第10話 実地試験
「どうだい千景くん、久々のダンジョンは」
出発地点から10分ほど、一行は雑談に花を咲かせており、話題のピントは千景へと向けられていた。
「そ、そうですね...いつもの場所に帰ってきた懐かしさもあるような、でもやっぱり気は抜けないなぁって思ったり...不思議な感覚です」
朝日の質問に千景は素直な感想を述べる。日本へ来てから2ヶ月の間、千景は一度もダンジョンへ足を運んでいなかった。こんなにもダンジョンへ潜っていないのは人生で初めてであり、千景には何か感慨深いものがあった。
「感が鈍ってないといいんですが...あっ!」
「お、千景くんも気付いた?」
千景は雑談を続けようとしたが、何か違和感を覚えて会話を一時停止してしまう。朝日も同じように違和感を覚えていたようだった。
「朝日がこういう反応するってことは、モンスターか」
「はい、多分この感じはゴブリンかな」
正午の質問に朝日は軽く答え、千景も同じくゴブリンの気配を感じ取っていた。
「千景くんも反応してたってことは、千景くんもモンスターの気配が分かるの?」
「え...?は、はい。気配からして...2.3匹くらいだと思います」
沙夜の疑問に千景は軽く返答し、更に情報を補足した。しかし沙夜の口ぶりに千景は少し引っ掛かりを覚えた。
「そうだね」
朝日も千景の2.3匹という感想に同意を示す。
千景と朝日の情報に齟齬はなく、二人とも恐らく同じ感覚を抱いているようだった。
「はは、早速驚かされるな。モンスターを感知できるか」
「...?」
沙夜に続いて、正午の言い方にも千景は少し違和感があった。
「驚くってどういうことですか?」
沙夜も正午も何か驚いている様子だったが、千景には全く話が見えてこなかった。
「あー、もしかすると千景くんには当たり前なのかもしれないけれど、モンスターの声や足音じゃなくて、存在そのものを感じ取れる人はほとんどいないの。そこの朝日くんも例外の中の一人」
今度は千景の質問に沙夜が返答した。
「え!?そうなんですか?」
沙夜の言葉に千景は思わず声が裏返る。
「そうだ。しかもモンスターの種類や数まで特定できるのはほんの一握りだ」
正午の追加情報に、千景は更に困惑する。
ダンジョンを潜っている際、上手く言葉にはできないが、モンスターが潜んでいる場所からは何か独特の空気感が発せられているような感覚があった。千景はそれらを感じ取ってモンスターとの戦闘に備えたり、あるいは無用な戦闘を避けたりしていた。
「で、でもじゃあどうやってモンスターを感知しながら探査を...?」
正午と沙夜の話から、千景は生まれた疑問を口にした。モンスターが付近にいるかどうか、どのような種類か、どのくらいいるのか。こう言った情報はダンジョンに潜るに当たって最重要といってもよい情報であり、反対にこれが分からないとなると、どのようにダンジョンを歩き回っているのかという大きな疑問が生まれた。
「ギャギャギャ!」
「ギ...ギギ...」
「答えてあげたいのは山々だが、そうもしていられないようだ」
千景が疑問を口にした直後、何か声が聞こえ始めた。それは鳥と蛇の鳴き声を合わせたような独特な音であり、あまり聞き心地のよいものではなかった。
「来るよ千景くん!ゴブリン3匹だね。まあ最初の小手調べって感じかな」
そうしていると前方5.6mほどの木の影からゴブリンが3匹現れた。
「試験開始前に確認した通り、非常事態でなければこちらは手を出さない。千景くん個人の力を審査させてもらう」
「はい!」
正午の確認に千景は力強く答えた。
そしてすぐさま勢いよくゴブリンたちのもとへと走り出した。
「はあっ!」
そして気合いのこもった掛け声と共に、助走の速度の乗った右拳を一匹のゴブリンの腹へと打ち込んだ。
「...!?」
そして思い切り一撃を放ち終わり、千景は驚愕で目を見開いた。千景の拳を食らったゴブリンは、戦闘試験の時のように大きく後方へ吹き飛ばされる...ようなことはなく、むしろかすり傷一つ負った様子もなく平然としていた。
「えっ...?」
目の前の出来事に千景は頭が真っ白になり、動きが止まってしまう。
千景は右腕に渾身の力を込めて拳を放った。それは戦闘試験の時と同じ感覚で放ったものであり、想定ならゴブリンは大きく吹き飛びそのあたりに生えている木の幹に体を叩きつけられるはずだった。
しかし実際にはゴブリンは微動だにせずその場に立っており、驚きや苦痛でその表情が歪むどころか、ニタニタと薄ら笑いを浮かべていた。
「ごわっ...!」
そうしてフリーズしていると、不意に腹のあたりに衝撃を感じ、千景は思わず情けのない声を上げてしまう。千景の視界からゴブリンが急速に離れていき、そして全身に衝撃を感じると視点がぐるぐると回り始めた。2.3秒ほどで視界の回転が止まり、千景の目の前には地面が広がっていた。
「千景くん!」
朝日が千景を呼ぶ声が聞こえた。
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