣めりいと会わせてなかったな。


 それはそうと、恭平きょうへいの相手はいったいどんな人物なのだろうか?どうやら向こうから声をかけてきたそうなのだが、それが中学時代に助けたとかいう女の子だったらしい。

 恭平きょうへいもそうだが、向こうも向こうで、よくもまぁ覚えていたものだ。既に二年近く離れているはずなのにね。


 そして彼は、せっかくだから会わせたいと言うので、俺も芽凛衣めりいを連れていくことにした。



 その話をした翌日、芽凛衣めりいと俺は放課後に恭平きょうへいとの待ち合わせ場所に向かった。どうやら彼の相手も俺たちの最寄駅近くに住んでいるらしく、こちらに会いに来るらしい。

 通学路の途中の街は最寄駅近くのものなので、大した遠回りにならないのは助かるな。


 そんなこんなで待ち合わせ場所に到着し、スマホを確認する。彼は今電車に乗ったみたいで、まだ二十分ほどかかるみたいだ。

 隣の市の高校だから、特急にでも乗らないとそんなもんはかかるだろうなぁ。


「まだかかるみたいだし、そこらへんの店でもはいるか」


「暑いもんね。汗かいちゃう」


 服の首もと辺りを摘まんでパタパタとしていた芽凛衣めりいが、しっとりと肌を濡らしながらそう言った。俺も汗で服がくっついているので不快感があるのだ。


 近くのカフェに入り注文をして、飲み物とお菓子を片手に窓際の席に座った。駅前で学校終わりの学生もいるのか、座れたのが幸運であるくらいにはしっかり混んでいた。

 それに、近くにはこの店よりも人気なカフェがあるので、その店が人を集めているのも大きいだろう。あっちは注文するときに呪文を唱えなければならないので手を出しづらい。


 芽凛衣めりいと談笑していると、ついに恭平きょうへいから到着した旨のメッセージが届いた。やっとか来たかと二人で店を後にし、飲み物のカップを片手に駅の建物の方に向かった。

 どの出口で待っているかも伝えているので、人の往来に気を配っていればそのうち……と思っているとすぐに見つかった。

 芽凛衣めりいを連れてそちらに向かうと、恭平きょうへいも俺に気付き、右手をあげてこちらにやってきた。


「久しぶりだな、恭平きょうへい


「だな!しっかし更斗さらと、彼女できた割にあんまり変わってないな」


「そういうお前は随分とめかしこんでるな。なんだその髪型はツーブロックか?」


 前はショートカットだった癖に、今はツーブロックにして眉毛を整えている恭平きょうへいである。割りと似合っているのが憎らしい。


「めかしこんでるとかお前に言われたくねぇよ。なんだまたカッコつけやがって、そりゃ何の髪型だよ」


「いや、行きつけの床屋で整えてもらっただけだが?」


 俺はあくまでカットして貰い、自分に合った髪型にしてもらうついでに、眉毛も任せているだけだ。髪も伸びてきたので昨日行ってきたのだよ。


「くっそ、相変わらず気を遣ってるな……俺だって今日は、あの子に会うためにバッチリ決めたんだよ!それはそうと、その子が更斗さらとの彼女さんかよ?」


「あぁ、芽凛衣めりいっていうんだ」


更斗さらとくんと結婚前提で付き合ってる紫崎ゆかりざき 芽凛衣めりいです。よろしく」


 芽凛衣めりいのことを確認してきた恭平きょうへいに、彼女の背中に手を添えて答えると、彼女は軽く頭を下げて自己紹介した。

 恭平きょうへい芽凛衣めりいを見て、目を見開いている。


「マジかよ超絶美人じゃねぇか、しかも結婚前提って……おっ俺だってなぁ、負けてないんだぞ!ってそういや紗友さゆちゃんはどこだ?着いたことは連絡したんだけどな……」


 ふと、思い出したかのようにキョロキョロと見回しはじめた恭平きょうへい。どうやら彼の彼女候補は紗友さゆというらしい。その名前を聞いた芽凛衣めりいが、えっ?と小さく声を上げた。


 その名前、聞いたことあるよーなないよーな……


 そんなことを考えていると、彼が目的の人物を見つけたようで、すぐにそちらに駆け出して行った。


紗友さゆちゃん!またせたね!」


「ううん!ごめんね、どこにいるのか分からなくてちょっと時間かかっちゃった」


 だらしない表情をした恭平きょうへいが、ウキウキとした声で紗友さゆという女の子の傍に立った。

 彼女が恭平きょうへいの恋人になるかもしれない相手なのかと、興味を持ってそちらを見るが、まさかその正体が御天原みてばらだったなんて、誰が予想できただろうか?


 恭平きょうへいに向けた彼女の声はまるで猫なで声な感じで、少しゾッとしてしまった。

 そんな俺たちに気付いた彼がポカンと首を傾げている傍ら、御天原みてばらはスッと顔色を真っ青にした。


「えっえっ……なっなんで汐丸しおまるくんと紫崎ゆかりざきさんが……?」


「ソレはこっちのセリフなんだけどな、世の中狭いったって限度があるだろ」


「え、知り合い?」


 意味深なやり取りをする俺たちに、恭平きょうへいが呑気な声を出した。彼は事情を知らないので、本当のことを告げるのは憚られる。


「まぁな。クラスメイトだよ」


「マジかよ!じゃあわざわざ紹介しなくても良いのか」


「そうだよ。私も更斗さらとくんも、御天原みてばらさんのことはよーーく知ってるから……ね?」


「ひっ!」


 少しばかり声のトーンを下げた芽凛衣めりい御天原みてばらに声をかけると、彼女はビクッと肩を跳ねさせて恭平きょうへいの後ろに隠れてしまった。


「おいおい、なにがあったんだよ。もしかして紫崎ゆかりざきさんと紗友さゆちゃんは、あんまり仲良くないのか?」


「あんまり?いやいや、そもそも更斗さらとくんに喧嘩ふっかけたのはそっちだからね」


「ん?どゆことだ、更斗さらと?」


 芽凛衣めりい御天原みてばらをじっと睨みながら答えると、恭平きょうへいが俺に質問をしてきた。彼は関係ないのであんまり巻き込みたくないんだけどな。


「いやまぁ、色々あったんだよ。ちょっとばかり揉めただけだ」


「揉めただけなんて、それどころか御天原みてばらさんは更斗さらとくんを呼び出したり睨み付けたり、散々バカにしてたじゃん。教えた方が良いと思うけどなー」


「なに言ってんの。恭平きょうへいにゃ関係ないでしょうが」


 恭平きょうへいがせっかく見つけた相手なので、その関係を俺のせいで狂わせたくなかった。だから俺はそう返したのだが、彼はそれを認めてはくれなかったのだ。

 ちなみに、御天原みてばらはなにも言えずに俯いていた。芽凛衣めりいに怒られたからなのか、俺が恭平きょうへいと仲良しだからなのかは知らないが。


「ありありだろ。お前は俺のダチだぞ?ダチにこの子が何かしたってんなら、一応聞いときたいのほおかしい話じゃないだろ」


「言っとくが、俺は言う気ないぞ。お前がせっかく見つけた相手だろ、その関係を壊すかもしれないんだから言いづらいって」


「じゃあ私が言っとくね」


 言いづらい俺に代わり、芽凛衣めりいがその役を買って出た。止めようとは思ったが、こうなったらもう多数決。

 それに、俺本人が言うわけじゃないし、恭平きょうへいには悪いが、一応止める体だけは示しつつも言わせてしまおう。

 それにもしかしたら、過去のことだからと彼は気にしないかもしれないしな。こっちの問題をそこまで深刻にとらえる必要はないのだから、その関係が傷つくとかってのは俺の思い上がりかもしれない。


「いやいや、俺たちの問題だからさ……」


「そこの御天原みてばらさんはね、更斗さらとくんが大嫌いだったの。そんな大嫌いで見下している相手が、転校生だった私と仲良しだったことを気に入らなくて、更斗さらとくんを呼び出して威嚇したり、お友達を使って酷いことをしようとしたみたい」


 芽凛衣めりいの肩に手を置いてやめるように声をかけるが、彼女は俺の意図に気が付いているのか、そのまま話を進めた。

 止めよと思ったが側としては気まずく、目を逸らしてしまう。

 


「へぇ、じゃあ更斗さらとにつっかかった連中は痛い目に遭ったんじゃねぇの?」


「それがね、その中の一人が私たちの友達で、事なきを得たんだ。まぁ更斗さらとくんならどっちにしろ大丈夫だったろうけど……ね」


「ひぇ……」


 芽凛衣めりいの言葉に、恭平きょうへいが眉をつり上げて尋ねた。彼女はそれに返すついでに御天原みてばらを睨み、御天原みてばらは、小さく悲鳴を上げて身を隠そうとする。


 しかし、恭平きょうへいは壁になるつもりはないみたいだ。


「本当に更斗さらとにそんなことしたのか?」


 御天原みてばらから一歩離れた恭平きょうへいが、振り返って彼女に尋ねる。視線を泳がせてえっとえっととぶつぶつ言っていた御天原みてばらは、観念したのか恭平きょうへいの目を一瞥して、下を向いたまま頷いた。


 それを受けた彼は目を瞑り、数秒空けて深呼吸したあと、ゆっくりと目を開けた。


「そうか。それなら悪いけど、俺は御天原みてばらさんと一緒にはいられない」


「えっ、そっそんな……」


「それじゃ、せっかくだから少し歩こうぜ」


 恭平きょうへいは残念そうにしつつも、きっぱりと御天原みてばらに別れを告げてしまった。彼は俺の肩に手を回した。

 立ち去る俺たちを、御天原みてばらはただた立ち尽くして見送ることしかできなかった。



 そして歩くこと数分、俺は恭平きょうへいに声をかけた。


「本当によかったのか?もしかしたら彼女ができたかもしれないのに」


 俺に言う権利はないセリフだが、それでも気になることではあった。友人の出会いを邪魔してしまったという罪悪感を、逃すための質問。

 しかし恭平きょうへいは、あっけらかんと答えた。


「気にすんなよ。会ったばかりの女の子より、俺のヤンチャに付き合ってくれた親友の方が大事に決まってるだろ。ぐちぐち文句垂れてたけど、それでも一緒にいてくれたのはお前だけだ。本当にずっと、感謝してる」


「……そうか」


 嬉しいことだが、恥ずかしくもあることをさらっと言いやがる恭平きょうへいに、俺は軽く返すことしかできなかった。恥ずかし過ぎるぞこのやろう。

 そんな俺たちを、芽凛衣めりいは穏やかな表情で見守っていた。


「せっかくなら、俺の後輩でも紹介しようか?」


 照れていることを誤魔化すために、俺はそう尋ねてみた。


「え、それってどうせ弥園みそのちゃんだろ?わりぃけど好みじゃねぇ」


「あっす……」


 きっぱりと弥園みそのと同じ文句で断る恭平きょうへいに、息ぴったりかと考えてしまう今日この頃であった。

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